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楽園と失踪  作者: アマート
侵入編
18/37

 Ⅲ 

「いいっ!? そんな、あれを着て走れる筈が……!」


「ここは結界の中だ、常識は通じん。取り敢えず逃げるぞ!」


 そして二人が奥へ一歩踏み出そうとしたその瞬間、ロビーが突き当たりが先が見えないほど遠くへ伸びた。広がった床に合わせてカーペットも幅を広げる。

 カーペットを挟むように左右に綺麗に陳列していた胸像は、床から浮かび上がり向きも列も無秩序な配置になった。


「うわ! 何ですかこれ……!?」


「ほぉ。随分と小綺麗な結界だと思っていたが、やはりここも通例と同じか」


「その通例って何ですか!?」


「簡単に言えば《カオス》だ」


 ロビーが変化しても構わず走り出すクロー。アルバートもその後に続く。

 進めば進むほど天井もぐねぐねと捻れ始め、壁も凹凸が激しくなっていく。


「床が歪もうが壁が変形しようが、構造自体は外観から見たのと変わらん筈だ。向かうは中庭、はぐれるなよアルバート!」


「はいっ!」


 ホールと言っても違和感がない程に広がったロビーを走り続けると、やがて胸像と共に縦筋のある柱が陳列した、少し開けた場所に出た。クローとアルバートは素早く柱の陰に隠れ、様子を伺う。

 遅れて柱の間へやってきた兵士は辺りを見回す。しかし息を殺している甲斐あってか、此方には気付かなかった。

 代わりに、結界に人を取り込む時に巻き込まれたのだろうか、どこからか現れた鼠が足元を走った。

 その瞬間、兵士は鼠をハルバートの頂端の槍で一突きにしてしまった。


 それを目の当たりにしたアルバートは肩を震わせ、心中で悲鳴を上げる。


『クローディオさん、やっぱり可笑しいですよっ。あの甲冑は視界も悪い筈なのに、鼠を目敏く見付けるなんて』


『では中に人間が居ないんだろう。鎧が本体という事だ』


 小声で問えば、クローは何の事もない様に答えた。


『そもそもここは【楽園】と呼ばれているのに、何故あんな物騒な物が……』


『知るか、魔法使いに訊け。外敵が来ても無敵素敵な騎士様が守ってくれるとか、そういうシチュエーションが好きなんじゃないか?』


 厳格な性格に似合わない乙女チックな事を真顔で言ってのけるクローに、口を両手で覆い吹き出しそうになるのを防ぐアルバート。

 槍で突かれ投げ捨てられた鼠は、血を流し床に叩きつけられ「ギッ!」と甲高い断末魔をあげて転がる。

 すると血はアネモネの花に変わり、鼠はめきめきと音を立てて体を肥大化させ、瞬く間にタキシードを着た男性へとその姿を変えた。まるでお伽話の様な一連の出来事に、アルバートは碧い目を丸くした。


『……。私達がもし、あの斧で切られたらどうなりますか?』


『死にはしない。だが無防備となる。その間に、あの鼠の様に魔法にかけられて終わりだろうな』


『うう……』


 男へと姿を変えた鼠は呂律の回っていない舌で寄生をあげ、踊り狂いながらロビーを進む。きっと向かった先にはダンスホールでもあるのだろう。

 泥酔したか阿片でも吸ったかのように目を虚ろにさせ、涎を垂らす男。ああはなりたくない、アルバートは背筋が寒くなるのを感じた。

 兵士は探すのを諦めたのか、元来た道を戻って行く。姿が完全に見えなくなった所でクローとアルバートは柱の陰から出て、鼠が向かった方へ進んだ。


「中庭に繋がる扉がある筈だ。アルバート、それはどこだ」


「いや私に訊かれましても……。取り敢えず、屋敷の向かって左側から入って結構進んだので、恐らく今、屋敷の中央辺りでしょうから……。右手の扉のどれか、ですよね」


 柱の間を抜けたロビーには形が変形し、奇妙な幾何学模様と化した扉が陳列していた。赤、黄、緑、青、ハート型、ダイヤ形、クローバー型、スペード型……。

 どれがどこに繋がるかさっぱり分からない。覗き窓でもあればわかりやすいが、生憎窓は一つもなかった。


「勘でいい。選べ」


「……さっきから選択一任してますけど、間違っても私は責任取れませんからね……!?」


「別に責任など持つ必要はない。ただ貴様が選んだ方が効率がいい。さっさとしろ、また走るのは御免だ」


 両腕を組みふんぞり返るクロー。もしやこの人は優しいというより面倒臭がりなのだろうか。

 アルバートは当たっていますようにと、普段はあまり信仰していない神に祈って、緑色のスペードの扉を選んだ。


 そこは草と花に溢れた、歪んだ空間だった。


「……!?」


 そこは中庭だった。壁や四方に置かれた柱に纏わり付くツルバラ、花壇の中にはナルキッスス、ラケナリア、コルチカム、テッポウユリ、スノーフレーク、コスモス、ランと、様々な花が咲き乱れている。

