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──ヤリますか、ヤリませんか?

「お邪魔しまーす」


 唯がサッと靴を脱いで揃えると、一歩ずつゆっくりと歩いていく。俺の隣を通り抜けるとき、一瞬空気が凍りついたように思ったが、気のせいだと願いたい。


 唯がリビングのドアを開けると、もう一人のモンスターが、銀色の缶を両手に握りながら出迎える。


「あっ、唯。ぷはーっ! 今日も最高だよ!」

「ふふっ、お疲れさまです。あんまり飲みすぎちゃダメですよ」

「飲み過ぎなんてないのよ。飲める限り飲めるんだから!」


 異様な光景に和やかな会話。平和な世界。常軌を逸した飲酒と、唯の怒りという前提さえ無ければ……。


「唯様、こちらにおかけください」

「……うるせぇな。あんたに言われなくたって、こっちはだいぶ昔から知ってんだよ」


 ソファへと案内した結さんに対して、唯が小声で呟いていた。


「凄いわね。我が家が女の子で賑わってるわ」

「識、もっと呼びなさい! そしてもっと飲むわよ!」


 母親が銀の缶を片手に、にやにやしながら結に近づく。そして肩に手を回した。


「ああ、ほんと可愛いわ。結ちゃんってお人形みたい」

「いいわねいいわね、唯ちゃんも。やっぱりうちの子になって。識の嫁として」


 今度はソファに座っている唯に手をかける。何かが唯の琴線に触れたらしく、満面の笑みで俺を見ていた。

(おい、酒乱! 見境なく女に手を出すな!)


「識の嫁、かぁ。ふふっ、お母さん公認になっちゃった」

「公認も公認よ。結ちゃんにも言ってるけど」

「……」


(な、なんだよ、その間は……)


「……へぇ、そっかぁ。識はそんなこと言われてたんだ」

「綺麗だよね、この女。私よりもずっと」


 唯の声が低く沈んだ。アルコールモンスターの軽率な発言によって。

(ほんと余計なことしかしねぇ!)


「まだそのような契約は締結しておりません。婚姻関係は俗の学びが進んでからというのが、天界の常識でございます」


「しかし肉体関係や婚姻関係を優先することが、極めて俗であるというなら、私も受け入れざるを得なくなりますが、どうでしょう」


「──ヤリますか、ヤリませんか?」


「こ、この状況で、とんでもない発言をぶっこむな!」

「ふぅん……」

 唯がじりっと結に近づく。まるで蜂の警告飛行は終わったのだ、と言わんばかりに。


「ねぇ、結さん」

「識の、どこが良かったの?」

「はい、ご主人様はとても俗でして」

「そうじゃない。言葉の中身を聞いてるの」

「識様は、そうですね……」


 結がゆっくりとこちらを見る。赤い瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。


「非常に、好みだからです。ああ、もちろん地上の方の恋愛とは違います」

「直観的、ともいうのでしょうか。天界の存在からすると、俗を強く示唆するようなお方……」

「褒めてる? それ褒めてるの?」

「はい、褒め言葉です。目立たず、主張せず、流されやすく、つまらなく、そして扱いやすい」


 結さんが俺の全身をくまなく見るように。


「……扱いやすい。ほんと嫌だなぁ、結さんは」

「何も知らないでさ、そんなことを簡単に言っちゃうんだから」


 まるで、唯の感情の重さと対応しているかのような呟き。少なくとも俺の記憶では、唯との間に具体的な何かはなかったが。


「お前ら、俺を何だと思ってんだ!」

「私にとっては大事な人だよ。大切にどこかへしまっておきたいくらい……」

「た、頼むから前半だけにしてくれ!」


 後半は冗談では済まない。俺まで段ボールに仕舞われては、堪ったものではない。


「ねぇ、唯ちゃん。これ食べてもいい?」

「あっ、そうだ。差し入れ持ってきたんだった」

(良かった。これで平和な日常に戻れそうだ)


 唯が紙袋を開ける。ドアホンの前で、必死にカメラに映そうとしていたアレだ。


「シュークリーム。期間限定のだよ。帰り道に識が好きかもって思って、買ってきたんだけど」

「おお、それは普通に嬉しいやつだ」


 唯がニコニコしながら、ソファで嬉しそうにしていた。

 ──未来永劫、この姿で居てくれれば平和なのだが……。


「ありがとうございます。お茶の用意をいたします」

「……三つしかないから。私だって食べたいもん」

「お構いなく。私、必要ありませんので」

「はぁ? 何なのこいつ……」

(もう終わっちゃったよ!)


「お茶を用意いたします。皆様はそのまま談笑ください」


 結がすっと立ち上がり、キッチンへ向かう。ロングスカートが優雅に揺れる。


「ねぇ、識」

 唯がソファの隣に腰を下ろす。いつもより距離が近い。というか、腕まで組まれている。

(な、なんか感じちゃいけない、や、柔らかさが!)


「……な、何だよ」

「もしかして、綺麗な人が好きなの?」

「いや、そういう訳では……」

「じゃあ、こんな風に私たちの関係を写真に残しても良いよね?」

「すっごく近くて、絶対に離れられない距離を、いつまでも残しておきたいから……」


 唯が微笑みながら、スマホを取り出した。

(ま、まさかこれをSNSに挙げるつもりか?)


「お待たせいたしました。どうぞ」


 今、まさに唯がカメラを起動したところで、結さんがテーブルの上に、薄く湯気がのぼった紅茶を静かに置いていく。


「……邪魔が入っちゃった。また今度だね」


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