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楽園と失踪  作者: アマート
捜査編
9/37

 Ⅳ 

「ほ、ほら着きましたよメノウさん。ここが私の家、チェンバレン邸です」


 辻馬車が止まり、目的地に着いた事を確認すると、アルバートは一旦自分が降り次にメノウの手を引き辻馬車から降ろした。

 チェンバレン邸。門の鉄柵越しにまず見えたのは凝った幾何学式庭園のアプローチ。その奥には水平線とシンメトリーが強調されたデザインの、古の宮殿を彷彿させる、ルネサンス様式の屋敷が居を構えていた。

 左右の翼部を伸ばすだけに収まらず、コの字型をとるほど大きく、白を基調とし、装飾性は少なくシンプルである。聖堂の様な神々しさと、城の様な威厳が漂う風格ある屋敷だった。


 メノウは何も言わずに屋敷から背を向けた。


「入りもしないで帰ろうとしないでください」


 去ろうとするメノウの襟首を掴むアルバート。


「勘弁してくださいアルバートさん……。トラウマ抉る気ですか……?」


「わかりました、本邸ではなく別邸に行きましょう。そこなら小さいですよ?」


 アルバートは本邸の横、敷地の脇に建てられた別邸を指差して言う。別邸といっても本邸の三分の一ほどの大きさで、メノウから見れば充分大きく立派な屋敷だ。下手をすれば田舎町【ニル】の学校より大きい。


「……わかりました、お言葉に甘えてそこに泊まります」


 メノウは若干苦渋に思いながらも、アルバートの好意を受け取る事にした。


「しかし何故、侯爵子息が従者も連れずに【ニル】に来たんですか……。危険でしょう……」


 メノウがアルバートを金持ちだとは思っても貴族とは思わなかったのは、とても謙虚だったという点の他、従者を一人も連れずに【ニル】に訪れたからだ。

 馬車も屋敷専用の物ではなく庶民も使う駅馬車を使用していた。素人目から見ても裕福だとわかる彼である、追い剥ぎに合う可能性だって充分にあった。


「大丈夫ですよ、腕には多少自信がありますし。実は使用人頭が事件に関わるなと煩いので、お忍びでやっているんですよ。それに屋敷に報告すると準備とか見送りとか面倒な事になるんで、昨日もクローディオさんの噂を聞いて直ぐに【ニル】に向かいました」


 どうらやアルバートは《今日できることを明日に延ばすな(思い立ったが吉日)》を地で行く性格らしい。ある意味無鉄砲だ。使用人頭が心配するのもわかる。


「そしたら思ったより【ニル】が遠く、着くのに時間がかかりメノウさんの家に厄介する事に……。ですから今日はそのお礼も込めて、メノウさんに寛いで貰おうと思ってます」


「いやアルバートさん。それってつまり、お忍び日帰りのつもりが一泊してしまった、という事ですよね? ……それって不味くないですか?」


「え、何故です? 一日消えるぐらいいつもの事です」


 さらりととんでもない事を言った気がしたが、メノウは聞かなかった事にした。


「今【楽園】、つまり失踪事件が起こっているんですよ? その時期に一日でも帰らなければ……」


「ぼぼぼ坊ちゃん! 坊ちゃんですよね!?」


 その時、柵の中に居た庭師だろう使用人がメノウの言葉を遮った。

 そばかすが目立つ幼い顔立ちをし、質素な服装を着た少年。彼はアルバートと柵越しに目が合うと「ひゃあ」と奇声を上げた。


「デリックさん、坊ちゃんが帰ってきました! 【楽園】から初めて人が、坊ちゃんが帰って来ましたよー!!」


 庭師は仕事道具のハサミを放り投げ、屋敷の玄関へ向かって走って行く。その様子をアルバートは唖然とした表情で見詰めていた。


「……あれ? 私【楽園】の被害者になっている……?」


「あぁ、やっぱり……」


 庭師が屋敷に入って直ぐ、使用人頭だろう老齢の執事が荒々しく扉を開け出て来た。


「坊ちゃん、今まで何処に……! よく、帰って来てくださいました……!!」


「いや、デリック、その……」


 デリックは他の使用人に早急に開門させ、アルバートへ駆け寄ると、厚い抱擁をする。されたアルバートは戸惑った様子で口ごもる。恐らく真実を言ったら説教を受ける事だろう。

