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楽園と失踪  作者: アマート
捜査編
7/37

 Ⅱ 

「そうですか。では婚約者さん……。お嬢さんの部屋を見せて欲しいんですが、出来ますか?」


「奥様、案内して宜しいですか?」


「別に。好きにすれば……」


「わかりました。ではお二方、此方にどうぞ」


 サラは扉を開け、アルバートとメノウがリヴィングから出ると、無駄のない足取りで先導する。

 玄関前の廊下を真っ直ぐ進んだ先にある階段。登るとギシギシと大きな音がした。そうして向かったのは登った二階の奥。南方角に窓がある部屋だった。


「ここがお嬢様のお部屋です。お嬢様がいなくなってから、警察官様の仰せもありどこも触れておりません。私としては、いつお嬢様が戻られてもいいよう、掃除をしたいのですが……」


 中に誰も居ないのに、サラは「失礼します」と一言声を掛けてから扉を大きく開け、アルバートとメノウを招き入れる。部屋の中に入る直前、メノウは肩を震わせ足を止めた。

 そして入る前によく中を眺める。内装自体は一階と同じ、カントリー調だ。調度品含め、落ち着いた茶色を基調としている。しかし壁紙やベッドのカバーは花模様が施されていて、控えめながら女性らしさを引き立てていた。一つ毛色が違うのは、床に敷かれたアラビア唐草模様が施されたカーペットだ。輸入品だろうか。


「やや、お洒落で綺麗な部屋ですねぇ。婚約者さんいい趣味してます」


「……」


 メノウの徹底した乙女趣味には敵わないだろう。昨晩、彼の家に泊まったアルバートは心の中で呟いた。

 ふとメノウの表情から笑みが消え、アルバートを真っ直ぐ見詰めた。


「……アルバートさん、これはいきなり《当たり》かもしれませんね」


「当たり?」


「《魔法使い》はここの住人の可能性が高いです」


「えっ、本当ですか!?」


「決定的な証拠が一つあります」


 メノウは爪をマゼンタに塗った指先を、カーペットが敷かれた床へ向けた。



「この部屋、強力な《魔法》がかけられています」



「……!?」


 アルバートは咄嗟に室内を見渡す。初めて見た時から模様替えもされず、何も変わっていない、婚約者の部屋を。

 内装自体は一階と同じ、カントリー調だ。調度品含め、落ち着いた茶色を基調としている。しかし壁紙やベッドのカバーは花模様が施されていて、控えめながら女性らしさを引き立てていた。


 一つ毛色が違うのは、先程メノウが指差した、床に敷かれたアラビア唐草模様が施されたカーペットだ。輸入品だと思われる。

 しかもそのカーペットは、ベッドメイキングまでされた部屋の中で唯一、折れ曲がり歪んでいた。


「魔法がかけられている以上、この部屋は本来の姿とは違うかもしれません。しかし、僕もアルバートさんもあっさり部屋の行き来が出来たという事は、結界は存在しないか曖昧という事。そして魔法使いの目的は《部屋に魔法をかける》という事そのもの」


 コツコツと足音を立ててメノウは部屋を歩き回る。そしてチェストの上に置かれた陶器の人形に気付くと、それを愛おしそうに眺めた。


「それか、もう僕等は招かれているかもしれませんね。《魔法使い》に」


 口元の端を歪めて。


「また、魔法がかけられた為かどうかはわかりませんが、どこも整理整頓されている中、唯一、カーペットが歪んでいます。これは不自然ですし、歩いただけではこうはならないでしょう。婚約者さんは何もない所で転ぶ方ですか?」


「いいえ。……サラはたまにやりますが」


 サラは優秀なメイドだ。若いながら懸命に仕事をこなす。しかし、時たまドジを踏む面があった。何もない所で転ぶのだ。それも結構頻繁に。

 本人も自覚をしていて、対策の為に受け身を覚え、その派生で他の護身術も覚えていたら結果的に腕が強くなってしまった経緯がある。

 小柄な少女でありながら、護衛も務められるメイドとなってしまったのだ。


「しかしサラさんは事件の日以来、この部屋に入っていない……。アルバートさん、この部屋は最初、鍵がかかっていたんですよね? 誰がどうやって開けたんですか? まさかサラさんが力技で、という事はないでしょう?」


「開けたのはカークランド夫人です。夫人はマスターキーを持っていますから、それで」


「それで中を覗いたらもぬけの殻、と。その時、誰かが一緒に居ましたか?」


「まずサラが見た後、夫人も一緒に中を見た筈です。でも部屋に入ったのは夫人だけだと言っていました。夫人も軽く見渡した後、直ぐに警察官へと連絡をしましたから、大した時間は入っていません」


