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楽園と失踪  作者: アマート
招待編
14/37

 Ⅳ 

 些か機嫌が良くなったクローとディナーを済まし(余談だがクローはフルコースが好きではないらしく、始めから全ての料理を持って来させ無秩序に食べていた。料理が冷めるのは気にしないらしい)、アルバートはクローを別邸へと招いた。


 メノウが使ったベッドルームを見せる為である。


「ほぉ。結界の位置は特定済みか。仕事が早いな」


 ベッドルームのベッドに座ったクローは、ノートをばらばらと捲り流し読みをする。

 そして連絡先が書かれたページを見たのだろう、舌打ちをして勝手に破り取っていた。


「それで、ドアも窓も閉まり鍵がかかった密室状態で消えたと。完全に結界に連れていかれたな、これは。しかも《血痕》が残っている」


「血痕?」


「魔法を使った痕跡の事だ。俺はそう呼んでいる」


 クローは呆れた様子でベッドルームを見渡す。床に散らばっていた割れたランプのみ危ないからと片されていたが、他の散乱した荷物や倒れたサイドテーブルはそのままだ。

 クローはその中の床に転がっていたメノウの私物、フランス人形を拾い上げた。


「他に情報はあるか?」


「いいえ。今日は恥ずかしながら、体調を崩し寝込んでしまいまして、それ以上の進展はありません」


 窓の前に立つアルバートが申し訳なさそうに伝える。クローは特に気に留める様子もなく「そうか」と短く相槌を打った。


「それで、明日は魔法使いの有力候補、カークランド家の屋敷に向かい、特定をしようかと……」


「その必要はない」


 クローはそう言ってメノウのノートを閉じた。


「結界の場所が分かっているなら話が早い。早速墓地に行くぞ」


「えっ!? 今すぐですか? しかし外は酷い雨ですよ、明日にした方が……」


「ふん。こんな雨、あと一時間すれば止む。その頃には俺の服も乾いているだろう」


 クローは横目でアルバート、その背後の窓から空を見てそう言った。


「あと一時間って……。そんな直ぐに止むでしょうか」


「強い雨とは続かない物だ。嵐が留まっている訳でもない。なら後一時間もすれば雨雲は【ウーヌス】を通りすぎるだろう」


 クローは差し上げた【マリー・アントワネット】とは別の、持参の懐中時計を取り出し時間を見る。蓋の中央部分がガラス張りの、蓋を閉じたままでも時間が分かるデミハンターの懐中時計。

