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楽園と失踪  作者: アマート
招待編
15/37

 Ⅴ 

 大股で進み、墓地の中を移動するクロー。引きずりそうな程に長いローブを纏っているクローだが、意外と足が速い。アルバートは置いていかれないよう、小走りに後をついて行った。


「この中のどこかに、結界へ繋がる境目がある訳だが……。あれの所為で分かりにくくなっているな」


 クローはちらりと横目で来た道の方向を見た。一体、来る途中でクローは何を感じ取ったのだろうか。


「境目……。具体的にはどの様な物なんですか?」


 アルバートは辺りを見渡す。初めて訪れた共同墓地だが、これといって変わった物はないもないように思えた。


「貴様は何が境目になり得ると考える?」


「は?」


 質問を質問で返され、アルバートは間の抜けた声を発する。


「そ、そう言われましても……。えっと、線が引かれてる所とか?」


「洞窟、井戸、トンネル、窓、扉、門……。人は囲いがある所を無意識に区切る。そして其処が境目となり易い。イメージがし易いからな」


 だがこの墓地は、出入り口の門ならまだしも、中ではこれと言った仕切りは存在しない。


「また最初から通れる場とは限らん。ただの壁や地面もその対象となる。そして必ず目印が存在する。そこを《切る》と境目は決壊し、結界への入り口となる」


「目印って、魔法使い本人しか分からない物だったらどうするんですか?」


「そうだ、目印は視認出来る物とは限らん。だが感じればいい。それでも見付からない場合は、人が通るに適した形か大きさをした物を片っ端から切る」


「片っ端って……。私は貴方の言う、えっと、《切る》術はないんですけど……」


 クローの言う荒技は到底できない。ならばと、アルバートは気配を研ぎ澄ましてみた。

 確か魔法がかかった跡、《血痕》は浮遊感や緊張感を覚えるという。アルバートも、その様な気配を感じる事は出来ないだろうかと試みる。しかしそんな感覚を覚える事はなかった。


 代わりに、背中に虫が這うような嫌悪感を覚えた。


「……!?」


 さらに研ぎ澄ませば、蛆が体を喰らおうと群がるような、気味の悪い危機感を覚える。アルバートは思わずサーベルを引き抜き、それを感じた先、背後へ向ける。

 そこの先にある墓石の一つに視界が奪われた。上部が半円アーチの物と、その前に棺型の物が置かれた二つの墓石。別に珍しくもない、一般的な墓石だ。強いて言えば造りが少々豪勢な程度である。


 しかしアルバートはその墓石に刻まれた名前に目を奪われた。


(バクストン?)


 名は《バクストン・ロイド・アーチャー》。それは婚約者の父親の名前だ。ミドルネームも同じである所から、間違いないだろう。これは彼女の父親の墓だ。

 しかし何故、カークランドの姓ではなく“アーチャー”と刻まれているのだろうか。また名の下に書かれる筈の生没年の没年だけが刻まれていない。


「どうした、アルバート」


「あ、いえ、その……」


 異変に気付いたクローが声をかける。アルバートはサーベルを鞘に戻そうとして、出来なかった。本能が構えを解く事を拒否した。何故かは分からない。分からないけれど出来なかった。

 仕方なくアルバートは気が付いた事を語る。


「こ、このお墓、私の婚約者の父親の墓なんです」


「父親? そういえば亡くなったと書いてあったな」


「はい。しかし、公共墓地にあったなんて初めて知りました。それにファミリーネームが違いますし、ファーストネームもミドルネームも同じですが、もしかすると別人の可能性も……」


「没年が書かれていないな」


 クローはサーベルを構えたままのアルバートの横をすたすたと足早に横切ると、墓石の前で屈みじっくりと眺めた。


「ほぉ」


 そして立ち上がったかと思えば、十字杖を墓石へ向けた。


「この感覚……。成る程、“こいつ”か」


 モノクルの金縁が、月明かりの光を反射する。


「ク、クローディオさん……?」


「カークランドの名が刻まれていないのは、魔法使いが変えたのかもしれないな。没年が書かれていないのは願望かもしれん。それかもしかすると本当に……」


「願望? 一体誰が何を思ってそんな……」


「さぁな。魔法使いに直接訊いてみるといい。ーー此処から入れる。こいつが、結界の入口だ」



 ガタガタガタ



 突然、独りでに動き始めた墓石。更に棺を覆う石がずずずと音を立てて動き、やがて中の棺が露出する。続いて棺の蓋が開け放たれ、中から朽ちてボロボロになった服を纏った骸が現れた。


