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楽園と失踪  作者: アマート
接触編
21/37

 Ⅱ 

 アルバートは絶句した。


 頭を無くした首の断面から、噴水の様に噴出される血。ダンスホールは瞬く間に血の海へと姿を変えた。血塗れになるアルバート含む男達。

 しかし誰よりも血に塗れたのは、レベッカ本人だった。彼女はわざわざより多くの血を浴びようと、一人でくるりくるりと、ダンスホールのあちらこちらで踊っていた。


「うふふふ。これで綺麗になれたかしら」


 純白のウエディングドレスを真っ赤に染めて、彼女は慈母の様に朗らかに微笑んだ。そして何事もなかった様にアルバートの手を再び取る。

 他の男達も頭をなくしたペアの女達もまた、何も起こっていないかの様に、構わず踊り続けていた。


「チッ! 《バートリ・エリーザベト伯爵夫人》のつもりかあの女!」


 女の血を浴びる事が美しくなる事だと信じ、乙女を殺め続け血を浴び続けた伯爵夫人。彼女を彷彿とさせる情景に、ギャラリーに居たクローが顔をしかめる。

 だがこんな事が出来るのは、この結界を作った魔法使いぐらいだ。やや決め手に欠けていたが、これで確定した。


「ここが限界だな、あの女と分かっただけいいとしよう。メノウ、貴様はここに居ろ!」


「ちょっ、置いてけぼりって酷いですよクローさん!」


 大量の血を見て顔を青くしていたメノウの抗議など毛ほども耳を傾けず、クローはギャラリーの柵を掴むと軽々と飛び越え、三メートル近い高さからホールへと身軽に着地した。


「アルバート、一度退くぞ!」


 レベッカの手を払い除け、放心しているアルバートの手を引くクロー。するとレベッカは首を傾げ、不思議そうな表情をした。


「どうして、離れるの?」


 彼女の虚ろな瞳に光はない。


「綺麗になったのに」


 血がべっとり付いたグローブで頬に触れる。赤い線が彼女の頬に作られた。


「汚れているのがいけないの?」


 彼女が目を伏せる。血の海だったホールは一瞬でアネモネの花畑へと姿を変えた。


「ねぇ、これでどうかしら?」


 スカートの裾を持ち上げ可愛らしい笑顔で言うレベッカだが、彼女自身にこびり付いた血はそのままである。それどころか血はじわじわと広がり、やがて純白のドレスは真紅のドレスへ変わった。

