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楽園と失踪  作者: アマート
接触編
22/37

 Ⅲ 

 中庭の螺旋階段から一階へ降りると、お喋りな花は花弁を閉じ蕾の姿となっていた。花も寝ているという事だろう。これで気兼ねなく中庭を渡れる。

 クローバーの扉を開け屋敷に入り、アルバートはふと後ろを振り返った。そういえばクローバーの扉の他、赤色のハート、黄色いダイヤ、青色のスペードの扉を開けていない。もしやこの中にレベッカの《器》があるのではないのだろうか。


「……」


 アルバートは意を決して、向かって左端、赤色のハート型の扉を開けた。


 赤色の部屋の中。それは何というか、子供部屋だった。それも幼い少女が使っているような、ドールハウスやドール、クレヨンやスケッチブック、おままごとセットが転がる部屋。椅子もテーブルも低く作られていて、部屋の主だろう少女のサイズに合わせられている。

 天井にはくるくると回っていている飛行機の模型と、汽車がレールを伝って縦横無尽に走っていた。重力とか、そういう法則はこの部屋にはないらしい。


(……何が《器》なのか全然わからないな)


 うまく目星が付けられないアルバートは、適当に床に転がっていたスケッチブックを手に取り、ぱらぱらと流し読みをしてみた。

 スケッチブックには、クレヨンで乱雑ながら一生懸命描かれた稚拙な絵が載っている。その拙い描写の所為か、ページによって描かれている男女が別人に見える。しかしピンクのドレスを着た女の子と白い服を着た男の子と、格好は全て同じだ。恐らくお姫様と王子様を永遠と描いているつもりなのだろう。


 お姫様と王子様が花畑で笑っている。パンが入ったバスケットを持って街道を歩いている。パンを手に食事をしている。舞踏会で踊っている。どれも平和なイラストだ。

 しかし何枚も捲っていると、不意に黒と赤でいっぱい描き殴られたページに到達した。


 その次のページも。

 その次のページも。

 その次のページも。


 執拗な程、赤と黒でページが塗り潰されている。不気味だ、とても。



 ビリリッ



 アルバートは反射的にスケッチブックを破っていた。力任せに、原型を留めない程に粉々に。


(……《器》の破壊って、どこまで壊したら破壊になるんだろう。燃やした方がいいのだろうか)


 ポッポー。ガタゴト、ガタゴト。

 汽車の走る呑気な音が、頭上から聞こえた。


 子供部屋は広い。十組のペアがダンスを踊れる程に。下手なダンスホールより余程だだっ広い。

 たった一人でこの部屋に立つアルバートは、何だが急に寒気を覚えた。広過ぎる場所というのは人を不安にさせるらしい。

 加えてドールハウスと違い、この部屋の人形は縫いぐるみではなく、素材は陶器や木、プラスチックで、大きさは大人と同程度の物もある。近目でも人間に見えてしまうような、生々しいほど精密に作られた人形の数々。


 まるで自分も人形の一つだと、錯覚してしまいそうな程に。


(レベッカ……。魔女はこの屋敷で、何をしたいんだろう)


 美しさは魔法でしか得れない事だろうか。年老いて得れる幸せなど要らないのだろうか。彼女は何をもって結界を作り狂宴に勤しんでいるのか。

 アルバートにとって魔法など悪夢だ。この屋敷は彼女を奪う悪魔だ。早く消し去りたい。早く……。


 焦る気持ちを抱きつつ、アルバートは部屋を出た。隣の部屋、黄色いダイヤ型の扉の中へ入った。そこはまるで宝石箱だった。

 目が眩む程の金銀、ダイヤモンド、サファイア、ルビー、パール、アクアマリン、ジェード、アメジスト……。


 壊すのは骨が折れる物ばかりだ。そもそも装飾品は魔女にとって思い入れがある訳ではない。《器》がある可能性は低いだろう。一先ずアルバートはこの部屋を後にし、青色のスペードの扉の前に足を運んだ。


 中は鏡の間だった。どこに自分が居るか分からない、鏡張りの部屋。左右上下斜めから、何人もの自分が屈折した鏡に写り自分を見詰めてくる。

 その中央のゲリドン(ランプを置く小卓)に、カンテラが一つだけ置かれ、中の火が点いた状態で入ったキャンドルが、鏡の間をこうこうと照らしていた。


(……。どこかで使えるかな?)


