小さなおっさん追いかけて
「……ちっさいおっさんがいる」
須藤慎二の目の前を、タキシードと帽子を被った小さな生き物が歩いていた。
繁華街。人通りも多い。だが道行く人々は、呆けて立ち止まった慎二に若干迷惑そうな視線を投げ掛けたが、それ以上の疑問も抱かず気付きもせず通りすぎる。
目元を擦り、軽く手のひらをつねり、現実を確認する。
ふつーにおっさんはまだそこにいて小さな足をトコトコ動かして横断歩道を歩いていた。
「ちっさいおっさんがいる」
もう一度阿呆みたいに呟く。
目の前に都市伝説のような生き物がトコトコ歩いている。
ちいさいおっさんは繁華街を外れ裏路地に消えようした。視線からおっさんが外れる。
その瞬間。
おっさんに小さく手招きされた気がした。
小さいおっさんが消えた、裏路地の入り口まで歩く。入り口は薄暗く、喧騒から離れた冷たい匂いした。
今まで気にも止めてない道が異世界か何処かの入り口に見えた。
「にゃんこの恩返しか千と千尋の髪隠しかっての……だけど面白い」
慎二は小さくそう呟いた。その目は好奇心に輝いている。見たことの無い生き物がいた。捕まえたら一攫千金かもしれない。
皮算用を膨らませつつ、ゆっくりと裏通りへと歩き出し、表通りから完全に死角になった瞬間。
背後からハンカチのような物を顔に押し付けられる。訳がわからずパニックになる。
必死に背後の手をどかそうとする。
丸太のような手は全く動かず、派手な動きをしたために、呼吸が荒くなり、ハンカチに染み込まされた薬品を鼻と口で吸ってしまう。
鼻に感じる刺激臭と、ハンカチに触れた舌から感じる奇妙な味。
「ペロッ、これはクロロほぐほぁ」
最後まで言う前に結構余裕があるじゃねーかと腹パンチを喰らう。
体がくの時に曲がり一気に力が抜ける。そのまま、薬品の影響か一気に目の前が真っ暗になった。
倒れた慎二を軽く縛り袋詰めにした後、近くに停めていたスモークガラスの車の中に詰め込む。
袋詰めした男1人抱えて車まで運んだ男はアンバランスなほと上半身の筋肉が発達し、顔には一筋の切り傷。見た目は武闘派のヤ○ザ。
男は車に寄りかかり、若干弱ったような顔をする。
男の視線の先には慎二が追いかけていた小さなおっさん。
男は携帯で電話をかけているように、周りを誤魔化しながら目の前のおっさんに話しかける。
「小鬼よぅ毎回思うがこんな方法使って、良いのかぁ?」
「おやおや、あのトロルが随分丸くなったものですな」
「俺にはお前と違って世間体ってのがあるんだよ」
ガリガリと頭をかきむしる男を見つつ、小さいおっさんはニタリと口を三日月に歪める。その月から見えるのは鋭い犬歯。
「なぁに、不思議の国へ向かうには古今東西代償が必要であります。それが腹パンチ一発ですから、随分良心的でありましょうぞ」
「良心的ねぇ」
胡散臭そうにおっさんを見た男は、小さく咳払いをすると携帯電話折り畳む。
「さぁて、ガキが目を覚ましても面倒だ。それじゃぁいきますかぁと」
「では私めは、扉を使って先に待っておりますよ」
そう言って、おっさんは帽子を脱いで優雅に一礼する。
その頭には二本の角が付いていた。




