校門前の美少女メイドと、スペシャルな一日
昼休み。13時過ぎのはっきりしない風を受けながら、俺は屋上で半分くらいになった乳酸菌飲料を、ストローで吸い上げていた。
「うわー、すごい吸引力だな。紙パックがくびれてるぞ」
「何だよ。誰だって、これくらい普通に吸うだろ」
友人の悠斗から話しかけられる。さっき一緒に弁当を食いながら、延々とどうでもいい話を聞かされたところなのだが……。
「見てたぞ、識。今朝も彼女と一緒に登校してたんだってな」
「その彼女ってのは、代名詞としての彼女だよな」
「いや彼女っていう代名詞だな!」
得意げな顔をしながら、悠斗が俺の肩を叩く。
(うっぜぇ。なんか憎たらしいんだよな、こいつ)
「そういうことじゃないから。あまりにも色々な意味でな」
「なんでそんな噂になってんだよ。もしかして悠斗の仕業か?」
「俺じゃねぇよ。誰から聞いたんだっけ」
「噂の出所を、わざわざ覚えてる奴なんていないだろ」
「開き直るな。俺たちは付き合ってないぞ」
前にもこんなことを言った覚えがある。一応、その度に訂正しているのだが、俺と唯の噂だけは、いつまで経っても好奇に晒され続けている。
(明らかにおかしいよな。一体、誰が流してるんだ)
「細かいことは気にすんなって。峯山さん普通に可愛いじゃん」
「まあ、そうだけど。そういう問題では無くないか?」
悠斗はスマホに夢中で、すでに俺の話を聞いていなかった。
「ほら見ろよ。鍵垢のストーリーにたくさんお前らの写真が上がってる」
「おい、ちょっと待て。なんでこんなものが」
「リアルタイムで峯山さんが上げてたけど。お前知らなかったのか」
(流してたの唯かよ! 嬉しくて思わずあげちゃってるとかか?)
唯がそこまでSNSを使いこなしていたイメージがないのだが。ソーシャルな空間を俺たちの写真でプライベート化していた。
「……なぜか関係の外堀が埋まってるな」
「だろ? 付き合ってるって皆が思ってるぞ」
◇
「ああ、ご主人様いた。お迎えにあがりました」
5、6時間目を適当にこなして、さっさと家に帰ろうと思ったのだが。なぜか校門前で長身のメイドが一人一人に丁寧に挨拶をしながら、俺のことを待っていた。
(よし、知らない人のふりをしよう。ふりも何も、実際よく知らないけどな)
「何、あの美人。マジやば」
「顔整いすぎでしょ。ナチュラルメイクで、あの雰囲気はヤバすぎ」
二人組のギャルっぽい女子生徒が、校門前のメイドに目を丸くしている。律儀に挨拶も返しているが。
(話しかけらんねぇ。絶対、注目の的になる)
俺は目立つことが嫌いである。なぜなら目立つことにメリットがないからだ。
論理のようでいて、論理でないような理由を思い浮かべながら、結さんの前を早足で通り抜けようとする。
「ご主人様。私、ここにおりますよ」
肩をガシッと掴まれる。思いの外、力が強い。生徒のまばらな流れから、俺のことをひょいっと引き離すようにして、最後に半回転させられる。
「お疲れ様でした。どうでしたか俗な一日は」
「俺に聞くのかよ。俗な一日って、誰がどう答えられるんだ」
いつもより控えめなツッコミだったが、生徒たちの視線が集まっているのが分かる。
もはや俺が声を小さくしようと、注目の度合いには何の影響も与えないのだ。
「結さん。あなたのせいで俗じゃなくて、スペシャルな一日になりかけてるんですが……」
「何のことでしょう。私には何も分かりません」
結さんが、何を言ってるのですか、あなたは、というまなざしを俺に向ける。
(そいつは俺のセリフだろ! ああ全方向で視線が気になる……)
「ご主人様の日常はこういうものなのですね。また一つ、俗への理解が深まりました」
「深まってねぇよ。史上初の経験だよ」
「もっと静かで退屈で、存在感も影響力もないのが俺の普通なんだよ」
「こんなに目立ってどうする。目立つことはリスクでしかないんだから」
「あの、目立つとは?」
(無自覚かい! すこしは他人の目を気にしろ!)
所在なさげに俯いている俺の背後から、物事を外側で、シンプルに眺めている人たちの噂話が飛んでくる。
「あれって、B組の佐久良だよな。峯山さんと付き合ってるって噂の」
「私、唯からそう聞いたんだけど。じゃあ、あのメイド服の人はお姉さんとか……?」
「もしかして佐久良の家ってすっげえ金持ちなんじゃ」
「お手伝いさん雇うくらいだもんね。意外と分からないね」
「あのクラスの美人と付き合いたいなら、ガリガリになれば良いのか」
(全部違う! 両親共働き!)
(古い言い方だと、それでようやく中流!)
俺は頭を抱える。まるで新しい設定かのように、噂が尾鰭を付けていく。
「とにかく目立つな。地味な行動を心がけろ」
「それが俗の一つ、通俗という生き方……」
「分かりました。そのように心がけます」
結さんが頷くと、特に何も変わらなかった。