「そうですか」


 メノウは部屋の奥へ進み、窓から身を乗り出す。人一人は余裕で通れる大きさだった。バルコニーはない為、下はそのまま庭園だ。飛び降りられない事はないが、上手く着地出来なければ怪我をするだろう。

 窓の周りには筋交いがあるものの、足や手を引っ掛けるのは難しいと思われる。


「その時にはもう、魔法が使われていたと。遅くても、警察官さんが入られた時以降はないでしょう。後から魔法で、記憶も記録も改竄するのは至難の技です。規模が大き過ぎる。やっていたら取りこぼしが出ます」


「そうですね。【楽園】の噂が広まっていますし、完全犯罪とか、そんな目論見は感じられません。警察官に直接何かした訳ではなさそうです」


「あと魔法を使った時間帯が知りたいですね。仮に夜中まで灯りを使っていたら、誰かしら気付くでしょうし、その目撃者の記憶を消すのは難しいでしょうから……」


 夜中まで灯りを灯すのはやはり不自然で、誰かしら気付くだろう。人口五千人程度の【ニル】と違い、【ウーヌス】は十万近い人々が暮らす人口密度が高い町だ。それに夜会も頻繁に開かれ、夜でも人の行き来が激しい。その十万の中の、偶然通りかかった誰かに魔法をかけるのは警察官以上に難しい。

 家出の場合も同じだ。運よく誰にも気付かれず家出が出来たとしても、町中を誰にも見られずに歩くのは不可能に近い。


 アルバートがその旨を伝えると、メノウはアンバーの目を細め、左頬の星のペイントを指の腹で摩った。


「ベッドメイキングがされていますが、これは魔法によって、ではなく単に使わなかったのかもしれませんね。彼女が眠る前に魔法が使われた可能性が出てきました。サラさんの証言を信じると、婚約者さんが部屋に行った十時前後ですかねぇ」


 メノウはチラリとベッドを横目で見て、そう言った。


「……、アルバートさん。婚約者さんと奥さんの仲は良好でしたか? 先程、奥さんは婚約者さんの事を《勝手な娘》と言っていましたが」


「あぁ。夫人は基本的に寛大な方なんですが、結婚に関しては過敏なんです。まぁ、カークランド家の将来にも関わりますからね」


「一方的に縁談を決めたと?」


「まさか。親の承諾なしに婚約は出来ませんよ。確かに私達は見合いではなく、恋愛から入りました。しかしその後、きちんと親の承諾を得ましたよ。カークランド夫人が中々頷いてくれなかったのですが、彼女が頑張って説得したみたいで、ある日私にそれを伝えてきました。そうして式の日取りも決まった矢先に、彼女は……」



 消えてしまった。



 メノウは窓から身を引くと、顎に手を当てぶつぶつと一人考察を始めた。


「結婚に敏感な奥さん。やや勝手な婚約者さん。居なくなったのは式の日取りが決まって直ぐ。……。婚約者さんが説得した時、奥さんと一悶着あったのは確か。マスターキーを持っているのも彼女。なら奥さんか……? ……いや、それだけでは安直ですね。しかしこれは……」


 次いでメノウはうつ向かせていた顔を上げ、先程見た人形の斜め後ろ、部屋の壁に飾られた肖像画に視線を向ける。そこには見知らぬ男性が描かれていた。恐らく今は亡きカークランド家当主だろう。