 その光景に更に目を丸くするアルバートの手を引き、クローはダンスホールの出口へと走る。


「……どうして?」


 人形如く正気のない、作り物の様な美しさを持ったレベッカ。しかし離れていくアルバートとクローを見て、ガラス玉のような瞳に烈火の如き怒りを宿した。


「うふふ。私、綺麗でしょう? だからもっと、遊びましょう!」


 レベッカが叫んだその瞬間、男女がダンスを止めて一斉にクローとアルバートを捕まえようと手を伸ばしてきた。まるで陳腐なゾンビのホラーショーの様だ。


「メノウ!」


「はいはい! いきますよ【メリー】さん!」


 クローに名を呼ばれたメノウは、【メリー】と名付けているらしいフランス人形を胸に抱き、空いた右手をホールにかざした。

 その瞬間、ホールに居た全ての人間がゾンビに似たポーズはそのままに、動きが止まる。


「うっ、やっぱりキツい……!」


 かざした右手をプルプルと震わせるメノウ。五十人近い人間を操れば死ぬと彼は言っていたが、動きを止める程度なら百人近くとも出来るらしい。


「と言うか《停止》なら僕じゃなくても、クローさんだって、出来るじゃないですか……!」


「黙れ木偶! 今まで寝ていたんだ、少しは働らけ!」


 何が起こっているのか、アルバートには理解が追い付かなかった。花畑となった床、動きを停止した男女、転がる首の残骸。ただただクローに手を引かれ、アルバートは走る。


「どこに行くの?」


 真紅のドレスを身に纏ったレベッカが、突然目の前に現れ行く手を塞ぐ。


「チッ、魔法使いまでは縛れなかったか。使えん木偶め」


 クローは懐から、蓋をしたまま時間が確認出来るデミハンターの懐中時計を取り出した。



 チッ、チッ、チッ、チッ



 規則正しく動く針の音が聞こえる。


「【ナポレオン】」


 クローはデミハンターの別名を言った。


「魔女の時間を、『止めろ』」


 そしてそう命じた途端、針の動く音は止み、レベッカの姿がモノクロ写真の様に色をなくし、呼吸の動きさえも止まった。


「メノウ、今の内に出るぞ!」


「そのまま、全員分止めて欲しいです……」


 人々の動きを停止させたまま、三人はダンスホールを後にした。



◇◇◇◇◇



 三人はメノウが眠っていた部屋まで戻り、一応ドアに(クローが鍵を壊した為)巨大な縫いぐるみを積み上げたバリケードを張り、仮初めの篭城をしていた。


「……すみません。お役に立てなくて……。それどころか、ご迷惑をおかけして……」


「いえいえ、アルバートさんは頑張りましたよ! お陰で魔法使いが誰か分かりましたっ」


 ベッドに座り項垂れるアルバートを励ますメノウ。しかしその魔法使いの正体を知っているアルバートは、更に表情を暗くした。


「……メノウさん、クローディオさん、間違いありません。彼女は、私の……」


「その可能性は低いな」


 クローはアルバートの言葉を遮って言った。口では可能性が低いとのみ言っているが、その猛禽類に似た目は確信に満ちている。


「貴様の知る婚約者とあの魔法使いの女……、魔女に劇的な違いはなかったんだろう?」


「えぇ、はい」


「ならば別人の可能性が高い。何せ魔女は魔法を使ってまで、ひたすら美貌を求めていた。それはつまり、現実の姿に満足していないという事だ。故に現実と同じ姿なのはおかしい」


「……では、彼女は一体誰なんですか。レベッカは、どこに……!?」


 アルバートは目を泳がせる。視界にダイヤモンドの指輪が入る。アルバートは人差し指にはめていた指輪を、薬指へとはめ直した。


「奴が誰かは今は重要ではない。それより、奴の《器》を見付けださんといかん」


 早くもタキシードからブラックスーツへ着替えているクローが、険しい表情をした。


「ひたすら美貌を追い求める、か。魔法を使う動機は単純だが、《器》の特定は難しそうだな」


「うーん、アルバートさんの話を聞く限り、身に付けている物が器という感じはしませんねぇ。《器》というのは、魔法使いが強い思い入れが出来る物になります。レベッカさん……。いえ、魔女にとって若さと美しさが一番なら、美貌を保つ為の何か、になるかと」


「魔法とはイメージ。《器》はよりそのイメージを強める助けができる物だ。今回の様なケースの場合、例えば……。さっぱりわからん」


「いや早々に思考放棄しないで下さいよ」


 ローブを纏い、普段の格好へと戻ったクローはあっさり思考を停止した。


「美貌を保つ……。化粧品は二の次の様でしたから、ドレッサー、とか?」


 だが化粧品が二の次ではドレッサーも二の次扱いだろう。アルバートは頭を抱えた。


「女の血を浴びて綺麗になった、とか言う奴だ。普通の感性では定められん」


「独自の美容法持ってそうですよねぇ」


「そうだな。血を溜めたバスタブに浸ったりしてそうだな」


 クローがバートリ・エリーザベト伯爵夫人の所業を踏んで言った。想像してしまったのだろう、メノウの顔が青くなる。


「見たくないんでしてない事を祈りましょう。例えばそう、マッサージ道具とかだったりして。または自分を見詰められる鏡とか、写真、カメラ、肖像画、あとコルセットとか……」


「よくポンポンと候補が出るな貴様」


「あの、クローディオさん」


 アルバートが遠慮がちに問い掛けた。


「何だ」


「《器》が魔法使いにとって大事な物というのは分かりました。ただその、それは形ある物でしかなり得ないのですか? 形がなかったら壊しようがないですよね?」


 思い出や記憶やら感情やら、流石にそんな不確かな物が器になるとは思わないが、液体や気体が器だった場合、簡単には手出し出来なくなる。

 性質を変えてしまえば破壊した事になっても、何かしらの器具がなければまず無理である。


「案ずるな、器には必ず形がある。それもきちんと手で掴める形がな」


 クローはアルバートの不安を一蹴するように力強く言った。


「ただでさえ《血》は掴めん。なのにそれを同じく掴めない物を使って扱うなど不可能だ。また体温ぐらいで変形したり、肉眼で視認出来ない物も論外だな。生身で触れられ素手で扱える物質、それが《器》だ」