 アルバートはカンテラを手に持つ。


(あ、そうだ。鏡も《器》の候補だった)


 部屋を出ようとして、アルバートはメノウの言葉を思い出し足をとめる。そしてカンテラを左手に持ち替えて、サーベルを抜き部屋の壁に張られた鏡全てを叩き割った。天井は割れた鏡の破片を投げて壊した。

 一応これで破壊した事になるだろう。しかし何も起きなかったという事は、器ではなかったようだ。


 アルバートは部屋を出て先に進んだ。先に、と言うより最初に通った道へ戻った、と言った方がいい。柱の間を抜けて、書斎の前まで来たのだ。


(レベッカは本が好きだったな)


 しかし、書斎の中に置かれた本は【灰かぶり姫】のみである。中に入ったアルバートは本当にその本しかないのかと、棚や積み上げられた本の山を探る。

 最初と違いカンテラがある今は、部屋の奥の暗がりもくまなく探す事が出来た。やはり持ってきて正解だったな、とアルバートは心中で呟く。



『アルバート様、【シャーロック・ホームズシリーズ】の新刊が出ましたっ』



 彼女はミステリー小説が好きだった。普段はお淑やかな彼女だったが、面白い本を見付けた時には子供のようにはしゃぎ、買った本や出版された本を逐一報告していたものだ。


(ミステリーやファンタジーとかだと、仕掛け部屋があったりしたなぁ)


 レベッカと一緒に本を嗜んだ時を思い出しながら、アルバートは壁際の本棚を探る。そこでふと、棚の板の裏に不自然な窪みがあるのに気が付いた。胸辺りの高さにある、不自然な窪み。屈んで見てみれば引っ掻き傷も確認出来た。

 気になったアルバートはその窪みに手を伸ばした。窪みには指先が丁度入る。アルバートはそこを掴み、前に引っ張れば引っ掻き傷や窪みの跡が出来るな、と考えながら、軽い気持ちで、棚を引っ張った。



 ガコン



 変な音が聞こえた。

 そして棚が前に動いた。


「……え?」


 自分で動かしておきながら唖然とするアルバート。本棚にはぎっしりと【灰かぶり姫】が詰まっている筈だ。なのに何故、簡単に動くのか。


「……え? え?」


 混乱しながらも、もう一度本棚を引いてみる。ガラガラと車輪の様な音と共に本棚が動く。動いた跡を見てみれば、暗がりと散乱した本で分からなかったが、フローリングの合間に車輪が通る為の溝があった。どうやらこの本棚だけ車輪が付いていて、本が入っていても可動らしい。

 そして棚が動き現れた壁には、重々しい鉄の扉があった。


(ど、どうしよう。進むべきだろうか……。それとも一度戻って、クローディオさん達と相談した方がいいだろうか)


 迷いながら鉄の扉を押せば、中には下に続く石の階段が伸びていた。


「……地下?」


 アルバートは目を丸くする。一歩中に入って見下ろした階段の先は、真っ暗で見えない。見えない恐怖から一気に不安を覚えるアルバート。やはり一度引き返そうと思った時、

 一人でに鉄の扉が閉まった。


「は!?」


 アルバートは慌てて開けようとしたが、間を置かずに奥からガコンと、変な音が鉄の扉越しに聞こえ、本棚が元の位置に戻ったのを感じた。

 この鉄の扉は外開き。本棚で外側を固定してしまうと、鉄の扉を動かせなくなってしまう。現に扉は全く動かない。


(と、閉じ込められた……?)


 埃臭く古めかしい、梯子の様に急な階段。その下の方から、生温かい風が吹き抜けてくる。降りればどこかに出れるかもしれない。アルバートは頬を引きつらせながら、カンテラの灯りで辺りをよく確認しつつ階段を下った。

 やがて踊り場だろう広い足場へ辿り着く。そこから先の階段は緩やかになっているが、更に暗く、まるで地獄の様に闇しかない。


 アルバートは先へ進んだ。この暗い場所はきっと、レベッカの闇。そこを照らせばきっと、この悪夢は終わってくれる。そんな、根拠のない事を信じて自身を鼓舞させた。

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