 その花々は全てぺちゃくちゃと、陽気にお喋りをしていた。


『あははは』


『うふふふ』


『ねぇ貴方、聞きました? 聞きました?』


『何でも今日は十時から、盛大な舞踏会が開かれるんですって』


『聞きました、聞きました』


『だって昨晩も舞踏会を開いていたんですもの』


『その前の晩も』


『その前の前の晩も』


『その前の前の前の晩も、舞踏会を開いていたじゃないですか』


『あらそうだったかしら』


『忘れんぼさんね』


『今夜はいい男は来るかしら』


『それとも眠ったままかしら』


『話したいわ』


『踊りたいわ』


『食べたいわ』


『うふふふ』


『あははは』


 まるで下世話好きな婦人達の会話。似たような婦人達からクローの噂という情報を得たアルバートは、少々既視感を覚えた。


「何をぼうっとしている」


 ぺしりとクローに軽く頭を叩かれ、我に返るアルバート。


「やはり貴様に任せて正解だったな。螺旋階段がある。あれを使うぞ」


 中庭の中央には、四階まで続く大きく高い螺旋階段があった。階層毎に螺旋階段から通路が伸び、他の階へ渡れる。柱と違い整備しているのか、ツルバラは巻き付いていない。

 クローバーの扉の前に置かれたフラワーアーチをくぐり、クローはその螺旋階段へ遠慮する様子もなく中庭を進んだ。


 すると花壇に植えられた花々が騒ぎ始めた。


『きゃああっ、殿方よ』


『いい男!』


『話したいわ』


『踊りたいわ』


『食べたいわ』


『どこに行くの殿方』


『行かないで』


『離れないで』


『捕まえたくなっちゃう』


『傷付けちゃう』


「……、傷付ける……?」


 花に似つかわしくない単語にアルバートは眉を潜める。それに気付いたクローが足を止めた。


「む。どうした、アルバート」


 そのクローの背後、アルバートの前の敷石の隙間から、ツルバラがにょきにょきと生え始めていた。急激に成長するそれは、瞬く間に身の丈と同じ高さとなる。


「クローディオさん伏せて!」


 その刹那の間にアルバートはサーベルを引き抜き、クローが伏せると同時にツルバラを切り落とした。

 ぼとりと、人間の首と同じ大きさの赤バラが地面に落ちる。


『痛い痛い!』


『酷いわ酷いわ!』


『触ろうとしただけなのに!』


『捕まえようとしただけなのに!』


『食べようとしただけなのに!』


 地面に穴を空けて次々と生える草花。中でもツルバラの成長は早く、太いツルとトゲを持ってして中庭を暴れ狂い始めた。


「何だこれは! 動くのか!?」


 態勢を立て直したクローが驚愕した様子で叫ぶ。伏せた時に切ったのか、右手からは血が流れアネモネに姿へ変え地面へと落ちていっている。


「そうみたいです! 走りましょう!」


 花を踏み締めようが断末魔が上がろうが構わず、クローとアルバートは中庭を走り螺旋階段を駆け上がる。ツルバラが階段を履い追ってくる。トゲが生えたツルが襲いかかろうとする。後方を走るアルバートはそれらを容赦なく切り捨てた。甲高い悲鳴が鼓膜を揺らす。

 どうにか二階へ続く通路へ辿り着き、両開きの扉の前まで駆け抜けた二人。そして足にへばり付くツルを切り落とし、中へ入り扉を勢いよく閉じた。だがツルは扉を力尽くで開けようと破壊せんばかりに叩き、アルバートとクローは扉を押さえ付ける。


「しつこいぞ!」


 クローは扉の隙間、そこに挟まり暴れ狂うツルを十字杖で力強く叩き、床にめり込ませた。それが堪えたのか、ツルは扉の中へ戻り中庭へと帰っていく。

 二人は一息吐いた。


「助かった。しかし、よく気付いたなアルバート」


「いえ、ただ花が喋っているのを聞いただけですよ」


「花が喋る?」


「はい。べらべらと流暢に。……聞きませんでしたか?」


「……。やはり貴様が居た方が進みやすいな」


 クローの様子からして、彼には花の声は聞こえなかったのだろう。初めて役に立てた気がして、アルバートは気分が高揚した。


「だが、無理はするな。絶対にな」


 しかし直ぐに釘を刺され、アルバートは肩を落とす。もう少し自分がしっかりした人間だったら、信頼してくれただろうか。そういえば走りたくないとクローは言っていたのに、結局走らせてしまった。


(不甲斐ないな……)


 アルバートは自分の無力さを感じながら、クローの後へ続いた。

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