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第二十一話 高菜明太マヨ牛丼②

 その男は、綺麗な顔立ちをしていた。


 顔を隠すように深く被った大きめの帽子。その隙間から覗く、金色に光る髪。淡く澄んだ青い瞳に、陶器のように白い肌。高い鼻筋と、薄い唇。小さく整った口元。


 百人いれば、百人が振り返る。そんな顔だ。


 だが、不思議と違和感があった。

 どこかで、この男を見たことがある気がする。


 記憶を探ろうとした、その瞬間。


「私はな、ここ最近、毎日この店に来ていて」


 男は、こちらの思考などお構いなしに話し始めた。


「とりあえず、牛丼のメニューを一周してみたのだ」


 勝手に語り出すその様子に、少し眉をひそめる。


「どれも実に美味かった。だが、結局は普通の牛丼に戻ってきてしまう」


 男は楽しそうに続ける。


「トッピング次第で、いくらでも顔を変える。時には濃く、時には軽やかに。だが、芯は変わらない。その感じがな、実に良い」


 ……知らん。


「最近は、この七味とやらをかけて、少し刺激を加えたりもしている」


 完全に一人語りだ。

 この男の食の嗜好など、私には何の関係もない。他人に迷惑をかけない限り、好きに食べればいい。


 だが。


 どうしても引っかかる。


 この声、この顔、この雰囲気。

 絶対に、どこかで見たことがある。


「我が国の食は、どうにも単調でな」


 男はふっと息をつき、少しだけ声を落とした。


「多様性に欠ける。……これも全て、あの父のせいだ」


 ――父?


「私は、この国の食文化を、もっと彩りあるものにしたいのだ」


 その瞬間、頭の中で何かが繋がった。


 青い瞳。金の髪。

 城で見た肖像画。式典で遠くから眺めた姿。


「……お、お、王子……!!」


 思わず声が裏返った。


 隣に座っていた男――この国の第一王子、アイク殿下その人だった。


 心臓が跳ねる。血の気が引く。慌てて立ち上がりそうになった私の腕を、王子が素早く押さえる。


「静かに」


 人差し指を唇に当て、にこりと笑う。


「ここは、騒ぐような店じゃない」


 そう言われても、無理なものは無理だ。

 だが、王子の命令は絶対である。私は必死に深呼吸し、どうにか席に戻った。


 その後も私の内心などお構いなしに続けた。


 王子は、牛丼の器を指で軽く叩きながら言う。


「この店は不思議だ。身分も職も関係なく、皆が同じものを食べ、近くの卓に座る」


 確かにそうだ。

 さきほどまで酒を飲んでいた石工の職人とドワーフの武器職人も、今は静かに牛丼をかき込んでいる。誰も、同じ店に王子がいるなどとは思っていない。


「城の食卓では、こうはいかない」


 王子は苦笑する。


「決められた席。決められた質素な料理。決められた会話。正直息が詰まる」


「私はな」


 王子は少し声を落とす。


「こういう場所で、何も考えずに飯を食う時間が好きなのだ。誰にも気を遣わず、ただ美味いと思えるのは、案外貴重でな」


 そう言って、私の丼をちらりと見る。


「高菜明太マヨ牛丼は、少しやりすぎだが……それもまた良い」


 やりすぎと言われて、なぜか少し誇らしい気持ちになる。


「国も同じだと思わないか?」


 突然、話題が飛ぶ。


「変わらない芯は必要だ。だが、変化を拒めば、いずれ味気なくなる」


 牛丼の話なのか、国の話なのか分からなくなってきた。


「だから私は、まず食から変えたい」


 王子は真剣な目をしていた。


「腹が満たされれば、人は少し優しくなる。優しくなれば、話を聞く余裕が生まれる」


……なるほど、王子らしい理屈だ。


「その第一歩が、この店だ」


 そう言って、王子は満足そうにスプーンを置いた。


 そんな事を聞いているうちに、店主が声をかけてきた。


「お待たせしました。高菜明太マヨ牛丼です」


 目の前に置かれた丼を見た瞬間、思わず息をのむ。


 白い飯の上に、濃い色の具材が幾重にも重なり、ところどころに散った赤がやけに主張している。

 見た目からして、落ち着きというものがない。だが、不思議と目を離せなかった。


 湯気とともに立ちのぼる匂いが鼻を突いた。

 油、塩気、そして刺激的な香り。

 何の匂いか正確には分からないのに、脳が「うまい」と先に判断してしまう。


 スプーンを取る。

 一口分をすくい、少しだけ躊躇してから口に運んだ。


――なんだ、これは。


 塩気と旨味が一気に押し寄せ、その直後に舌が痺れるような刺激が来る。

 だが、嫌ではない。むしろ癖になる。

 柔らかい肉と飯が、それらをすべて受け止めて、最後には丸くまとめ上げてしまう。


「……うまい」


 思わず声が漏れた。


 王子は満足そうに頷く。


「だろう? 強い味だが、芯は牛丼だ。決して壊れていない」


 二口、三口とスプーンが止まらなくなる。

 さっきまで疲れ切っていた身体に、熱が戻ってくるのが分かる。


「この一杯には、思想がある」


 王子は勝手に語り始めた。


「飯とは本来、力を与えるものだ。遠慮や建前はいらない。腹の奥に届いてこそ意味がある」


 そんなことを言いながら、私の丼を見て目を細める。


「我が国の食は、最貧を重んじすぎた。質素で、安全で、整っていて、だが記憶に残らない」


「だが、この店の牛丼は違う」


 王子は胸に手を当てる。


「食べたという実感が残る。翌日になっても、また来たくなる」


 ……それは、まさに今の私だ。


 丼を空にし、深く息をつく。

 満腹と同時に、奇妙な充足感が胸に広がっていた。


「また語ろう」


 王子は立ち上がり、静かに言った。


「牛丼の奥深さと、この国の未来について」


 そう言い残し、王子は先に店を出ていった。


 静かな夜が戻る。


 私は丼を見下ろしながら思う。


――この店に、もう以前のような安息はない。


 そしてなぜか、そのことが少しだけ、楽しみでもあった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


謎の男は王子でした。


このお話初めての名前ありキャラです。

今までの登場人物の名前もそのうち書く予定です。


続きが気になる方は、ブックマークいだだけると励みになります!


※毎日7時/19時投稿予定です✨


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