ゲーム世界の魔王、勇者のそばに潜むことにした
わたしはゲーム世界の魔王だ。
勇者が一歩また一歩と魔王城へ近づいているらしい。なんて大胆な奴だ。魔王のわたしはこんなにも賢くて、強くて、おまけに格好いいというのに。それでもわたしは逃げることにした。勇者が苦労に苦労を重ねて魔王城に攻め込んだ挙句、玉座には誰もいない。そんな光景を想像しただけで、つい笑みがこぼれてしまう。へへっ。
「最も危険な場所が、最も安全な場所である」。そう考えて、わたしは勇者のすぐそばに潜むことにした。そして、いつの間にか勇者の仲間になっていた。
まあ、正直に言うと、逃げている途中で不運にも分かれ道で勇者と鉢合わせしてしまっただけなのだが。(このRPG世界のルートなんて、もともと数えるほどしかないんだから……)
そのとき、向こう見ずな魔物がわたしの前に立ちふさがった。ちょうど通りかかった勇者がそれを目撃した。
「ふん、わたしは強いんだ。お前の助けなんていらない!」そう言い放って、わたしはあっさりと魔物を片付けた。勇者はわたしの活躍に少し驚いた様子で立ち止まり、なぜこんなところにいるのかと尋ねてきた。とっさの機転で、「勇者様と一緒に魔王を倒しに来たんです」と答えた。
勇者はわたしをちらりと見て、剣を鞘に収めた。そして淡々と言った。
「それじゃあ、一緒に行こう」
こうしてわたしたちは、さまざまな障害を乗り越えながら旅を続け、ついでに何人ものNPCを助けた。
あるとき、村で魔物から抱きかかえられた子供を連れた村人を助けた。子供は魔物に怯えて、わんわん泣き止まない。子供をあやすのは得意中の得意だ。わたしは少しばかり自分のいい顔を犠牲にして、思いっきり変な顔を作ってみせた。すると子供はぱっと笑顔になった。
横で見ていた勇者も、思わず笑った。口元をゆるめて、低く呟く。
「お前、本当に優しいな」
ふん、わたしはもともといい人だ。たまたま魔王なだけだ!
夜が深まり、わたしたちは焚き火を囲んで休んでいた。
炎が揺らめき、勇者の横顔をきれいに照らしている。視線に気づいた勇者が、くすっと笑って尋ねた。
「どうした?」
わたしはつい、頭の中でぐるぐる回っていた疑問を口にしてしまった。
「勇者は、魔王のことをどう思ってるんだ?」
突然の質問に、勇者は少し驚いた様子だった。わずかに間を置いてから、こちらを向く。その深い瞳が、わたしの顔を意味ありげにゆっくりと見回す。そして、ほんの少し身を寄せて、柔らかく、それでいて微妙な笑みを含んだ声で言った。
「あやしい」
その瞬間、わたしの心臓がどくんと跳ねた。まさか「怪しい」と言われたのかと。慌てて瞬きをして、空中に浮かぶゲームの字幕を見上げた。漢字は確かに「妖しい」と書かれている。
びっくりした。危うく正体がバレたと思ったじゃないか。でも、こいつ、必要以上に何もかも見透かしたような目でわたしを見なくてもいいだろう。
勇者が、わたしがショックから立ち直るのを待たずに立ち上がり、ズボンの埃を払った。わたしのそばに歩み寄ると、くすっと笑いながら頭をぽんぽんと叩いた。口元には、何か含みのある笑みが浮かんでいた。
「もう遅い。早く休めよ、『相棒』」
勇者がテントの中へ消えていく後ろ姿を見送りながら、わたしは頭をさすった。
……勇者って、わたしが想像してたのとちょっと違う?
道中、わたしはあらゆる手を使って勇者を遠回りさせようと試みたのに、いつの間にかわたしたちは我が家(魔王城)の正門の前に立っていた。
そこでようやく重要なことを思い出した。これまで誰も玉座までたどり着けなかったせいで、わたしは普段まったく部屋を片付けない習慣があるのだ。今の中は間違いなくゴミ屋敷状態だ。こんなみっともないところを見せるわけにはいかない!絶対に勇者を中に入れてはいけない!
「魔王城って、すごく怖そうだろ?中にはいろんな難関があるに決まってる。本当に入るのか?入ったら二度と出られないぞ」 大げさな口調で脅して、勇者を諦めさせようとした。
勇者はそれを聞いて、片方の眉を上げた。目に少し遊び心が宿る。
「ビビってるの?」
誰がビビるか。お前こそ、わたしの罠で死ねばいいんだ。
わたしは勢いよく扉を押し開き、勇者の腕を引いて中に入った。ところが勇者は、信じられないほど正確な動きで、わたしがかつて心血を注いで設計した数々の仕掛けを次々と突破し、まっすぐ玉座へ向かっていく。
歩きながら、時折こちらを振り返っては、穏やかな声で言う。
「この罠、よくできてるな」
苦心して作った仕掛けが目の前で無残に壊されていくのを見て、わたしの心は血の涙を流していた。
乱雑な玉座の前で勇者は足を止め、わたしがいつも背もたれ代わりに使っていたぬいぐるみをじっと見つめた。勇者はこちらを振り返り、そっと眉を上げる。
「お前、普段から、ぬいぐるみを抱いて玉座に座ってるのか?」
わたしはその場に凍りついた。
「……いつ、わたしが魔王だと気づいたんだ?」平静を装おうとしたが、声が少し震えてしまった。
勇者は笑って言った。
「お前の頭上の字幕に、ずっと『魔王』って書いてあっただろ」
……ああ、そうだった。
この世界のゲームUIは、ちゃんと見えるんだった。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
2019年に書いた短編を、少し手直して投稿しました。
魔王と勇者の外見や性別は、あえてぼかして書いてあります。
想像しながら読んでもらえたら嬉しいです。
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