 外出や個人的な捜査を自粛するよう呼び掛けていたのは、こういったややこしい事態を避けたかったからに違いない。


「警察官と記者に連絡を! 明日の見出しには坊ちゃんの姿を大きく取り上げ、帰還を祝福致しましょう!!」


「待て待て待てデリック! それは止めてくれ!!」


 顔を青くしてデリックの制止に入るアルバート。彼は申し訳なさそうにメノウを横目で見ると、高らかに胸を張って宣言をした。


「デリック、実は私は隣町【ニル】に行っていたんだ。【楽園】に行っていた訳ではない」


 次にメノウの肩に手を置くアルバート。


「そこで怪事件のスペシャリスト、メノウさんを招待し、屋敷にお連れしたという訳だ」


「そんな。坊ちゃんが行かずとも私達が……」


「当の依頼人が安全地帯に居ては誠意は伝わらない。一人で危険を承知で会いに行ったからこそ、メノウさんは依頼を受けてくれたんだ。ただメノウさんは広い場所は好まない。別邸でおもてなしの準備を頼むよ、デリック」


「……っ、はい!」


 アルバートの命に従い、早速きびきびと機敏に動くデリック。アルバートは誤魔化せた事に対してほっと肩を撫で下ろすのだった。


「……弁が立ちますね、アルバートさん」


「いえ、その、出汁にしてすみません……」


「しかしその設定でいくならば、頑張らなくてはいけませんねぇ」


「あっ、今日はもう休んでくださいよ? 明日また調査に行きましょう」


 意気込んで腕捲りのジェスチャーをするメノウ。アルバートはそんな彼に力を抜くよう促すと、別邸へと招きそのまま二階のダイニング向かった。ダイニングの中は六人掛けの、アルバートからすれば小さいテーブルが置かれている。

 無地の壁に白いテーブルクロス、フローリングの上には赤い絨毯が敷かれている。全体的にはシンプルな内装だが、暖炉の近くにプレートアーマーが置かれハルバードが飾られている為か、やや古めかしい雰囲気だった。


「それではメノウさん、お好きな席へどうぞ」


「好きな、ですか。ぼかぁアルバートさんの近くがいいですねぇ」


「私のですか? それはまた何故」


「近い方が話しやすいでしょう」


 メノウが柔らかな笑みを浮かべる。アルバートも釣られて笑みを零すと、「それじゃあ」と上座の斜め前に座り、ナプキンを膝にかけながらメノウをその前へ座るよう促した。

 使用人によるナイフとフォークをセッティングが終わると、台車に乗せられたフルコースがダイニングに運ばれ、給仕によってテーブルに並べられた。


 前菜、スープ、魚料理、ソルベと、それまでは取り止めのない話をしメノウとアルバートは食事を楽しんだ。そしてメインの肉料理、牛肉のステーキが運ばれた辺りで、メノウは【楽園】の話を持ち出した。


「さて、食事中にすみませんが、今の内に《魔法使い》の疑惑がある方の話をしておきましょう」


 目前に置かれたステーキをフォークで抑え、ナイフでゆっくりと切るメノウ。


「容疑者としてはサラさんに奥さん、そして、《婚約者さん》です」


「……!」


 アルバートのナイフを動かす手が止まった。


「今朝、町に着いた時に僕は魔法の気配を探りました。結果カークランドの家にのみ、魔法の気配があった。気配を探るのみでなく、町を巡ってもその結果は変わりませんでした」


 メノウが一口サイズに刻んだステーキを口に入れる。もくもくと口を動かし飲み込んだ後、彼は話を続けた。


「そしてカークランド家の人達含み、町人の誰もマインドコントロールにかかっていなかった。もしかかっていたら《魔法使い》の容疑者から外れるので、僕からするとそちらの方が候補が絞り易くなって嬉しかったんですが……」


 メノウに『マインドコントロールされた人は居ない』と言われた時、アルバートは安堵した。だが、メノウは違ったらしい。


「アルバートさん、はっきり言いましょう。僕が《魔法使い》ではないかと疑っているのは、貴方の婚約者さんです」


 メノウはアルバートの碧い目を真っ直ぐ見て言った。遠慮も迷いもない表情で。


「最初の行方不明者であり、マインドコントロールされていた可能性が低く、家に魔法の痕跡もある。……彼処で婚約者さんが魔法を使い、結界を作り出す迄に上達し、墓地に結界を張ったのかもしれない」


