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楽園と失踪  作者: アマート
接触編
24/37

 Ⅴ 

 


 チッ、チッ、チッ、チッ



 巨大な縫いぐるみの影に隠れた、掛け時計の音が部屋、ドールハウスに響く。ドールハウスの中央、ダブルベッドの脇にはフランス人形【メリー】が置かれ、その前に胡座をかいたメノウが座る。

 星型のペイントを摩りながら、メノウは目を細め苦渋な表情をしていた。


「本当に、無茶振りをしますね……」


「そもそも貴様が首を突っ込んだ事件だろう。いいから早く探せ」


 ダブルベッドの天蓋の柱にマクラを立て掛け、それを背もたれ代り深々と腰掛け、横目でメノウを見るクロー。


「探してる人の近くに、人が居るとは限りませんよ?」


「ちまちま探すより“そうやる”方が余程早い。探す対象がハッキリしているからな。逆に“それ”で見付からなければ、見た場所以外を探せばいい。屋敷全体の様子も把握出来る。何にせよメリットはある」


「そうですかー……。でもアルバートさんを一人にしたままで良いんですか? アルバートさんも《器》を探しているんですから、手伝って貰えば……」


「協力と言っても出来る事は限られる。あの男が《器》とは限らない以上、このまま奴は奴で《器》を探す方が効率がいい。何より、」


 言いかけて、クローは不意に口を噤んだ。代わりに懐からメノウから回収した【マリー・アントワネット】を取り出し、見詰める。


「……何より、もう直ぐ十二時だ。呼ばずとも直に来るだろう」


「うむむ……」


 メノウはアンバーの目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。彼の瞼の裏には、複数の視界が写っていた。その数、ざっと十人。

 眠っている【楽園】の人々を操り、起こし、視界を共有する。視界に重点を置いた《マインドコントロール》の応用コンタクトである。複数操っているのもあり、どの他人の視界も霧がかかったような映像になってしまうが、大体の視覚的情報は得る事は出来る。


 ダイニング、リヴィング、ロビー、エントランス、ダンスホール、バスルーム、バルコニー、アプローチ……。


 操る人を変え場所を変え様々な場所を視るメノウ。だが目的の人物は見当たらない。しかし、ある人物の視界を共有した時、変な物が見えた。


「やや?」


「どうした、見付かったか?」


「いえ、何かキッチンに変な物が……」


「何だ。はっきり言え」


「えーっと、これは……。林檎、ですねぇ。うわぁ腐って溶けてる。もう食べれませんね」


「溶ける? 腐る事はあっても溶ける事はないと思うが……」


「でも溶けてますよ。よく虫が来ませんね。流石は【楽園】。あっ、そうです。どうせならこれ庭に埋めましょう」


「何故だ」


「ゴミ箱がないんで。このままにしておくのも何ですし、埋めたら肥料になりますよ。多分」


 メノウは【メリーさん】の上に手をかざし、まるでマリオネットを繰くるかの様に指を動かす。そうして《コンタクト》から《コントロール》に切り替え、辺りを見渡す事だけをさせていた人間を操作した。

 メノウは人間に潰れたトマトの様にドロドロな林檎を持たせ、ロビーに出させる。


「そんなくだらない事をするよりとっとと……」


「あ」


 唐突に、メノウは間の抜けた声を発した。


「見付けましたクローさん!」


「何!? 何処だ!」


「中庭です! 中央の螺旋階段を少し登った所!」


「中庭……。チッ、戻っていたのか。メノウ、もう二人か三人動かし拘束しろ!」


「近くに人が居ませんっ」


「なら下に降りないよう見張っておけ! 挟み撃つ!」


 クローは荒々しくドールハウスを出て中庭に向かった。幸いドールハウスから螺旋階段へ続く扉は近い。クローは扉を乱暴に開きまだ階段に立つ茶髪の男を見下ろした。

 茶髪の男は逃げようとして、下にメノウの操る人間が立ち脱路が塞がれている事に気付きたじろぐ。


「手間を掛けさせおって」


 茶髪の男を追い詰めたクローは、男ににじり寄る。身動きを取らなくなった男との間は直ぐに狭まり、クローは彼の胸ぐらを掴んだ。

 そして、十字杖の刃先を、茶髪の男へ突き刺そうとする。だが、



「ダメ」



 その杖は、突如螺旋階段に現れたレベッカにより止められた。

 彼女が現れたと同時に庭中で咲いたツルバラ、その蔓がクローの腕に一斉に絡み付き、動きを拘束する。首にも巻き付き、腰にも巻き付き、力付くで茶髪の男から引き剥がそうとした。


