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楽園と失踪  作者: アマート
訪問編
2/37

 Ⅱ 

 アルバートは語った。


 一ヶ月ほど前。ある日突然、アルバートの婚約者が姿を消した。

 住み込みのメイドによると、朝食の支度が整い、部屋に呼びに行っても返事がなく、昼近くになっても出てこなかった。しかし部屋には鍵が掛かったままだったので、無理矢理開けて中へ入ったらもぬけの殻で誰も居ない。


 部屋を荒らされた形跡はなし、争った形跡もなし、何かを盗られた形跡もなし。と、不可解な事ばかりだった。


 初めは最初に異変に気付いた、婚約者との接触が容易な、住み込みで働くメイドが一枚噛んでいるのでは。と怪しまれたが、アリバイがあり無関係とされた。同居している母親も同様に無関係とされている。

 ここで上がった一つの説、それでいて有力な説は《家出》だった。部屋は鍵がかかりその鍵も部屋の、しかも机の中にあったが、窓が開いたままだった、というメイドの証言もあり、第三者による事件性は薄いとされた。


 しかし彼女はいつまでも帰って来なかった。そもそも家出する動機が見当たらない。また家の物が何一つなくなっていない、つまり婚約者は身一つで家を出た事になる。

 女性が金も着替えも持たずに家を出るだろうか。しかも帰って来る気配がない。知人、友人の家に上がり込んでいるのかと、洗いざらい調べたがどこにも行っていない事がわかった。


 進展がないまま、他にも行方不明者が出た。婚約者と同じ様に忽然と失踪したのだ。それを皮切りに次々と行方不明者が続出した。警察官はこれ以上町人が失踪しないよう防ぐ方に追われ、最初の行方不明者に手を掛ける暇がなくなっている。

 最早、自分で探す他ない。そう思った矢先、アルバートはある噂を聞いた。


 隣町、つまりここ【ニル】に怪事件を解決してくれる場所があると。


 噂好きの婦人達や旅行好きの知人に聞き込みをしてみると、その人物は時計塔に住む人間だという。職業は探偵でもなければ時計塔の管理人ですらないらしいが、とにかく怪事件ならその人物を頼るのが一番らしい。

 実際、今回の事件でも、警察官が応援の手紙を何度か出した程だという。しかしいい返事を得れなかった、と聞いた。


 だからアルバートは自ら足を運んだ。全面的な協力は得れなくとも、少しでも手掛かりを得たかった。


「ははぁ、健気な人ですねぇ」


 一通り話を聞いたメノウは、背凭れに体重を預け怠惰な体勢で感心している。


「それで、その、アドバイスでも頂ければと……」


 警察官の協力要請を拒否した様な人物だ。話も聞かず門前払いされると思っていたが、メノウはじっくりと経緯を聞いてくれた。

 これは期待出来るかもしれないと、アルバートは身構える。


「アドバイス、と言ってもねぇ。ぼかぁその噂通り探偵ではないので、推理とかは出来ませんよ? 名探偵様なら自己紹介宜しく、ここで華麗にアルバートさんの職業とか趣味とかを当てたりするものですが、僕には無理無理」


 上から下へ、アンバーの目でアルバートの服を眺めるメノウ。


「まぁアルバートさんは言葉遣いが上品で、身なりも良いですから、お坊ちゃんなんだろうなぁ、とは思いますが」


 張りのきいた、シワ一つないフロックコート。ズボンから覗く艶やかで光沢のある革靴。素人目から見ても高価な物だと分かる。

 しかしそれ等を身に纏う本人は紳士然と、悠然と振舞う事はなく、逆におどおどと戸惑った様子で、高価な格好とは不釣り合いに見えた。


「え、でも、こういった怪事件を解決してきたと……」


「事件、事件ねぇ……。突然ですがアルバートさん、《魔法》って信じます?」


「は?」


 唐突に突拍子もない事を言われ、アルバートは間の抜けた声を発する。


「魔法? マジックの事ですか?」


「違います。種も仕掛けもない正真正銘の魔法。何でも現実に出来る、または理想を叶える能力です」


「そんな、お伽話じゃないんですから……」


 地動説が否定され、魔女や奇跡などが妄信された中世ならいざ知らず、今はそれなりに科学が発達し世界の仕組みが解明されつつある。

 そんな現代で魔法、理屈もへったくれもない万能の力があるなど信じられない。例えイカサマでも、解明する迄は確かに超能力として認識される、サイキックの方がまだ信憑性がある。