「いいっ!?」


「落ち着け、こいつは化け物ではない。結界へ引きづり込む為だけに作られた魔法、幻覚だ」


「そ、それでも怖いですよ!」


 後退りしようとするアルバートの腕を掴み、それ以上後退させないようにするクロー。


「結界の中に、貴様も行くんだろう? ならば逃げるな」


「……うっ」


 確かにここで逃げては来た意味がない。アルバートは意を決して、サーベルを墓石へ向けた。クローの口の端が歪む。

 不意に、後ろから爽やかな風が吹き抜けた。首を後ろに向けてみれば、宙にぽっかりと穴が空いていた。

 その中からは日の光を反射して輝く湖や、多種多様な色彩を持つ花畑が見えた。そこでは小鳥がさえずり、リスが枝を駆け回り、兎が草をついばみ、鹿が水を飲んでいる。

 殺伐とした墓地とは反対に、自然に溢れた場所。それはまるで、人の居ない【楽園】。


「なっ! クローディオさん、あれが結界への入口ですか!?」


「違う」


 クローは振り返りもせずに言った。


「貴様は前を見ていればいい。決して目を逸らすな。立ち向かう必要はないが後ろへはさがるな。……どうしても蜘蛛の巣にかかりたいなら、止めないがな」


 つまり、背後の光景は《魔法使い》の罠という事だろう。アルバートは顔を前へと戻した。

 骸の目玉がなくなった穴から口から耳から、百足やらミミズやらが這い出て全身を回る。まるで『近寄るな』と言っているかの様に。アルバートは目を背け、後退したくなるのを必死に堪えた。


「今から入口をこじ開ける。そしたら空間の歪が出来る筈だ。そこへ飛び込め」


「は、はい!」


 骸の体は次第に蝋のように溶け、溢れ出る虫と共に辺りに蔓延る。それは徐々にクローやアルバートの足へと絡み向いて来た。

 気持ち悪さから払い落とすが、次から次へと纏わり付いてキリがない。しかしクローは纏わり付いても何もしないまま、懐から何かを取り出した。


「切りにくい形になりおって。そんなに招きたくないか」


 チッ、チッ、チッ、チッ


 規則的に進む針の音が聞こえる。それはアルバートがクローに差し上げた、【マリー・アントワネット】の針が動く音だった。

 チェンバレンの屋敷に時計を直せる道具はない。だが直っているという事は、元々クロー自身が修理道具を持ち歩き、サロンに居た一時間九分。その間に直したのだろう。ろくに身支度をしなかった中でも工具は持ってきたという所から、時計を大事にしている事がよくわかる。


 骸だった物体から巨大な虫に似た化け物が飛び出た。芋虫に似ているがサソリの様な足が生え、頭部はぱっくりと開きそこから鋭い牙を無数に生やしている。

 ーー化け物はその牙をもって、クローを食い千切らんと襲いかかった。


「クローディオさん!」


 咄嗟に彼の前に出てサーベルを振りかざすアルバート。しかし化け物は切れず、刃を牙で受け止められてしまう。


「……っ!」


 歯をぎちぎちと音を立て、サーベルに食らい付く化け物に、アルバートは押し負けないよう柄を握る手に力を込める。

 ダイヤモンドの指輪が、月光を反射し輝いた。


「立ち向かう必要はないと言ったが、まぁいいだろう。鬱陶しそうだったしな」


 クローは【マリー・アントワネット】の金色の蓋を開けた。中では何年も止まったままだった針が、クリスタルの文字盤の上で、寸分狂わず時を刻んでいる。


「『戻れ』」


 クローが体の芯に響く様な、低い声で呟く。すると目の前の化け物も、体に纏わり付いていた虫も離れ、音もなく棺の中へと入っていく。

 原形を留めないほどにドロドロに溶けた体もまた、元の形へと戻っていった。穴へ虫が入っていき戻っていく様は、それはそれでグロテスクだ。


 不可解な現象と気味の悪い光景に頬を引きつらせながらも、アルバートは構えを解いた。


「何を、したんですか……?」


「別に。このままでは切りにくかったからな、戻しただけだ」


 それはつまり、


「《魔法》を使ったと……?」


 チッ、チッ、チッ、チッ


 クローからの返事はない。懐中時計の音が耳に付く。クローの持つ【マリー・アントワネット】の針は、本来の進行方向と、逆向きに進んでいた。

 狂っている訳ではない。ムーブメントから見える歯車は規則的に正確に逆行し、秒針は一秒一秒、長針は一分一分、短針はじわじわと、反時計回りをし続けている。


「そろそろいいか」


 チッ、チッ、チッ、チッ、……


 懐中時計の音が止む。逆行していた化け物の動きも止まる。クローはあたかも棺桶が露出していないかのように踏み進み、墓石の前へと立つと、十字杖を高く振りかざした。

 杖は仄かに光を……。など、そんな演出はないが、ただならぬ気配を纏っている気がした。


 カチ、コチ、カチ、コチ


 十字杖から、何故だろう、振り子時計の物に似た音が聞こえる。針も歯車もゼンマイも何もない筈なのに、確かに杖から音が聞こえる。その不思議な十字杖で、クローは未だに虫にまみれた墓石を、



 ーー縦一直線に突き刺した。



 その瞬間、墓石はボロボロと炭のように崩れ、輪郭だけを残し内側は水をかき回したかの様にぐにゃりと歪んだ。

 その奥に青々とした景色がぼんやりと見える。

 足場が崩れたクローは、戸惑う様子もなくそのままその歪へと身を投じ、姿を消した。アルバートもまた、その歪の前へと歩を進める。


「……っ」


 歪に靴先を当てれば、沼に突っ込んでいるかのようにずぶずぶと飲み込まれる。


 その感触は、捌いた鹿の腹の中へ突っ込んでいるような、滑りと生暖かさがあり、アルバートは足を引っ込ませたくなった。

 しかし自分は行かなければいけない。アルバートは極力目を細め、思い切って飛び込んだ。


 一瞬の浮遊感を感じた後、地に足を着けた感覚を確認してから、目を開く。

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