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楽園と失踪  作者: アマート
接触編
25/37

 Ⅵ 

 レベッカは問う。


「ねぇ、どうして怖い事をするの? 私は綺麗でいて、綺麗って言って貰いたいだけなのに。それのどこがイケナイことなの?」


「人間は人間である限り、目的がどんなに真っ当でも手段を選ばなければならん。それが出来なければ貴様は人間ではなく、獣だ」


 カチ、コチ、カチ、コチ


「私はケモノじゃあないわ。ケモノは綺麗であろうとしないじゃない。私は綺麗になりたいの。皆に綺麗って言って貰いたいの」


「獣とて美を求める。異性を呼び寄せる為にな。貴様と同等だ」


「それは番いになる為の手段でしょう? 私は違うわ。綺麗になる事、そのものが目的だもの。それが出来たから、綺麗になった私を見て欲しいの。綺麗って言って欲しいの」


 カチ、コチ、カチ、コチ


「ふん。では、どれほど賛美されたら貴様は満足する。もう一ヶ月もの間、貴様は美貌を手に入れ願い通り賛美されていた筈だ」


「いつまで? うふふ。いつまでも、よ。だって女ですもの」


「そうか」


 カチ、コチ、カチ、コチ


「女、貴様は確か【灰かぶり】が好きだったな」


「えぇ。綺麗で居続けた人。綺麗だったから恵まれた人。苦しくっても悲しくっても、綺麗でさえいれば恵まれるお話」


「今の貴様は【灰かぶり】だ。美しく、それ故に恵まれている。苦痛も何もかも、美しい貴様はそれによって救われる」


 カチ、コチ、カチ、コチ、カ 、チ、




 ゴオォーン、ゴォーン、ゴオォーン




「……どうした、【灰かぶり】。十二時だ」


 十字杖から、鐘の音が響いた。直に振動が伝わっているのか、杖を持つクローの腕が小刻みに震えている。屋敷の奥どころか森全体に響き渡っているだろう大きな音。

 それは屋敷に置かれた振り子時計、エントランスにあった柱時計、ダンスホールにあったかけ時計、どれの音でもない。もっと、巨大な……。


 時計塔の、鐘の音だ。



「《魔法が解ける時間》だぞ」



 彼がそう言った直後、屋敷中の振り子時計が、柱時計が、かけ時計が。全ての時計の針が文字盤をぐるぐる廻り十二時をさす。

 続いて中庭を、屋敷を照らしていた太陽が消え、欠けた月が現れる。墓石が現れる。屋敷の外装が剥がれ骨組みが現れる。先程とは比べ物にならない速さで【楽園】が崩されていく。が、


「ヤメて」


 レベッカが一言呟くと、中庭も屋敷も形を得て極彩色に染まった。

 そして急激に、大木の如く巨大化したツルバラが、クローを鞭打つ。


「ーー!」


 クローは咄嗟に杖を構えツルバラを受け止めるが、踏ん張り切れず、外壁に叩き付けられるまで吹っ飛ばされた。

 叩き付けられた衝撃で壊れる煉瓦。しかし煉瓦はひとりでに動き、間を置かず自動修復されていった。


(……!? クローさんが、押し負けた?)


 操り人間越しに様子を見ていたメノウが驚愕する。

 始めのクロー個人の力量だけで無理に解こうとした時とは違い、二度目はレベッカ自身も巻き込んだのに、だ。

 【灰かぶり姫】は十二時で魔法が解けるお伽話。【灰かぶり姫】を好むレベッカの心理を利用し、《魔法は十二時に解ける》という“イメージを相乗させた”にも関わらず、五分と保たなかった。


 メノウが《マインドコントロール》を得意とするなら、クローは《戻す》ことを得意とする。メノウを魔法にかけ切れなかったレベッカが、クローの得意な魔法を相殺出来るのは可笑しい。

 何故ならクローはメノウよりも、魔法の扱いが遥かに上手いのだから。


「チッ、やはり部が悪いな……!」


 背中に鈍痛を覚えながらも、クローは杖で体を支えを借り立ち上がる。

 続いて杖を構え、目前にデミハンター【ナポレオン】の蓋を模した、縁が金色の、彼を覆う程の大きさを持った円状の壁を形成した。


『クローさん! やっぱり僕も、』


「メノウ、貴様は《器》を探しに行け!」


『でもそのままでは《血》を使い過ぎてしまいますよ!? 今だって結構いっぱいいっぱいでしょう、二回も《戻した》のに……!』


「大事ない!」


 大木並みの太さを持ったツルバラが、金縁の壁を鞭打つ。一見するとガラス製に見えるが、壁は丈夫らしく、傷一つ付く事なくそれはツルバラの棘も衝撃も受け止めた。


『そもそも拙い魔法を使っているレベッカさんが、二回も魔法をかけ直せるって変ですよ! 可笑しくないですか?!』


「どんなに技量、経験に差があっても、圧倒的な力でごり押しすれば、そりゃ二度もかけ直せるわ」


『圧倒的な力って……』


「あぁ、言い忘れてたがな、メノウ」


『何ですか?』


「今回の魔法使い、《血》の制限がない」


『……はぁ?!』


 メノウは頓狂な声を上げた。目を瞑らなくていい状態だったなら、アンバーの目が限界まで見開かれていた事だろう。


『聞いてないですよそれ! ストックが無限って……。輸血でもしているんですか?!』


「ある意味、しているな。問題は、何度でもごり押しされるという事だ。しかし魔法の扱い自体は稚拙。一度に多くの事は出来ん筈だ。だから一箇所に固まり集中攻撃を受けるのは避けたい」