 少しお腹が出た、茶髪の男性。優しい笑顔を浮かべたその姿は、部屋に温もりを与えているようだった。


「そういえばアルバートさん。奥さんは男爵夫人だそうですが、旦那さんが亡くなった今、“元”男爵夫人ではないのですか?」


 メノウはサラと夫人の前では言えなかった疑問を言った。


「あぁ、実はカークランド家は女系なんです。ですから爵位は今も昔も夫人が持っているんですよ。なので彼女は正確には“女男爵”になります。夫は婿入りだったそうです」


「成る程。それと、不謹慎ですが旦那さんが亡くなった要因は知っていますか? 事故か病気か、でしょうか?」


「いいえ、すみませんが知りません。夫人に訊くのも悪いですし、婚約者も幼い頃に亡くなったのでよく知らないと言っていました」


「そうですか、有難うございます。……。この部屋でやる事はもうないですね、次に移りましょう」


 そう言ってメノウは颯爽と部屋から出ようとする。

 アルバートは慌ててその後を追い、彼が部屋を出る前に肩を掴んだ。男の割りに薄い体をしている。


「あの、メノウさん」


「はい何ですか?」


「どうして魔法がかけられているとわかったんですか?」


「うーん。感覚、と言うしかないですね。強いて言えば、変な浮遊感を覚えるんです。魔法がかかっている所とその付近に」


「浮遊感……。私は感じなかったんですが……」


「まぁ感じられるかは経験ですね。一応ぼかぁそれなりに魔法と関わっているんで、何となくわかるんです。浮遊感と何かこう、ねっとりとしてピリピリとした感じが」


 意味がわからない。


「クローさんは具体的に『少し粘着性のある底なしの泥沼に浮かんでいる様な浮遊感と、自分の周りで鰐か鮫が旋回しているような緊張感を覚える』と言っていました」


 余計にわからなくなった気がした。メノウは誤魔化す様にけらけらと笑うと、部屋の扉を開き、外に待機していたサラへと向き合う。


「サラさん、娘さんのお部屋を見せて下さって有難うございます。それでつかぬ事をお聞きしますが、娘さんのお父さんのお名前は何というのでしょう?」


「旦那様のお名前ですか? えっと、バクストン……。バクストン・ロイド・カークランドです」


 サラは自信がなさそうに答えた。それもそうだ、サラがここで働くようになるずっと前に、当主は亡くなっているのだから。いくら元当主といえ会った事もない、普段使う事もない人間の名などうろ覚えになってしまうだろう。

 するとメノウは下の階に降り、リヴィングでただぼんやりと椅子に座っているカークランド夫人の横に立った。


「……、何?」


「いえいえ、娘さんのお部屋を拝見させて下さったお礼をと。肖像画も見ましたよ、あの肖像画に描かれたのは貴女と、“バクストン・ロイド・カークランド”ですよね?」


「……。えぇ」


 さり気なく名前に間違いがないか確認した。カークランド夫人なら若いメイドと違って自分の夫の名を間違える事はない。しかし意気消沈している彼女に、亡くなった夫の名を直接訊くのは躊躇われる。だからワンクッション置いたようだ。

 何の為に元当主の名を訊くのか、アルバートは分からなかったが、彼はリヴィングの外、開いた扉の前でメノウの様子を伺った。


「ねぇ、貴方」


 ふと、夫人がメノウの手を取る。


「……綺麗な肌ね、女みたい」


「あっはっはっ。ぼかぁ男ですから、そう言われても複雑ですねぇ。奥さんこそお綺麗ですよ」


「心にもないおべっかを言うわね、貴方……。今の私は、誰が見ても醜いでしょうに……」


「そうでもありませんよ。ほら、髪を上げて、顔を出して。あぁ、手がカサカサですね。ハンドクリームを塗りましょう? 爪も……。あっ、僕のマニキュア塗ります?」


 メノウは朗らかに笑って、夫人の前髪を上げ顔が見えるようにする。また顎を少し押し上げ、うつ向かせていた顔を上げさせた。


「ほら、こうするだけで女性は綺麗になる。それに奥さんは美人なんですから、引き立ちますよ。しかし、顔が沈んだままではいけません」


 メノウはゴソゴソとテールコートのポケットを探る。そこから白兎のマペット人形を取り出して、右手に嵌める。

 もしや普段から手袋代わりに入れているのだろうか。アルバートが疑問に思っていると、


『ほら笑って! きっともうすぐ、娘さんは帰ってくるから!』


 唐突に幼い少女の声が夫人を励ました。その声に合わせてマペット人形も動いている。つまりこれは、メノウの声だ。


「だから、笑いましょう?」


 メノウは不敵に笑って、兎の人形の頭を動かしぴょこぴょこと耳を揺らした。

 ――カークランド夫人は力なく、しかし穏やかに笑みを零した。


「あ、本当にメノウ様はお肌が綺麗ですね」


 リヴィングから出たメノウの左手を握り、そう言ったのはサラだった。一応、触る前に「失礼します」と一言言ったが、返事を聞く前にもう触っている。


「爪にも色を付けてますし、お洒落ですね。私なんて荒れが酷いのに」


「あっはっはっ。それは働き者の証拠でしょう? 恥じる事などないですよ。『じゃあねサラちゃん。お仕事がんばって! おじょうさまはアタシが見付けてみせるから!』」


 まだ片していなかった白兎のマペット人形を使い、サラと話すメノウ。口は全く動かしていない。どうらや少女の声音だけでなく腹話術も使えるようだ。サラはぴこぴこと手を振るマペット人形の愛らしい動きと、愛らしい声に純粋に喜んでいた。


「……芸達者ですね、メノウさん」


「ぼかぁ人形使いですから、このぐらいはお茶の子さいさいです。ではアルバートさん、行きましょうか」


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