Ⅴ
「ただ、魔法使いのセンスにもよりますが、普通は魔法なんて一ヶ月も保ちません。偶発的に魔法を使ってしまう人って結構居るんですが、十分から三十分。長くて三時間ですかね。そのぐらいです。僕が使った魔法も一分と保たなかったでしょう?」
昼寝やうたた寝、就寝の際に夢を見る時間と殆ど同じである。それ以外はそうないと、メノウは付け加えた。もしかしたら夢の記憶の幾つかは、魔法を使った痕跡なのかもしれない。
夢の中が結界の中と近いのなら、コントロールがかなり難しいと分かる。アルバートは明晰夢など滅多に見ないし、夢の中で複雑な事を考えれば直ぐに目が覚める。実際、メノウが魔法で作った不可思議な世界の中では、アルバートは何をしても水どころか空を掴むようで何も出来なかった。
成る程、これでは確かに魔法を使いこなすのは計算ではなく、センスが必要となってくる。
「クローさんはね、時計が好きです。時間が好きです。だからですかね、時間の流れが不自然な所に干渉するのが得意なんですよ」
でも彼は協力を断った。
「先程も言いましたが、クローさんは悪い人ではないです。偏屈で頑固で冷徹なだけで」
フォローになっていない。
「僕は貴方に『何をしてもいい、覚悟がありますか?』と言いましたが、それはそんなクローさんを説得する勇気と気力はあるか、ってのが大部分です」
「……。心が折れそうですね」
婚約者の為ならなんでもやろうとは思う。アルバートは左手薬指の指輪を横目で見た。しかしあの猛禽類に似た睨みをきかせたクロー相手に、めげずに頼み続ける事が出来るだろうか。
挫折云々の前に、有無を言わせないよう叩き斬られそうな気もした。彼の殺気はそのぐらい鋭い。
「鬼門ですよねぇ。説得は後回しにしますか。他にも手段はありますし」
「……えっ、あるのですか!?」
その言葉に碧眼を見開き、食い付くアルバート。絶望的状況から希望が見えてきた。
「魔法使いが結界の外に居た場合のみ、有効なのが《聞き込み》です。地道ですがそうして情報を集め、魔法使いを探し出す。結界の外に居るのならば此方にも打つ手があります」
「聞き込みですか。それなら私自身、既に行いましたが」
「それはただの人間を想定しての聞き込みでしょう? 魔法使いの探し方はまた別にあります」
メノウは頬に施された星のペイントを指で擦った。
「魔法が使われているのなら、どこかに不自然な点、明らかな矛盾、または不可思議な箇所がある可能性があります。そこから追跡するのも手です。逆に魔法が使われている中でなお、“共通”している事項……、【楽園】の噂とかですね、も調べてみる価値がある。情報はあるに越したことはありません」
そう言って微笑むメノウ。中性的な顔立ちから、可愛らしく見えてしまう。
「アルバートさん、明日はもう帰りますか? 何処か寄って行く場所はあります?」
「いえ、朝には帰ろうかと思っています」
頼りに来たクローが断った以上、長居する理由はない。それよりも早く町に戻り、婚約者の行方を追いたい。
「分かりました。ではその時、僕も行きます。そして一緒に聞き込みをしましょう」
「……えっ、来てくださるのですか!?」
「あっはっはっ。言ったでしょう、『何とかする』と。微力ながらお力添えさせて頂きます」
「有難うございます! どうお礼をしたら……」
「お礼など要りませんよ。ただ一連の流れを戯曲の参考にさせてくれれば」
それが報酬でいいとは、可愛いものである。アルバートは感涙した。人手が増えるに越したことはない。それにメノウは魔法絡みであろうとなかろうと、事件の扱いには慣れている様だった。素人の自分より余程頼りになる。
「メノウさん、本当に、有難うございます……!」
「あっはっはっ。大袈裟ですねぇ。ささ、そうと決まれば今日はゆっくり寛いで、体を休めてくださいな」
メノウはけらけらと笑って、一口サイズにカットされたサンドイッチを口に放り込んだ。
「そういえはメノウさんは何故、時計塔で留守番をしていたのですか?」
「それですか。大した理由ではないです」
メノウは語った。
「僕が遊びに行ったら時、丁度クローさんが墓地へ仕事をしようとしてたので、仕事が済むまで時計塔で待っていたんですよ。クローさんには手伝えとか帰れとか言われましたがね。……墓地って怖いじゃないですか」
「え? まぁ夜は怖かったり不気味だったりしますが……。日が出ていた時の話ですよね、それ」
「怖いじゃないですかっ。だから時計塔で留守番していたんです!」
メノウは語尾を強めて言った。因みに新聞は、クローが仕事を終えるまでの暇潰し用に買いに行っていたらしい。そして面白い記事があったからその場でじっくり読んでしまった。との事だ。
……確かにクローの言う通り留守番が出来ていない。
「しかしそれでは、私の所為で予定を狂わせてしまいましたね。すみません」
アルバートが時計塔を訪ね、時計塔から出た彼をメノウが追った事により、メノウの当初の目的は果たせず仕舞いになってしまっている。訪ねる日にちが悪かったかもしれないと、アルバートは少し罪悪感を覚えた。
「いえいえ、お気になさらず。ぼかぁ単に遊びに行っただけで、大それた目的はなかったんですから。それに困っている方は見過ごせませんし、……」
「? 何か言いました?」
「いいえ、何も」
メノウはけらけらと誤魔化す様に笑った。