母親(蛮族)は銀色の缶ビールで徳を積む
「ずいぶん美人を連れてきたわね。誰なの、それ」
「俺にも分からん。メイド服着てるから、そういう店の人なのかも」
夜のリビング。
雑にメガネをかけて、大きなため息をついている、何だかくたびれた様子の母親と、背筋をピンと伸ばしながら隣に座っているメイド。
「識。あんた未成年なのに、そんなお店に出入りしてるの?」
「こないだもお父さんのポケットから、そういう店の名刺が出てきたばかりなのに……」
「しとらんわ! するわけねぇだろ!」
(そして父親の残念な秘密も知ってしまった)
「麦茶でいいかしら? すぐに識が入れてくれるわよ」
「俺かよ。別にいいけどさ……」
しぶしぶ麦茶を入れる。来客用のグラスに注がれていく茶色の液体を眺めながら、リビングに広がる非日常な光景に頭を抱えていた。
(冷静になってみると、めちゃくちゃ危ないことしてるよな)
「識〜。あたし疲れたからさ、別に何でもいいんだけど」
「良くねぇだろ! 俺だって困ってるんだよ!」
母親がダイニングテーブルに突っ伏していた。
「問題は起きた時に問題になるのよ。あんたのお父さんなんて、問題しか起こさないし」
「私の怒りのリソースは有限だから。怒るってほんとエネルギー使うの……」
「あっ、そうそう。今日も職場で田中のジジイが……」
(いかんぞ。これは仕事の愚痴が始まる)
「愚痴はいいよ! 未来の話をしようよ!」
「未来? あんたの未来なんてたかがしれてるじゃないの」
「息子への期待感がまるでねぇ!」
母親が手の甲でしっしっと追いやるような仕草をしてから、冷蔵庫の扉をガコッと開ける。
「まだあったわよね。ウルトラドライ」
「おいおい、あんまり飲みすぎるなよ」
「これよ、これ。これさえあればいいのよ」
銀の缶ビールをシュパっと開ける。そのままダイニングテーブルに戻ることすらなく、グビグビと飲み干してしまった。
「最高。まだあったかしら」
冬眠前のクマのように缶ビールを探す母。確かに肝臓と下っ腹に、効率よく脂肪を蓄えられそうだが。
(アルコールモンスター。ここまでの情報を総合すると、今日の母親の湿度は高め……)
「満足すれば、自然と退散する可能性が高い。しかし母親の肝臓には悪い」
「止めても無駄よ。あるだけ飲むんだから」
「飲むなよ! しかも来客の前でみっともない」
母親の腕を掴んで止めようとしたが、ゴリラのような力で剥がされる。
(この体格でなんて恐ろしい力だ。俺もガリガリだけど)
「別にいいでしょ。ここはウチなんだから」
「ねぇ、貴女も飲む?」
「いえ、私のことはお構いなく。家事はすべてやっておきますので」
「ごゆっくりお楽しみください。お母さま」
澄ましたような笑顔で、台所で戯れるバカ親子に微笑んでいた。これはまるで天女。
「良いじゃない、識! あんたあの子と今すぐ結婚しなさい」
母親が嬉しそうに肩を叩いてくる。酔っているからか、加減がされておらず、正直かなり痛い。
「いてぇよ! ありとあらゆる面からな!」
「あんただって面倒な家事から解放されるのよ。私だって解放されるわ」
「家事解放宣言だわ。余った時間で酒が飲めるぞ」
酒が飲める飲めるぞ、と母親が音頭を取り始めた。これは完全に酔っている。誰がどう見ても痴態だが、悲しいことに平常運転でもある。
(クソ面倒くせぇ……さらにめっちゃ酒くせぇ……)
「ちょうどメイド服着てるし。うちのお手伝いさんになったらいいと思う」
「部屋も自由に使っていいわよ。識と同じ部屋の方がいいかしら」
「い、良いわけないだろ! 何考えてんだ!」
酔いによる思考能力の低下が、無神経さを生んでいるのだと思いたい。うんうんと首を縦に振っている母親を見ながら、こっちは頭を抱えていた。
「ありがとうございます。今日からこの家でお世話になる、結と申します」
「お家のことはお任せください。天界で一通り学んでおりますので」
「天界で学んでるのか。それは凄いね」
「えっ、天界? ずいぶん変わった名前の学び舎だな……」
天界で学ぶ。彼女は修行でも積んだのだろうか。
「こっちも大概学んでるな」
シンクの上に銀の缶が無数に積まれている。すでにうちの母親も多くの徳を積んでいた。
(へべれけじゃねぇか。いいのかこれで……)