「……」


「もしかしたらですが、部屋にかけられていた魔法は、魔法を学んでいたという痕跡を隠したかったのかもしれません」


「しかしメノウさん。魔法は継承が難しいと、精々お伽話として残るだけだと……!」


 アルバートは強く握ったフォークでステーキを突き刺す。


「そうです。しかしお伽話の媒体を小説や絵本ではなく、《聖典》に置き換えたら、どうなりますか?」


「聖典って、それでも……」


 いや違う。アルバートは心の中で呟く。

 お伽話だろうが昔話だろうが神話だろうが、媒体を聖典としただけで扱いは全く変わってくる。どんなに非現実な話が記載されていようと、聖典は作り話として一蹴されず信じられる事がある。


「……、《宗教》……!」


 そう。聖典を讃え信仰する宗教があるならば。


「……カルトか黒魔術か。世の中には厄介な物があります。魅入られたか付け入られたか知りませんが、婚約者さんもそれによって魔法を身に付けたかもしれません」


 メノウはアンバーの目を細めた。


「アルバートさん、これはあくまで仮説の話です。本当は全然関係ない人が魔法使いかもしれません」


 しかし今の所、それが最も可能性が高いのだろう。アルバートは顔をうつ向かせ、ステーキを口に運んだ。


「それに魔法使いが婚約者さんなら、結界に引き篭もっている事になるんで、ぼかぁお手上げになります」


 ナイフとフォークを持ったままの両手を上げると、メノウは手の平がアルバートに見えるようひらひらと振る。


「取り敢えず容疑者を減らす為、明日もう一度婚約者さんのお家にお邪魔しましょう。そこで奥さんとサラさんが魔法使いでないか確かめます」


「具体的には、どうやって」


「魔法使いは結界を維持する為に媒体を介して……。えーと、所謂《魔力》を消費している筈です」


「魔力……。それが魔法を使う代償ですか?」


「はい。他にも《チャクラ》や《霊力》と呼ばれたりしますが、クローさんはどの名称が分かりにくいからと《血》と呼んでましたねぇ」


 メノウは給仕の手を借りずに、やや縦長の形状をしたワイングラスへ、赤ワインを注ぎ始めた。


「《血》は液体状ですから、素手のままでは掴む事も出来ないでしょう? そこで《器》を用意します。お伽話では水晶玉や杖、箒や本が使われてますね。そうして使い易い形にして初めて《魔法》は使えるんです」


 グラスになみなみと赤ワインを注ぐと、ボウル(丸い本体部分)を持ちそれを飲み、メノウは一息付く。


「この《器》を破壊する、又は引き離すと魔法が使えなくなります。なのでお二人から装飾品を外して頂き、手ぶらで家から距離を置いて頂こうと思います。もし装飾品か家の中に《器》がありましたら、この時点で魔法は解けます」


「どのぐらい距離を置けばいいんですか?」


「人によって差はありますが、一キロ離せば十分かと。それで解けないのならば、《器》は現実世界にはなく結界の中にある事となります。その場合、僕には手出し出来ません。その代わり結界を維持する為、結界のある墓地に頻繁に訪れている筈ですから、それをさり気なく訊ねてみましょう」


 メノウは空になったグラスをテーブルに置いた。


「器がない、また墓地に訪れていないのならば、奥さんとサラさんは魔法使いではない。と言っていいでしょうね」


「……」


 もしも彼女達が魔法使いではない結果に終わったら、きっと魔法使いはーー。


「アルバートさん……。明日は休んでは如何ですか? やはり顔色が悪いですよ」


「いえそんなっ! 私が貴方を巻き込んだのに、一人任せる事は出来ません!」


 はっと顔をあげ、アルバートは慌てた様子で言った。


「しかし身内の腹を探るなんて、辛い物があるでしょう。家から遠ざけ、墓地に訪れているか訊く。そのぐらいなら僕一人でも出来ます。大した事ではないですよ」


用語解説


アプローチ……正門から建物の正面までの空間。庭も含む。

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