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楽園と失踪  作者: アマート
捜査編
10/37

 Ⅴ 

 食べ終わったステーキの皿が待機していたメイドに片付けられ、間を置かずサラダがダイニングに運ばれる。


「それにぼかぁ親切で手助けをしているのではないんです。ただ面白そうな事件だと首を突っ込んでいる、質の悪いじゃじゃ馬ですよ」


 メノウはテーブルに置かれたサラダをフォークで刺した。


「そしてあわよくば飯の種にする。低俗なゴシップ雑誌記者と同じです」


 フォークに突き刺さったレタスを眺め、メノウは自嘲染みた笑みを浮かべた。


「そんな事ないです。途方に暮れていた私を、貴方は助けて下さった。あのままでしたらきっと私は、ありもしない【楽園】を探しに森の中を彷徨っていた事でしょう」


「アルバートさんは人が良いですね。僕がそういう演技をしていて、実は貴方の財産を狙っているとか、そんな人間だったらどうする気ですか?」


「ははっ。メノウさんはそんな事はしないでしょう」


「やや、言いますねぇ。そうして油断している所を、とか考えないんですか?」


「そもそも私の屋敷に行きたくない、と駄々をこねていた人に、実は盗みが目的と言われても説得力ありませんよ。何なら本邸に行って夜会を開き私と踊りますか? メノウさんはドレス着て」


「あっはっはっ。すみません勘弁してください」


 メノウは頭を軽く下げ、真顔で懇願した。辻馬車の中で呟いていた事は、本当に酷いトラウマとして記憶に刻まれているらしい。

 アルバートは「冗談ですよ」と直ぐに伝えたが、冗談でも聞きたくないらしいメノウの顔色は青くなったままだった。



◇◇◇◇◇



「ではメノウさん、今日は部屋を好きに使ってください。今晩は私も別邸に居ますので、何かありましたら使用人か私に遠慮なく言い付けてください」


 ディナーが終わり、アルバートはメノウをゲスト用のベッドルームへと案内をした。

 中は白を基調とした簡素な、しかし細部の装飾に拘った洒落た部屋だった。床は青のカーペットが敷かれ、壁は白く模様も色もない代わりに、ルネサンスの画家サンドロ・ボッティチェッリの絵画【プリマヴェーラ(春)】が元だろうタピストリーが飾られている。


「立派な部屋ですねぇ。どうも有難うございます。ではアルバートさん、今日はゆっくり寝て、明日頑張りましょう」


「そうですね、メノウさん」


「あ、そうです。寝る前に一つやりたい事が」


 部屋を出ようとしたアルバートを止め、メノウはポケットからカークランド家でも使った兎のマペット人形を取り出すと、手に嵌めてアルバートの頭を齧った。


「ちょっと、何するんですかメノウさん」


 甘噛みをしているつもりなのだろうか、あぐあぐと力なく噛み付く兎のマペット人形。

 アルバートにはそれをやる意図が分からず困惑した。


「いえ悪い夢を食べようかなぁ、と。ほら、今朝目覚めが悪かったと言っていたでしょう? ですから今晩は良い夢を見れるようにって、おまじないす」


「悪夢を食べるのは兎ではなくバクでしょう」


「あれ、そうでしたっけ?」


 アルバートの頭からマペット人形を離し、人形と共に首を傾げるメノウ。狙っているのか無意識なのか、それは非常に可愛らしかった。


「心配してくださり有難うございます」


『おにーちゃん元気でたー?』


 メノウがあどけない少女の声を用いてマペット人形を動かす。本当に人形が生きている様に見えるほど自然で滑らかで、アルバートは和みつつマペットの頭を撫でた。


「元気出たよ、ラビットちゃん。ではメノウさん、明日も宜しくお願いします。貴方も体をゆっくり休めてくださいね」


 アルバートはそう言って部屋を出た。ディナーで気分が沈んでしまった彼も、これで幾ばか明るくなった。メノウはマペット人形を仕舞うと、ドアの鍵を閉め部屋を見渡した。


(……立派な部屋ですが、少し殺伐としていますね)