 クローはそこで一息つくと、


「つまり、貴様はとっとと《器》を破壊しに行け!」


 外壁に縫い付けられているメノウの操り人間に向かって叫んだ。


『は、はい!』


 メノウは反射的に返事をして、外壁に縫い付けられている人間の《コントロール》を解く。魔法が解かれた人間は力なく項垂れ、やがて深い眠りへ入った。


「……さて、貴様好みの陽気な男は消えたぞ」


 レベッカは動かず、エメラルドの目でクローを冷たく見据えている。自分に注意が向いている間、彼女が去らないと分かって、クローは流暢に言葉を連ねた。


「魔法を使えば現実と隔離された理想郷が作れる。魔法に嵌る人間は皆そう考える。《血》という制限を考慮しても、可能性は無限大。貴様もそう考えているんだろう?」


 ふっと、クローは軽く嘲笑をする。そして彼は言った。


「愚かだな」


 それは冷たい声音だった。


「魔法なんぞ高が知れている。聖書の中では神が世界を作ったと言われているが、その神は全知全能だ。だが人間は全知全能ではない。……魔法は才を得る力ではない。才に依存する力だ。持ち合わせの知識とセンスを使う他ない以上、万能の力にはなり得ない」


 クローはしゃがみ込み、花壇に膝を着く。


「何故なら人間は所詮、この世にある物しか作り出せん。現にこことて現実にある物を取り入れた上で構成されている。胸像も絵画も鎧も森も、現実に必ず存在する筈だ。貴様は何も、神がいると言われる天から才を授かった様な、独創性に富んだ者ではないのだからな。でなければ外の人間を取り入れる事はない。別の人間になる事はない。独創性があれば模倣なぞ必要ないからな。貴様は普通の人間だ。無い物ねだりをするただの人間だ。この庭とて同じだ」


 そして彼は花壇の花をむしり取った。蕾を開いた花から悲鳴が上がる。そしてぐちぐちと暴言を言い続ける。だがクローには聞こえない。その絹を引き裂いた様な悲鳴も醜く薄汚い悪口も。


 花が枯れた。


 クローがむしり取った花、だけでなく、花壇に咲いていた全ての花が。唯一枯れなかったツルバラだけがクローを囲む。

 自分で創造した物を自分で破壊した不可解さに、クローは眉を潜めた。



『しかし、【楽園】と呼ばれている、呼んで欲しい場で嫌いな物を混入するのは不可解ですねぇ』



 メノウに話しかける少し前に、彼が呟いていた事が脳裏に過る。彼の目の前にあったのは穴だらけの肖像画。


「……そういえば貴様、サロンでも自分で作り出した物を自分で壊していたな。さては創造物を処理し切れてないな」


 空間を広くするだけ広くして、作り込みが甘い世界。魔法の扱いが拙い証拠である。


「【楽園】を作るにあたって好きな物を創造し、嫌な物を別の物に置き換えた。しかし表面を変えたは良いが、何かしら腑に落ちない出来だった、と言った所か。またしっかりとした自我のある人間も居たと言う事は、魔法をかけれなかった。又は魔法をかけてでは得たくない、独占欲か支配欲かがあったという事だな」


 ガン。と、クローの頭に鈍痛が走る。何度も何度も後頭部を鈍器で殴られた感覚を覚える。

 だがクローは、眉を潜めながらもその鈍痛を耐えた。


「ふん。俺をメノウと同列にするな、女。この程度の魔法なぞ効かん」


「……イヤな人」


 挑発するように言うクローに、レベッカは光の入っていない目を向ける。


「ねぇ、イヤな人。私は綺麗?」


「知らん」


「知らない?」


「貴様本来の姿を知らん以上、知らんとしか言いようがない」


「今の私は?」


「今の貴様は貴様ではない。他人だ。仮に俺がその姿を賛美しようが、それは他人への賛美だ。貴様ではない。それでもいいなら言ってやろう」


 クローはレベッカから顔を逸らさずに、仮初めの、理想の女性像を見越して言った。


「さっきも言った通り、俺から見た貴様は【灰かぶり】だ。……灰にまみれた姿がよく似合う」


 美しいと同時に、汚れていると。

 レベッカはエメラルドの瞳を少し見開く。しかしそれ以上は何の反応をせず、屋敷の扉の方へ移動を始めた。


「チッ、何処に行く女。賛美してやったんだ、礼の一つでも言ったらどうだ。礼儀が足りんぞ。おい……」


 杖を支えに立とうとして、クローは膝を地面につけた。足に力が入らない。

 レベッカはもうクローに興味がなくなったのか、振り向きもせずに扉の奥へ姿を消した。


(……《血》を使い過ぎたな、暫くは立てん。結界から吐き出されなかっただけマシか。また境目を切るのは面倒だ)


 これで少しは時間稼ぎと、魔法を使うに足枷となる現実、魔法の限界を吹き込めただろう。このまま魔法に失望し、使用を止めてくれるのが最も都合がいいが、そうは上手くいってくれないらしい。

 額を抑え、クローは深い溜め息をつく。



 頭が痛み、吐き気を覚えた。

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