Ⅲ
「……嘘」
独り言のように彼は呟く。
「嘘、です。そんな、あり得ない……」
目を泳がせて、アルバートはうわ言のように否定を繰り返す。
「彼女は消えて、私は悲しんで、貴方達を頼って、助力に感謝して、探し当てて……!」
「探し当ててなどいない。もう忘れたか、アルバート」
「【楽園】、【楽園】に彼女は居て、私は彼女を……!」
「居たのはレジーナだ。まぁレベッカも居たには居たか。“一部”が」
「いっ、」
端的でいてその実、直接的なクローの発言。アルバートは言葉に詰まった。
「か、彼女、彼女、と。もう会えないと知っているなら、私が魔法を使っているのなら、ならどうして彼女を作らなかったというのですか! 魔法ならば、彼女を作り出すぐらい出来るでしょう!?」
「出来る。しかしそんな傀儡では納得しないと、貴様は知っていた。【楽園】の魔女レジーナよりも賢いな」
クローはクックッと喉を鳴らして笑った。
「女を作った所で意志は生まれない。ただのそっくりな人形となる。話す言葉も自分が言わせているだけ。それでは意味がない。だから消した」
自分を構築するモノ、保つモノ全てが片端から壊されていくような感覚を覚えた。蓋を閉じ鍵をかけ開かないよう必死に押さえつけていたのに、箱ごと壊され中をぶちまけられ解体されていく。
そんな、嫌な感覚。
「舞踏会」
唐突に、クローは突拍子もない事を呟いた。
「舞踏会があったんじゃないか? そこで“今夜”、踊る予定だった」
それは【楽園】の中で起きた事だ。毎晩催される狂宴だ。
「しかし“十時”になっても一向に来ない。心配になった貴様は女の家に行き、部屋に向かう」
ぱたぱたとメノウのノートで呑気に自分を扇ぐクロー。
ーー違う。彼女は十時に来た。アルバートは否定する。“十時”きっかりにレベッカは……。待て、否、違う。
【楽園】に居たのは、踊ったのは、レジーナだった。“十時”に来たのはアルバートの方だ。花が話していた。“十時”に始まるのだと。花? 花以外にも聴いた気がする。何処で? 誰から?
『夜の十時頃です』
サラのはっきりとした声が脳裏に響いた。
「そして“マスターキー”を使い、部屋の惨状を目にする」
クローはキーリングを一瞥する。
「女は死んでいた。何処かは知らんが、体の一部を切り取られた状態でな」
記憶が入り雑じり混乱する。
「人間は現実を越えた物はそう簡単には産み出せない。【楽園】で舞踏会が行われていたという事は、何処かで接点があった筈だ。実際行われていた、または予定があったと考えられる。
身近な存在で、舞踏会と縁がありそうなのはレジーナよりもレベッカだ。しかもレジーナは奴を羨んでいる。だからこそ“舞踏会”、そこを再現した舞台を作った。現実で接点があるのならば作る必要なぞない。
レジーナにとっての【楽園】はほんの一夜、望んだ儚い夢。若き日々に過ごしただろう記憶の追憶。だから【楽園】は所々ちぐはぐだった。それに対し貴様は夢を永遠に、命ある限り引き伸ばそうとした」
違う。嘘。嘘に決まっている。
「諦めろアルバート。幾ら魔法を使おうとも現実は変わらん。死人は生き返らん。女が帰って来る事はない。心地の良い夢はもう終いだ」
夢ではない、現実だ。クローこそ悪夢だ。
アルバートは顔をうつ向かせた。左手の薬指に嵌められたダイヤモンドの指環が目に付く。
その瞬間、ガシリと、左手首を掴まれた。それはいつの間にか目の前に立っていた、クローの手。
「これ以上は使わせんぞ。そんなに嫌ならばまたレジーナと踊るか? 楽しかったろう。嬉しかったろう。まるでレベッカが居るようで。女は死んでいるというのに」
クローの少々骨張った手は、鬱血してしまいそうなほど力強くアルバートを掴んでいて、振りほどけない。
「そして夢を見たまま貴様も死に、全てを投げ出すか? 人が死んで困るのは己ではない、周囲だ。そうと知ってなお自決するか? 汚れたままの女を清めず、存在を無視し、自分ではない誰かに押し付けて逝くか? その時まで寝かせずに、此処にずっと放置しておくか?
ーー花の一つ手向けずに」
言われて、殺風景な墓地が脳裏に横切った。
「……花」
枯れ木にカラスが群がり、墓石には苔がつき雑草が茂る、酷く寂しい世界。
(それは、)
嫌だなと、考えてしまった。
そこにあって欲しい物が、あるべき物がないのは、酷く寂しかった。
(だってレベッカは、そこに居るのに)
そう思った途端、ふと目が覚めた気がした。次いで罪悪感が込み上がってきた。
いつまで待たせているのだろう。いつまで放っておいているのだろう。いつまで無視をしているのだろう。彼女は動かず、ずっとそこに居るのに。
『アルバート様、それでは今夜ーー』
いつまで、一人で待たせてーー
「……レベッカ、レベッカ。ごめん」
アルバートはクローに手を離して貰うと、カーペットが敷かれただけの、何もない床の前で両膝を着いた。
「君はずっとここに居たのに、迎えに来なくて。会おうとしないで」
声が掠れる。涙が溢れる。
しかし彼女は現れない。見えもしなければ触れもしない。
「クローディオさん……」
「自力では解けんか。ならば指環を寄越せ」
すがるように名を呼ぶと、クローはアルバートから婚約指輪を渡すように言った。暫くぶりにアルバートの手から離れた指輪は、いつもと変わらない輝きを放つダイヤモンドを鎮座させている。
「ダイヤモンドの指輪か。また破壊しにくい物を選んだな」
クローはテーブルまで移動すると、そこに指輪を置いて片手で固定した。
「ダイヤモンドの硬度は宝石の中どころか、天然の物質の中で最も硬いと言われている。しかしこうして加工が出来ているように、破壊が出来ない訳ではない。何故なら一定の角度の刺激は酷く弱いからだ」
クローは十字杖の先に付けて使っていた、先頭器を取り出すと、先端でコツコツと何度かダイヤモンドを叩いた。
「ここか?」
そして軽く高く掲げると、勢いをつけて思い切り突き刺した。
パキンッ
二つに割れる、ダイヤモンド。
直後、鉄の匂いが部屋に充満した。