「まぁ、普通はそう思うでしょうねぇ」


 メノウは新聞をテーブルに置き、【楽園】が記載されたページを見開く。先程メノウから渡された新聞は、未だアルバートが持っている。どうやらメノウは同じ新聞を二つ持っていたらしい。


「ただ今回の事件は《魔法》が使われています」


「断言出来るんですか!?」


「新聞を読んだ限りはそうですね。考えてもみて下さい、何人もの人間が突然消える訳ないでしょう。しかも全員関連性がなく、性格も育ちも住居もバラバラ。しかし皆さん一様に綺麗に、忽然と消えている」


 その事が書かれた箇所を指差すメノウ。その色白の指に生えた爪は、髪と同じマゼンタに塗られている。


「警察官はそんなに無能ではありません。四人、いえ三人消えた辺りでパトロールも強化しているでしょう。何より、住人自身が警戒を強めているはず。それなのに目撃証言の一つもなく町から失踪する筈がない」


 メノウは次に見出しを指差した。


「決め手がこの【楽園】という噂そのもの。未だ帰って来た人間が居ないのに、何故森の中に屋敷があるとか、行った事もないのにその中は快適とか、目撃証言がない筈なのに《聖女》、つまり女性が出てくるのか。これはきっと、魔法使い自身が流しているのでしょう」


 確かにそうだ。誰も戻って来た人物が居ないのに、屋敷の詳細や内部の様子が広まっているのはおかしい。特ダネとなるよう、記者が予め吹聴したのだろうか。

 いや、何の脈絡もなく森や屋敷、聖女といったキーワードを使いはしないだろう。失踪事件と何も接点のない言葉を使っての噂は、定着しにくい筈だ。


 話を聞けば聞くほど、アルバートの中で空想の創物でしかなかった魔法が現実味を帯びていった。


「家出の線はないでしょう。婚約者さん等は魔法にかけられてしまったんでしょうね、これは警察官さんも大変だ」


「そうなんですか?」


「だって魔法ですよ? 何でも出来る万能の力ですよ? 手出し出来る訳がない」


 メノウは片目を閉じ、疲れた様子で溜息を吐く。


「しかし貴方なら、何か対応出来る手段があるんですよね……!?」


 アルバートは期待を孕んだ眼差しをメノウに向けた。


「僕にはないですよ、そんな力」


 しかしメノウは間髪入れずにその期待を裏切る。


「はぁ!? じゃあ何故、あんな噂が流れているのですか!」


「魔法だってタダじゃあ使えません。運動したら体力を消耗するように、魔法も使うと代償が支払われます。そしてそれは安くはない」


 メノウは明るい声から低く暗い声を使い、淡々と語る。


「つまり『《魔法》は時が経てば必ず解ける』のですよ。そして解けたら全てが夢の出来事と受け取られ、元に戻る。放置してても実は問題ないんです。ぼかぁそれを伝えるしか出来ません」


「そんな……!」


「しかし一ヶ月も魔法を使い続けるとは、今回の魔法使いは随分と長いというかねこっというか……。普通、魔法の多くは直ぐ解けるんですけどねぇ。センスがあったんでしょう。たまーに居るんですよねぇ」


 ぽりぽりと頬のペイント部分をかくメノウ。その口振りから、彼は魔法と魔法使いに関わった経験が多いのだと思われた。警察官に頼られ、噂になるぐらいだ。きっとそれは一度二度ではない。