 メノウは持っていたトランクを開け、中をごそごそと探りそこから一つの人形を取り出した。

 レースやフリルがふんだんに施されたピンクのドレスを着た、フランス人形。メノウの自宅の暖炉の上に飾っていた人形、その一つである。


(これで良しっ)


 メノウはフランス人形をベッドの脇のサイドテーブルに置くと、腰に手を当て満足げに眺めた。


(さーて。明日は婚約者さんの屋敷に行って、魔法使いではなかった場合は……)


 メノウはベッドに腰を下ろすとノートをパラパラと捲り、予定を確認し、その後の状況に合った予定も組み込む。

 その時、唐突に、



 頭に鉄の棒で殴られた様な鈍痛を覚えた。



「……!?」


 アンバーの目を見開き、辺りを見回すメノウ。しかし部屋には自分以外誰も居ない。そもそも鍵を掛けたのだから、部屋に誰か入れる筈がない。

 窓の鍵も元から掛かっている。隠れられる様な場所もない。この部屋にはメノウ以外居る筈がない。


 混乱している内にも鈍痛が走り、頭が回らなくなる。


(まさか……!)


 一つの結論に等しい考えに辿り着くと同時に、頭に女性の声が響いた。


『うふふ』


『遊びましょう』


 声を聞いた途端、体から力が抜け床に倒れ込んでしまう。


「っ、強引な魔法も使えるんですね……!」


 ズキズキと痛む頭。何度も何度も殴られる衝撃が体を襲う。意識が遠のきそうな中、メノウは床を這いサイドテーブルの脚へ手を伸ばした。



 ガシャン!



「……? 何の音だ?」


 ガラスが割れた様な大きな音に、自分のベッドルームに向かおうとしていたアルバートは足を止めた。そして音が聴こえた場所、メノウの寝室へと向かう。


「メノウさん、どうしました?」


 ドアをコンコンと軽くノックをし、問い掛ける。


「置物を落としてしまいましたか? 大した物は置いてないので、気にしなくていいですよ。弁償も結構」

 チェストの上に置かれた陶器でも落とし、困惑しているのだろうかと、アルバートは宥めるようにそう伝える。しかしメノウから返事はない。それ所か物音一つ聴こえない。

 ふと既視感を覚える。何かが可笑しい。


「……メノウさん?」


 アルバートは声を強張らせた。


「メノウさん、返事をしてください。メノウさん?」


 強くドアを叩く。しかし返事はない。


「メノウさん、入りますよ!?」


 ドアノブを掴み捻るが、捻り切らず開かない。鍵が掛かっている。


「開けてください!!」


 ドンドンと大きな音を立ててドアを叩くが、一向に動く気配がない。


「……っ、マスターキー使わせて頂きますよ!」


 アルバートは胸ポケットから銀色のキーリングを取り出すと、それに付いたマスターキーで寝室のドアの鍵を解除した。

 そして勢いよくドアを開ける。


「メノウ、さん?」


 倒れたサイドテーブル、割れたランプ、転がるフランス人形、散乱した荷物。



 ーーそこには誰も、居なかった。



「……そん、な」


 まさか。まさか。まさか。


 嫌な予感が脳裏を過る。

 アルバートは窓を見た。内側から鍵が掛かっている。ベッドの下、テーブルの下、チェストの陰、クロゼットの中、どこを見ても居ない。



『アルバート様、それでは今夜……』



 婚約者の最後に聞いた声が頭に響いた。両足の力が抜け床に崩れ落ちる。

 アルバートと同じく物音に気付いたのだろう、使用人が部屋に入って来た。


「坊ちゃん、どう致しました!? 坊ちゃん!?」


 放心しているアルバートの肩を使用人が揺する。しかしアルバートは目を泳がせるだけで何も言わない。


 吐き気がする。頭が痛い。


 ふと、糸が切れた様にアルバートは床に倒れ込み、そのまま意識を飛ばした。

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