10 重なる
ユイが落ち着くまで、シノはいろんなことを考えていた。今自分が見ている世界と、現実の世界のこと。今では現実世界の自分が経験したこともぼんやりとではあるが思い出すことができる。
先程ユイが話したことは、よく考えると恐ろしいような気がするのであまり深く考えないことにした。とにかく今は目の前の友人の力になりたい。
「でも、本当に似合うね。巫女装束」
涙が収まって自分を取り戻したユイが目を細める。シノは照れたように笑う。
「自分ではわかんないけど。でも不思議だなぁって思った。着替えちゃうとすごく楽になって」
「旅装束は息苦しいもの。しかも男の衣装なんだし」
「それもそっか」
「それにね」
ユイは自分のお茶を飲み干して一息つく。気持ちも大分落ち着いているように見える。
「シノちゃんは元々、現実世界でも巫女としての素質を持ってたんだと思う」
「そうなの?」
「多分。私の結界に入ってこれたのも、きっとそのせいだと思う」
「ケッカイ……?」
シノはまたわからないことが出てきたと思った。ユイに会って開口一番その言葉を言われたことは覚えていない。
「そう、結界。私は現実世界ではあんまり目立っちゃいけないから、簡単な結界を張ってあまり他の人と関わらないようにしていたの」
「何で目立っちゃだめなの?」
「家の事情で」
シノはもう一人の自分の記憶を探ってみる。そちらの世界でのユイ、つまり香澄は、いつも一人でいた。無視されていたのだと思っていたが、今の話では彼女自身がそうなるように仕向けていたようである。
「でも、それってすごく寂しかったんじゃない?」
そう聞くと、ユイは影のある笑みを浮かべた。少女にはおよそ似つかわしくない、大人びた笑顔。
「仕方ないよ。私は神社の子だし、事情も分かってるつもりなんだ。でもね、だから嬉しかったんだ。シノちゃんに会えて。私本当の友達がいたことってなかったから」
そう言って笑うユイはとても魅力的な女の子に見えた。シノは胸が詰まるような、泣きたいような気分になった。
香澄は、ずっと一人だった。周りからつまはじきにされるのは辛い。それなのに自らそうなるように仕向けなければならなかった。仕方ないと諦めながら。それでも友達が欲しいと切に願いながら。
何としても力になろうと思った。どんな事があっても、友達として側にいようと。
「そろそろ本題に入ろうか。その前にちょっと聞いてもいいかな」
「うん。何?」
ユイは笑みを収めて真面目な顔になった。
「シノちゃんはこちらでどんな家族と暮らしてたの?」
「妹がいたよ。あとお父さん。お母さんはいなかった」
「妹ちゃんはいくつ?」
「4歳かな」
「そっか。まだちっちゃいんだね」
ユイは少し考えると、さらに言った。
「だからこっちに来るのが遅くなったんだね。あまりに時間がかかってるから、何かあるとは思ってたけど」
「どういうこと?」
「もしも、妹ちゃんがもっと大きかったら、神社のことを任せてこちらに来ることももっと簡単だったはずだよね」
「それは……そうかも」
幼い妹のことを思うと、今でも胸が痛む。こんなにも離れてしまっては様子を知ることもできない。しかしユイは冷静なままで言葉を継いだ。
「こちらでは名前も家族も違うって言ったよね。だから、本当の家族じゃない。シノちゃんは私が手伝って欲しくてこちらの世界に呼び寄せたのに、それがうまくいかないような家族がいるのは本当はおかしいの」
ーー夢の中でしたいことが邪魔されてる
現実世界で言われた言葉を思い出す。その邪魔をしていた大元が、家族だったということか。今ではこちらが現実でないことは分かっているものの、シノとしての人格を持っている今の自分にはどう考えたものか複雑な気分だった。考え込んでいると、ふいにユイは明るい声を出した。
「でも、おかげで何が起こってるのか、ちょっとわかった気がする。多分私がーー私たちがしようとしていることを何としても邪魔したい人がどこかにいる。きっと、現実の世界に」
最後の方は声が低かった。シノは思わずどきりとする。ユイの瞳の奥に強い光を見たからだ。
「ねぇ」
無意識に声が滑りでた。
「一体、ユイちゃんは何をしようとしてるの?私たちの目的って何なの」
「それはね、過去の修復」
さらりと言って、ユイは微笑む。眼差しの中に、強い決意を秘めたまま。




