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第六話 チーズ牛丼

 腹が減っている、という事実を、

 俺はなるべく認めないようにしていた。


 原因は分かっている。

 王の思いつきだ。


 「今のうちに確認しておこう」


 その一言で始まった仕事は、結局、夜まで続いた。

 下級文官に拒否権はない。城の食堂が閉まる時間など、とっくに過ぎている。


 城を出るころには、通りはすっかり静まり返っていた。

 夜になれば店は閉まる。それがこの街の常識だ。


 家に向かって歩いている途中、ふと足が止まった。


 灯りがある。


 この時間に?

 赤と黄色を基調にした、見慣れない配色の看板が夜闇の中で浮かび上がっている。


 文字は読めない。

 だが、なぜか食事処だということだけは分かる。


 ここから家までは、歩いて十分もかからない。

 普段なら気にも留めなかっただろう。だが今日は――腹が減っている。


 合理的判断だ。

 何も食べずに寝るより、ここで何か口に入れてから帰った方がいい。


 そう結論づけて、俺は店に入った。


 中は静かだった。客はいない。

 だが、温かく、腹の奥を刺激する匂いが漂っている。


 カウンターの向こうの店主に、俺は言った。


 「この店で、一番早く出る料理を」


 少し考えたあと、店主は答えた。


 「チーズ牛丼並盛です」


 聞き慣れない料理名だ。

 だが、ほどなくして運ばれてきた丼を見て、内容は理解できた。


 湯気の立つ飯。

 その上に、煮込まれた肉。

 さらに、とろけたチーズが全体を覆っている。


 見た目だけで、重いと分かる。

 だが、今の俺には、それがちょうどいい。


 一口目。


 甘辛い味が、舌に広がった。

 肉は柔らかく、汁気が飯に染みている。


 二口目。

 チーズが絡む。


 コクが増す。

 肉の角が取れ、全体がなめらかになる。


 三口目。

 重さが、はっきりと主張してくる。


 悪くはない。

 だが、このままでは途中で単調になる。


 四口目に入る前、卓上に置かれた小瓶に目が留まった。


 赤い液体。

 香りで分かる。辛味調味料だ。


 少量だけ、垂らす。


 次の一口で、印象が変わった。


 チーズの重さを、鋭い辛味が断ち切る。

 甘辛さが前に出て、舌が一気に目を覚ます。


 ――調整用か。


 最初から完成している料理ではない。

 食べる側が、自分に合わせて仕上げる。


 合理的だ。


 それからは、迷いがなかった。

 重さと刺激を行き来しながら、黙々と食べ進める。


 最後の一口まで、味が落ちない。

 よく考えられている。


 丼が空になったとき、腹は完全に満たされていた。


 それだけではない。


 城にいる間、俺はずっと「考える側」だった。

 判断し、確認し、整合を取る。

 間違えないために、気を張り続ける。


 だが、この時間だけは違った。

 ただ腹が減って、ただ食べて、それで終わる。


 誰の意向も、命令も、先回りした配慮もない。

 自分の感覚だけで完結する時間。


 ――それが、思っていた以上に楽だった。


 会計を告げられる。


 「六百六十イェンです」


 金額を確認し、硬貨を出す。

 この内容なら、十分に妥当だ。


 店を出ると、夜風が頬に当たった。


 家は、すぐそこだ。

 この距離なら――次は、別の組み合わせも試してみる価値がある。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


皆さんは、チーズ牛丼に初めてタバスコをかけた時の感動を覚えていますか?


この役人さんは、どうやらタバスコ党への道を踏み出したようです。


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