四日目 私の罪。
四日目の目覚めは、一番最悪な場所だった。
気づけば私は、自分の部屋の窓際に立っていた。いや、正確には「立たされていた」のかもしれない。
視界の先にあるのは、あの日と同じ、逃げ場のないほどに重たい雨雲だ。
空を覆うそれは、まるで数百年も放置されてカビの生えた、湿った灰色の毛布のように地上を圧迫している。
「……呪わしいな。」
ふと、デスクの上に転がっている薬の瓶に目が止まった。
初日に見た時、私は不思議に思ったんだ。確か、まだ半分くらいは残っていたはずなのに、どうして空っぽなんだろうって。
でも、今は分かる。
あの雨の午後。トイレから逃げ帰り、自分の制服に染み付いたベタベタとした感触を洗い流そうとしても、どうしても消えなかった。シャワーを浴びても、皮膚を赤くなるまで擦っても、唯ちゃんの唇の柔らかさと、それを「気持ち悪い」と感じてしまった自分の醜い拒絶反応が、澱のようにこびり付いて離れなかった。
あの時、私は自分の部屋で、この瓶を掴んだんだ。
無機質な錠剤を、一つ、また一つと意識のない機械のように口に放り込んだ。
それは死にたかったからじゃない。ただ、自分の中に湧き出したあの救いようのない「吐き気」を、上書きしたかっただけ。唯ちゃんを裏切り、彼女の唯一の居場所を奪ってしまった自分を、一刻も早く消し去りたかった。
私は、わざと空っぽにしたんだ。この手で、自分の意識を塗り潰すために。
窓ガラスに映る自分の手を見る。
向こう側が透けて見える、実体のない指先。
私はこの手で、彼女を救っているつもりだった。クラスの誰もが彼女を無視し、嘲笑う中で、私だけが彼女の側にいて、その汚れを拭ってやっているのだと、傲慢にも信じていたんだ。
けれど、現実は違った。
私が彼女に与えていたのは救いなどではなく、毒だった。
私が彼女を「綺麗だ」と称賛し、「同類だ」と決めつけるたびに、彼女は逃げ場のない暗闇へと追い詰められていったのだ。
そしてあの日、彼女の勇気を「気持ち悪い」という一言で踏みにじった瞬間、私は彼女が最後に握っていた蜘蛛の糸を、自らの手で断ち切ってしまった。
私が、唯の心を殺したんだ。ほかの誰かではなく、私はこの手で、唯の心を殺した。
あの日、私が飲み干したのは薬じゃない。
自分に対する逃げ場のない嫌悪と、彼女を壊してしまった罪そのものだった。
「……ごめん。ごめんね、唯ちゃん。」
透明な指先が、空の瓶に触れようとして、虚しくすり抜ける。
意識が急速に沈んでいく。
ーーきっと、これが私への罰なんだ。
そう思った瞬間、視界の端で、窓に付いた雨の雫が街灯を反射して、キラキラと残酷なまでに輝いた。
それはまるで、粉々に砕け散ったガラスの破片が、私の魂に突き刺さっているみたいだった。
透明で、どこまでも綺麗で、触れれば指先が簡単に切れてしまうほどに鋭い、あの子への執着。
「……っ、は……。」
肺がないはずの胸が、急にぎゅっと締め付けられる。
空気を吸い込もうとしても、喉の奥には冷たい水の重みと、飲み干した劇薬の苦味だけが詰まっていて、一向に酸素が届かない。
苦しい。痛い。
でも、この痛みが、今の私にとって唯一、自分が「雫川凛」という罪人であることを証明してくれる絆のように思えた。
視界が白く濁っていく。
キラキラと舞う光の粒は、あの日、一緒に食べたプリンの蓋の反射だろうか。それとも、唯ちゃんが流した涙の輝きだろうか。
すべてが宝石のように綺麗なのに、息をすることさえ許されない。
私は、自分の犯した罪の美しさに窒息しながら、深い、深い、鉛色の眠りへと落ちていった。