 その針は、七時三十八分を指していた。


「……八時四十七分」


「はい?」


「今から一時間九分後、八時四十七分になるまで応接間(サロン)にでも居させて貰う」


 懐中時計をガウンのポケットに仕舞うと、クローはベッドから立ち上がる。そしてメノウのノートを投げ捨て、もう用はないと言わんばかりにベッドルームから立ち去った。

 クローの宣言通り雨は次第に弱まり、時計の針が八時四十七分を丁度指した時。


 あれだけ激しく降り注いでいた雨は、止んだ。


「さて、これで出れるな」


 クローは乾かし終えたブラックスーツに着替えローブを纏い、本邸のサロンから出る。アタッシェケースに仕舞っていた、先が十字になった組み立て式の杖を持って。

 アルバートはエントランスの窓から、完全に降り止んだ雲を唖然と見詰めていた。


「何を突っ立っている貴様」


 十字杖で軽く頭を突つかれ、はっと我に返るアルバート。


「俺は【ウーヌス】の地の利がない。誰かに案内させろ」


「わ、私が案内します!」


「……あ? 貴様まさか、結界の中に己も入るとか言う気か?」


「勿論じゃないですか!」


「邪魔だ」


 意気込むアルバートにばっさりと言い切るクロー。だがアルバートは怯まず億さず言葉を続けた。


「私は婚約者と巻き込んでしまったメノウさんを連れ戻す義務があります。結界の中がどんなに危険だろうと、私は行かなくてはいけません」


「面倒な男だな貴様。何が義務だ、下らん」


 雲から顔を出した、満月の月光が窓から射し込み、クローのモノクルのレンズと金縁を輝かす。


「結界の中で迷子になっても知らんぞ。俺は責任など持たんからな」


「えっ? 行っていいんですか……!?」


 協力を断固拒否した時とは違い、クローは意外とあっさり同行を許可した。

 もう少し問答を繰り返すか、置いてけぼりにされるかと思っていたアルバートは、肩透かしを喰らった感覚に陥りドギマギしてしまう。


「何だ、早速怖気付いて嫌になったか?」


「い、いいえ! 行きます! トレーシー、準備を!」


「言っておくが、馬車の用意は要らん」


「え!?」


「待つのが面倒だ。それより身支度してこい。一応、身を守る物も持て」


「は、はいっ! トレーシー、馬車の手配はいい。それより着替えだ! それとデリック、剣を持って来てくれ!」


 アルバートは直ぐに自室に戻り、トレーシーにフロックコートを羽織らせると、デリックに持って来させた護身用のサーベルを腰に挿す。

 彼の家、チェンバレン邸から墓地までは距離がある。馬車は要らないとクローは言ったが馬は要るだろう。エントランスに戻ったアルバートはその手配をしようとしたが、それもクローに止められた。


 彼はアルバートの手を引きエントランスから外へ出ると、不意に指を口に含み口笛を鳴らす。


「……あの、クローディオさん?」


「お、来たな。スズカゲイル」


 何をしているのか、と問う前に、口笛をした理由が判明した。

 クローが乗って来た黒馬、スズカゲイルという名らしい、が玄関の前へ颯爽と現れたのだ。厩舎の空いている馬房に入れさせた筈なのにここに来たという事は、まさか出入り口を壊して来たのではないだろうか。


 アルバートの不安を余所に、クローは十字杖を持ったまま慣れた手つきで馬に跨る。


「アルバート、確認したい事がある」


「……はい。何でしょう」


 クローに真剣な声音で言われ、アルバートはかしこまった。やはり素人を《結界》の中などという特殊な場所への同行を、二つ返事で許可などしないのだろう。

 自分の返答によってはここで置いていかれるかもしれない。アルバートは体を強張らせた。


「何を見聞きしても、貴様は構わないか?」


「構いません。例え、地獄を見ようとも」


「そうか」


 クローはアルバートへ後ろへ乗る様に促した。


「あ、え、終わりですか!?」


「は? ただ俺はこれから訳分からん空間に行くが、本当にいいのかと確認したかっただけだ」


「いやもっとこう、覚悟とか決意とか、そういうものの確認かと……」


「地獄を見るぐらいの意気込みがあるなら、無問題だろう。何も気にする必要はない。いいから乗れ」


 大きい馬だ、二人ぐらい余裕で乗る事が出来る。更にはご丁寧に、ウェスタンサドル(鞍)の後ろに二人乗り用のタンデムサドルがある。恐らくこれにアタッシェケースを括り付けて来たのだろう。

 アルバートは玄関の階段を利用し、スズカゲイルへと跨る。乗馬の経験はあるが、鐙のない乗馬は安定感がなく落ち着かなかった。


「で、墓地はどの方向にある?」


「えっと、墓地は北ですから……。門を出て右手に真っ直ぐ向かえば……」


「そうか」


 そこまで聞いて、クローは馬の腹を両足で蹴った。スズカゲイルは軽く鳴き声をあげるとゆっくりと歩き始め、やがて疾走し始める。


「ちょ、ちょっとクローディオさん! まだ開門してないですよ……!?」


「必要ない」


 クローは手綱を引き、スズカゲイルをアプローチの中、幾何学式庭園を一回りさせると、門の横、屋敷全体を囲う鉄柵へ向けて走らせた。

 嫌な予感がアルバートの脳裏に過る。


「クローディオさんまさか……」


「アルバート、落ちないようしっかり掴まっておけ。……行くぞ」


「まま、待ってください! あの鉄柵って二メートル近くあ……!!」


 ぐわんと体を襲う浮遊感。気が付けばアルバートは宙に浮かんでいた。アルバートは目を白黒させながら無我夢中でクローの腰にしがみ付く。

 スズカゲイルは綺麗な弧を描いて鉄柵を飛び越えると、華麗に路地へ着地をした。その衝撃もアルバートは何とか耐える。


「ふ、二人乗りしてる時に跳ばないでくださいクローディオさん……! 落馬したらどうするんですか……!」


「貴様がしっかり掴んでいれば問題ない」


 クローディオは無責任な事を言って、馬の手綱を引いた。スズカゲイルは支持された方向へまた疾走を始める。

 時間帯的に外に居る人間は多くはないが、街灯に照らされた舗道には、通行人や馬車が少なくない数で居る。スズカゲイルはそれらを器用に避けながら町を駆け抜ける。その速さは……。