「ほぉ。魔法使い様直々にご登場か。やはりこいつが《器》で間違いなさそうだな」


 だがクローは全身からぼたぼたと血が流れ、痛みを覚えているにも関わらず、顔色一つ変えずに、また茶髪の男から手を離さなかった。


「貴方、だぁれ? どうして、怖い事をするの? ここは【楽園】なのに」


「愚問だな、魔法を解く為に決まっているだろう。さっさと去れ、女」


「……イヤ」


 ぐにゃりと、クローと茶髪の男が立つ螺旋階段が、まるで粘土を引き伸ばしたかの様に歪む。茶髪の男とクローとの距離が開く。が、クローはそれでも茶髪の男を離さない。

 アビ・ア・ラ・フランセーズの襟首が引っ張られ、茶髪の男は苦しそうに顔を歪めた。


「チッ。面倒だな」


 カチ、コチ、カチ、コチ


 十字杖から、時計が動く音が、響く。


「貴方、“それ”に触らないで。離して」


「嫌だ。貴様こそこれを外せ」


「離して!」


 レベッカが声を上げた。

 刹那、上空に突如現れたギロチンが、



 クローの左腕を切断した。



『クローさん!』


 操り人間越しに様子を見ていたメノウが、操り人間の口を借りて叫ぶ。


『僕もそっちに……!』


「メノウ、貴様はそこにいろ!」


『しかしっ』


「口答えするな!」


 手首から流れ出る紅い血吹雪が中庭を汚す。茶髪の男のアビ・ア・ラ・フランセーズを汚す。ぼたぼたと止めなく流れる鮮血。剥き出しになった白い骨。淡紅色の肉。薔薇の棘によって付いた細かい傷からも、まだ紅い血が流れ出ている。

 クローは特段、痛がる素振りはしなかった。ただ、鬱陶しそうに顔をしかめた。


「貴方、出てって」


「それも出来ん」


「イヤよ、もうイヤ……。私の【楽園】を穢さないで!」


「ふん。汚れたのは貴様の所為だろう。貴様がどうにかしろ。また花にでも変えればどうだ? 尤もこれは変えるだけでなく、とっとと塞がなければ、このまま汚し続けるがな」


「……そう。そう」


 レベッカは消え入りそうな小さな声で、ぽつりぽつりと呟く。


「穢れは、外に捨てなくっちゃダメね……」


 突如、螺旋階段が消えクローの真下に黒い穴が現れる。茶髪の男もまた何処かへと消えた。メノウが操作している人間は、ツルバラによって壁に押さえ付けられた。

 クローを拘束していたツルバラを使って。


「うふふ。さぁ、【楽園】から、消えて?」


 拘束がなくなったクローの体は、重力に従い奈落へと落ちていく。


「【楽園】?」


 クローのモノクルの金縁が、偽物の太陽光を反射する。



「ここは墓地だろうが」



 次いで猛禽類に似たヴァイオレットの目でレベッカを見据えると、十字杖を足元に突き刺した。

 空虚の筈の奈落に、杖は闇に沈む様に深々と突き刺さる。落下していた筈のクローもまた、杖が刺さった場所以上に動かない。


「好都合な事に穴が空いた、よく見せてやろう」


 地を這う様な低い声が、中庭に響く。

 すると突き刺した杖を中心に、波紋が広がるかの様に草花が枯れ、更地となった。極彩色で彩られた絵画に、インクを一滴零したかの様に色が消え、まるでモノクロ写真の中の様な、これはこれで現実味のない世界が広がっていく。


 それは本来の墓地の姿。


 クローの左腕もまた骨から順に元の姿を取り戻していく。ついでにローブを始めとした服の穴も直り細かな傷も消え去る。

 彼は一歩足を踏み出す。歩いた跡は更地になる。今のクローの姿は、さながら死の使いようだった。



「ヤメて」



 だが、レベッカが中庭に足を着けると、更地となった場は直ぐさま草花が咲き乱れ、魔法がかかった姿へと変わっていった。


「チッ、折角解いたというのに戻しおって……。そもそも《吐き出そう》と穴を空けたのは貴様だろうが。俺は広げただけだ」


「貴方はどうして、ここに居るの? 私の思い通りになってくれない人が、どうして【楽園】に来たの? ねぇ、どうして?」


「ふん。だから解く為と言っただろうが」


「ダメ。【楽園】を消しちゃ、ダメ」

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