「成る程、分かりました」


「あと、これは必ずではないが……。器は基本的に一つ。人が道具もして扱い易い形状、つまり小物のサイズをしている場合が多い。楽に運べ扱える様な物を優先的に探せ」


「でもクローさん。どうやって探すんですか?」


 メノウが口を挟んだ。


「さっきので魔法使いに思いっきり存在を認識されましたから、今までと違い移動が難しくなりますよ。ここに居るのもいつバレるかわかりません」


「どこに居ようが結界の中は魔法使いに支配されている。警戒するだけ無駄だ。ここに戻ったのは着替える為と、万一魔法使いが侵入しても対応出来る駒があったからだ」


 クローはヴァイオレットの色をした目で、巨大な縫いぐるみへ視線を向けた。人形を操る魔法に長けるのはクローではなく、メノウである。

 はっきり言って、メノウを盾に使うのと言っているのと同じだ。


「まだ情報不足だが、篭っていても仕方ない。そろそろ《器》探しを開始する」


 乱暴にバリケードの縫いぐるみを放り投げ、クローはドアを開け放つ。どこに何として《器》があるか分からない。手探りで見付けるしかない。

 交戦、と言えばいいのだろうか。いつ魔法にかけようと魔法使いかその従者に遭遇してもいいように、アルバートはより緊張を高めた。しかし、暫らく屋敷を歩いて、それは必要ない事と知る。


「……? 人が寝ている……?」


 屋敷を探索している最中、人には遭遇した。しかし誰も彼も壁にもたれ掛かったり、床にそのまま突っ伏していたりと、皆泥のように深い眠りに入っていた。

 窓から見える景色は明るい。開けて空を見ればさんさんと太陽の光が降り注ぐ、朝に変わっていた。先程まで日付けが変わる前だったというのに。やはり、結界の中の時間は正常に動いていないらしい。


「夜動いて昼間寝るんですか。コウモリみたいですねぇ」


「成る程。あの魔女、《外》に出たな。自分が居ない中でコントロールしても、意味がない上に疲れるから眠らせた、と言った所か。なら好都合、今の内に器を探し破壊する」


「結界を行き来する魔法使いですか。僕を結界に引きずり込んだ事も考えますと、やはり僕がこの町で会った誰かが魔法使いですかねぇ」


「メノウさんと……」


 メノウが【ウーヌス】に居たのは僅か一日。カークランド夫人にサラ、行方不明者の関係者に目撃者、チェンバレン家の使用人……。考えてみると意外と多い。

 クローの言う通り、考えても仕方がない事より、今はより重要な事に集中した方がいいだろう。


「さて、大人数で動いていても仕方がない。手分けして探すぞ」


 クローは十字杖を脇に挟み、両の手を叩きパンパンと乾いた音を鳴らした。


「手分けすってクローさん……。この広い屋敷で一人になるのは危険じゃないですか? 何かあった時に対応し切れませんし、それにどうやって合流するんです」


「魔女がどのぐらい外に居るか知らんが、直ぐには帰って来んだろう。それにガキじゃないんだ、何かあってもどうにかしろ。別に死ぬ事はないのだからな」


 クローはローブの中を探り、懐中時計を二つ取り出した。ムーブメントが見れる【マリー・アントワネット】と、蓋を閉じたままでも時間を確認出来る【ナポレオン】である。二つ共、屋敷の時計と違い決して狂う事なく、正確に針を回し刻々と変わる時を伝えている。

 クローはアルバートに【ナポレオン】、メノウに【マリー・アントワネット】を手渡した。


「この時計が十二時を指す時、《ドールハウス》に居ろ」


「ドールハウス?」


「メノウが居たあの部屋だ。さて、俺は三階に向かう」


「しかし、クローディオさんはどう時間を確認する気ですか?」


「時計ならば他にも所有している。気にするな。二人は他の階を好きに探せ」


 クローは踵を返すと、足早に二人の前から去って行った。三階はまだ一度も行っていない階だ。そこに迷う事無く一人で向かえるとは、度胸がある人だ。アルバートは感心した。


「……二階と一階、どちらがいいですかね」


「なら僕が二階回りますよ。元々ぼかぁこの階に居たんですし。ではアルバートさん、お達者で。危なそうになったら屋敷から逃げて下さいねぇ~」


 語尾を長く伸ばしてひらひらと片手を振り、メノウはゆったりとした足取りでアルバートから離れて行った。わざわざ二階を選び、一階の探索をアルバートに任せたのは、いつでも屋敷から逃げ出せるようにとメノウの配慮だろう。

 確かに屋敷の中より樹海の方が、足場は悪いが隠れられる場所が多く、また壁がないため四方に逃げる事が出来る。


 結局、いつも自分は二人に気を使わせてしまっている。アルバートは溜め息を吐いた。

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