「二人乗りのスピードじゃないですよクローディオさん! こっちは鐙もないんですから、もっとゆっくりお願いしますっ」


「あ? これでも遅く走っているが?」


「これで!? さっきの障害飛びといい、貴方は跳馬の騎手ですか! もしや障害競馬の騎手で!?」


「墓守だ」


「転職を進めます!」


 馬は前よりも後ろに乗る方が揺れが激しい。クローはそれに気遣いゆっくり走っているというが、どう考えても速い。一人乗りした時の全力疾走並みだ。

 目まぐるしく景色が変わり、首を後ろに向ければ、つい先程まで居たチェンバレン邸が既に小さくなっていた。一体クローは普段、どんなスピードで走っているのだろうか。


 そういえば屋敷に来る時、クローは乗馬用の鞭を持っていたな、と、思い出したアルバートは血の気が引いた。


「……。あの、クローディオさん」


「何だ」


「同行を許可してくださって、有難うございます。……結界に入った後、邪魔でしたら、いつでも切り捨ててくださって構いません」


「大袈裟だな貴様。結界の中に危険は存在しない。何を見ようが何をしようが何をされようが、現実には影響しない」


「そうは言いましても、現に行方不明者が出てますし、全く影響しない訳ではないでしょう?」


「魔法が解ければその影響もなかったに等しくなる。お伽話の様に百年でも経たなければ、単に『長い夢を見た』で終わる。魔法よりも現実の出来事の方が遥かに厄介だ。現実は解いた程度で終わらんからな」


 クローは淡々と語った。


「だから同行程度、別に構わん。ただ、俺のやる事の邪魔はするな」


「……、はい。あ、そこ左です」


「そうか」


 幾つか道を曲がり、あと少しで墓地の敷地が見える。

 その時、クローは唐突に馬の手綱を引き走るのを止めさせた。反動で落馬しそうになったアルバートは、慌てて落ちないようクローにしがみ付く。


「ど、どうしました?」


「……」


 問いかけるが、返事はない。顔は見えないが、どうやらクローは何かを凝視しているようだった。アルバートが何を見ているのか辺りを見回しても、街灯に住宅に歩道を歩く人に、と、特に目に付く物はなかった。

 強いて言うならば、目的地の墓地から数棟隣にある、カークランド家の屋敷が見えるぐらいだ。


「何だこれは……。普通に人間が行き来を……? ……。随分と面倒な構成を……」


 クローはぶつぶつと一人何かを呟くと、スズカゲイルをゆっくり歩かせ先に進めさせた。そのまま何事もなく墓地へと辿り着いたが、結局クローは何に気が付いたのか、アルバートには分からなかった。


 墓地は土がまだぬかるみが残り、夜の静けさと合わせて不気味な雰囲気をした場所となっていた。

 規則的に並べられた白い十字架が、月明かりに照らされている。雨上がりの生暖かい風が頬を擽る。カラスが敷地内の枯れ木に群がっている。


 クローはスズカゲイルから降りると、【ニル】の墓守が居るだろう、墓地の前の掘っ建て小屋へと向かう。この時間帯では流石に居ないのでは、と馬に乗ったままのアルバートは考えたが、どうやらまだ居たらしく中から人が現れた。

 灰色のローブを纏った、七十歳前後だろう老人の墓守。クローは彼に手短に要件を伝えると、アルバートの方へ顔を向けスズカゲイルから降りるよう促す。


「許可を得た。行くぞ」


「あの、この馬は……」


「用が済むまでここに置く。心配するな、その間は墓守に見て貰う」


 クローは馬の手綱を墓地を囲う背の低い木柵へと括り付ける。スズカゲイルは近場に生える草をマイペースに食べ始めた。

 墓守が門の錠を解くと、クローはすたすたと中へ進む。アルバートも墓守に一礼をしてから墓地の中へと入った。


乗馬について


 今回、クローがかなりアクロバットな乗馬をかましてますが、お察しの通り現実ではほぼ不可能。


 そもそも二人乗りする場合、騎手の方が後部席なんだそうです。しかしそれでは馬が走る時、捕まる所がなく不安定なんでアルバートには後ろに着席してもらいました。多分二人乗りの時はまず馬を走らせないんでしょうね……。

 あとあの障害飛び(2m)はオリンピック並みの高さです。19世紀末はオリンピックがギリギリ開催されていない、そうでなくても乗馬の科目はもう少し後なんでオリンピックネタは入れられませんでした。残念。


 そしてあんな高さから落下したら普通に衝撃で落馬します。アルバート君の腕力脚力凄い←

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