第三話 考えないようにした
「ありがとうございましたー!」
声が、店内に少しだけ残る。
兵士はドアを押し開け、外へ出た。
ドアが閉まりかけたところで、彼は一度だけ足を止める。
振り返って、
赤と黄色の看板を、じっと見上げた。
何か考え込むような顔をして、
それから何も言わず、夜の城下町へと歩いていった。
……さて。
店内には、俺ひとり。
ドアの閉まる音がやけに大きく聞こえて、
夜中の牛丼屋は、元の静けさを取り戻す。
カウンターの中に戻り、ふっと息を吐いた。
いや、冷静に考えるとおかしい。
さっきの客。
どう見ても異世界の兵士だった。
服装も雰囲気も、完全にこの世界の人間。
なのに——
「牛丼並盛、一丁ですね」
普通に、通じた。
文字は読めないみたいだった。
タッチパネルを前に、完全に固まっていたし。
それでも、言葉は問題なく通じる。
意味が分からない。
レジを開けて、中を確認する。
さっき受け取った硬貨が、きちんと入っている。
イェン。
見慣れた形、見慣れた数字。
この世界の通貨なのか、
それとも俺の知ってる円と同じものなのか。
……まあ、いいか。
合ってるし。
厨房に目を向ける。
牛肉も、玉ねぎも、米も、ちゃんとある。
さっき使った分が減っているはずなのに、
いつの間にか、いつも通りの量に戻っている。
冷蔵庫も動いている。
照明も落ちない。
水道も、ひねれば普通に水が出る。
電気。
水。
ガス。
全部、生きてる。
「……まあ、いっか」
思わず口に出して、苦笑した。
考えたところで、答えが出る気はしない。
神様が出てきて、事情を説明してくれるわけでもない。
俺はただ、
夜中のワンオペで牛丼を作っていただけだ。
腹を空かせた兵士が来て、
牛丼を食って、金を払って帰った。
それだけの話。
カウンターの端を見る。
自分用に用意していた賄いの牛丼が、まだ置いてある。
少し冷めてしまったが、問題ない。
温め直して、椅子に腰を下ろす。
一口。
……うん、普通にうまい。
異世界だとか、転移だとか、
そんなことを考えながら食べる味じゃない。
ふと、天井を見上げる。
そういえば、この店、二階があったはずだ。
倉庫代わりに使っていた、使われていない部屋。
泊まれるよな、普通に。
帰る場所があるかどうか、
今さら外に出て確認する気にもならない。
牛丼を食べ終え、食器を下げる。
また、誰か来るかもしれない。
夜に飯が食えなくて、
腹を空かせたまま歩いている誰かが。
俺は、いつも通り店を開けて、
いつも通り牛丼を出すだけだ。
それでいい。
「……次、誰来るんだろうな」
独り言をこぼしながら、カウンターを拭く。
赤と黄色の店内は、相変わらず明るい。
異世界だろうがなんだろうが、
夜中の牛丼屋は、夜中の牛丼屋だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
深夜のワンオペって不思議なことが起こる時もありますよね。
主人公のように受け流せすことも大事ですね。
また次回も読んでいただけると嬉しいです。




