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バイト帰りに拾ったのはメイド(自称)さんでした

 バイト帰り。奇怪な段ボールと出会った。


 公園通りの生垣の前。ここでは鬱蒼とした低い木々の奥へと、野良猫たちが面倒くさそうに入っていくのをたまに見る。


 そんな奇怪さという俺の感覚は、段ボールに向けられたものではなく、体育座りをしている大柄の女子の方に向けられている。


「あっ……」

 目が合った。とても綺麗な赤い瞳だった。

 よく見てみれば、街灯の光でさえ艶やかに見える髪も美しくて、まるで作り物かのような雰囲気を纏っている。


 まるで天女のような彼女を見た俺は、思わずこんな言葉を呟いていた。


「何か辛いことでもあったんですか?」

 美人。とはいえ、誰がどうみてもただの不審者だったが、もし困っているなら力になりたい。


「辛いことは一つもありませんが、行き場がないのです。現代に蔓延る病。居場所なき病……」

「どこから来たのかも、何のためにこんな事をしているのかも分かりません」

「道を行く人が時折、事情を尋ねていきますが、その度に同じ答えを返しております」

(声色からすると辛そうではないな。まるで自分探しをしているかのようだが)


「貴方様には、私が見えているのですね」

「さて、これからどこに行きましょうか」

「まずは警察なのかな。でもよく分からないのに、余計なことはしたくないし……」


 自分の膝を見ているだけなのか、俯いているのか。どうにも彼女の表情は分かりにくい。経験に則っても、不思議と感情を読み取る事が難しかった。


「……私、一つだけ覚えていることがあります」

「この世界。言いたいことも言えないしみったれた地上世界で、どうにかして幸福を見つけなければならないのです」

「口悪いな、おい」


 そもそも地上という言葉が引っかかる。当たり前のように地上に生きている人間が、わざわざ地上という表現はしない。


「きっとス●ースコロニーから来たのかな」

「もしかして変なこと言ってしまいましたか。私、地上の事には疎いので……」

「そもそもだけどさ、なんで段ボールに入ってんの?」

「捨てられてしまったものは、このように主人を探すとのことです。行き場がなく、居場所もないのは、捨てられたも同然」

「それが嫌なら、いつかこの段ボールという殻を破り、たくましく生き抜かなければならないのニャ、と……」


 彼女がひょいっと指を差した先では、体格のいい三毛猫が丁寧に前足を舐めていた。


「教えを乞う先がおかしいだろ」

 きっと冗談だろう。普通の人間であれば、猫とコミュニケーションを取れる訳がない。


「しかし凄い美人だよね。まるで人形みたいだ」


 白い街灯の光さえ、彼女の顔の造りの良さがわかる。まっすぐで細い鼻筋に、深すぎない目元の彫り。すこし小ぶりだが、形のいい唇と、陰影さえ味方につけてしまうような綺麗な輪郭。


「人形ですか。はじめて言われました……」


 体育座りの彼女が首を傾げる。


「そう、人形。作り物みたいっていうのが、褒め言葉かどうかも分からないけど、何だかピッタリだなって」


 聞いているのか、聞いていないのかは分からない。特に情動を感じさせないまなざしだけが向けられている。


「つまらない話だろうね。俺もそう思うよ」

「決めました。貴方にします」


 一度、膝の辺りを見てから、ゆっくりと彼女が立ち上がる。


 そして、ぼんやり光る赤い瞳がこちらを捉えた。


「取って食ったりしないでくれよ。美味しくなさそうだろ、俺」

「こんなにガリガリだし。食生活もイマイチだぞ」


 筋肉と脂肪のどちらも無い。頭脳はそれなりだが、単に細かいだけだとも、自虐的に思った。


「食べません。私は鬼ではないので」

「じゃあ君の要求はなんだろう。どんな存在であれ、何か目的を持って行動しているものだろ」

「主人を探しているなんて、ファンタジーじゃダメだ。いやラブコメか?」

「私たちは、ただ命ぜられているだけなのです」

「いやいや、まさか。もしかして創作に影響されやすいのかな」


 メイドがゆっくりと歩いてくると、目の前で立ち止まった。


「私の主人になってください。これは確定事項です」

「女子にそんな風に迫られたのは初めてだよ。主人って、まさか、結婚とか?」

「俺はまだ学生だぞ。親の庇護下に置かれているし、年齢的にも無理だからな」

「そうですか」


 目の前のメイドによる無言の圧力。

 この歳で、まさかの許嫁登場か——


「……何も出来ないんだよ、マジで」

「はい。いいから主人になってください」

「会話が成立してないぞ。もしかして主人って、仕える人の方か」


 使用人。そんなものを雇う身分ではない。

 一家の主。これは父親。妻が夫を指すこともあるが、多分違う。


「だったら俺じゃなくて、親父と話したほうが」

「いいえ、貴方に決めましたから」

「……なんか扱いやすそうですし」

 小声ではあったが、不穏な言葉が聞こえてくる。

「それは、主人が決めることなのでは?」

「いいえ。今の時代は双方の合意が大事です」

「私、やりがいよりも働きやすさを求めておりますので」

「ならないからな!」

「はい。それではご一緒させてください」


 メイドが薮の方に戻っていくと、段ボールの中から、茶色い革製のハンドバッグを取り出した。

 そして、当たり前のように隣に並ぶ。


「どうされましたか?」

「連れてくわけないだろ。知らない人と話しちゃいけませんなんてことは、小学生でも知ってる常識なんだぞ」

「結と申します。スリーサイズは上から……」

「いやいや。なんで最初に開示する個人情報がそれなんだよ!」

「だ、誰もそんなこと聞いてないからな」


(本当はめちゃくちゃ興味あるけど)


 結が、何をぼーっと突っ立ってんだよ。早くしろよ、お前という顔でこちらを見ている。

 なんで分かるのかって。あれだけ綺麗な顔だからこそ、眉間の皺にも、冷たい目線にも、ストレートな感情しか反映されていないからだった。


「……連れてかないとダメか?」

「はい。すでに未来は確定しています」

「なんか遠い目してるけど、もしかして未来予知とか。千里眼とかか?」

「そんなものはありません。私が引き下がらないだけ」

「ただの強情ですね」

 結が右の頬の前で、人差し指をピンと立てていた。

(何だそりゃ。変人なうえに強情なのかよ)


 彼女の癖なのだろうか。人形のような無表情さが背景のように感じられて、不思議と印象に残る。


「……分かったよ。美人がうちに来てくれる分には、大歓迎だしな」

「その後のことは知らないからな。俺を変に巻きこむなよ」

「ええ、問題ありませんよ。洗脳しちゃうので」

「洗脳? とんでもない言葉が聞こえてきたんだけど」

「説得みたいなものですよ。とにかく首を縦に振らせれば良いのです」


(本当に大丈夫か、こいつ)


 まるで強引な交渉を得意とする営業マンのような物言いだった。違っているのは、根回しがまるでなく、常識的に考えれば、勝算なき交渉にしかならないということ。


「一応大事な家族だからさ、変なことはしないでよ」

「しません。不躾な性格ですが問題ありませんよ」

「不躾の時点で問題なんだが!」

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