「あの、メノウさん。魔法を使うには、ある程度の知識や計算が必要ですか?」


「そんなもん要りやしませんよ。魔法は計算して扱うような物じゃありません。全てはセンスです。だからこそ難しい」


 魔法を夢として受け止めず、使いこなせる者が現れても、感覚が全ての魔法は人に伝える事は難しく継承されない、とメノウは言う。


「それと魔法はですね、代償が大きい割に実用性がないんですよ。何をしたって解けたら元に戻り、何もなくなる。ご飯を作って口に入れても、解ければ胃の中は空。お金を作って使っても、解ければ借金に早変わり。だから使い続ける事もない。精々、お伽話として世に残って終わりです」


 確かにお伽話には沢山魔法が登場する。それは一夜の夢を与えてくれたり、空を自由に飛んだり、王になる助力となったりと様々だ。

 それ等の中には、実際に魔法使いが行った話が混ざっているのかもしれない。


「……魔法を解く手段はない。待つしか、ないのですか……」


「いえ、強制的に解く手段はあります」


「は?」


 失望し落胆した矢先に、前の発言を根本から覆す事をあっさりと言われ、また頓狂な声を上げるアルバート。


「待つ他に、魔法使いを直接叩けば魔法は解けます」


 何故それを先に言わないのか。驚愕したアルバートは、碧い目を丸くしたまま心の中で呟いた。


「……え? じゃあ、魔法使いを探せば解決ですか?」


「はい。ただここで問題なのが魔法使いの多くは《結界》に篭っている、という点です」


「結界?」


「魔法使いが魔法を使う為に引きこもる隔離された空間、とでも言いましょうか。魔法が使いやすい所になっていて、《結界》の範囲内は魔法使いの天下です。摂理を無視した、自身の理想を具現化した世界を作れるんですよ」


 自分が全ての空間。自分が中心の世界。自分だけの理想郷。

 絵画や小説の作者のように、あたかも自分が理の様な、神になった様な場所。


「で、これが招かれるならまだしも、勝手にお邪魔するとか出来ないんですよねぇ、ぼかぁ」


「えーと、では敢えて招かれる……。囮捜査をしてみるのは?」


「招かれたら終わりですよ、アルバートさん」


 メノウは冷たい声音で言った。


「結界に招かれた人間は、魔法が解けるまで魔法使いの玩具です。全てが支配されてしまう。その間、何も出来ません」


「……なら、」


 自分達には打つ手がないのではない。アルバートは唇を噛み締めた。いつ来るかも分からない、魔法が解ける時を待つしかない。

 婚約者が消えて一ヶ月、アルバートはひたすら待った。待つだけではない、時間があれば自分の足で行方を追った。就寝につく前、きっと明日は帰ってくると何度も自分に言い聞かせていた。自分の体の一部がなくなった様な喪失感を、幾度も味わった。



『アルバート様、今日は天気がいいですね。そうだ、ピクニックに行きませんか?』



 まだ待たないといけないと言うのか。耐えないといけないと言うのか。彼女の笑顔が見たくて、何もしないままなのは苦痛で、耐え切れなくて、ここに来たと言うのに。結局無駄足だったのだろうか。


「アルバートさん、一つ聞きます」


「……はい」


 アルバートは力のない声で答える。


「婚約者さんを、本気で、直ぐに見付けたいですか?」


「……はい」


 左手の薬指に嵌められた、ダイヤモンドの指輪が視界に入る。


「何をしても良い、覚悟がありますか?」


「……私に出来る事なら、何だって……!」


 ステッキを握る手に力を込め、アルバートはキツい剣幕で言った。

 するとメノウはアンバーの目を細め、朗らかに微笑む。


「分かりました、何とかしましょう」


「え……。でも、メノウさんは結界に入れないとか、魔法は解けないと……」


「“僕は”出来ません。あっはっはっ。アルバートさん、貴方はここに怪事件を解決している人が居ると聞いて来たのでしょう?」


「は、はい」


「いつ、僕がここの住人と言いました?」



 一瞬、アルバートの思考が停止した。



「あっはっはっ。僕が新聞を二つも持っていた事、不思議に思いませんでしたか? 結界を破り、魔法を解ける方は僕じゃあない。この時計塔の住人です。それは……」


「メノウ」


 無機質な部屋に、

 地を這う様な低い声が響く。


「貴様、何をしている」


 開け放たれた扉の前。

 そこに仁王立つ、一人の男。


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