第二十話 高菜明太マヨ牛丼①
今日も、残業だった。
疲れた。正直、しんどい。
役所の廊下を歩くたび、足が床に吸いつくような感覚がある。書類の山は減らず、上司の機嫌は相変わらず読めない。
王の方針が変わるたび、現場に押し付けられる調整だけが増えていく。
それでも――
最近は、残業が前ほど嫌じゃなくなってきた。
理由は単純だ。
帰り道に、あの店がある。
ここ最近、残業になった日はほとんど毎日、あの店に寄っている。夜の街に数少ない灯り。その中でも、ひときわ浮いて見える暖簾。
腹を満たすため、というよりも、気持ちを落ち着かせるために通っているのかもしれない。
今日は、少しだけ気分を変えようと思った。
いつも頼むチーズ牛丼ではなく、別のものを食べてみよう。
気分転換だ。
同じものを食べ続けるのが悪いとは思わないが、たまには違う選択をしたくなる時もある。
……王のように、毎日言うことが変わるのは困るが。
そんなことを考えながら、いつもの通りに足を向ける。
店の前に立つと、あの文字が目に入る。
最近、店主から教えてもらった。この店の名前は「すきの家」と読むらしい。
もっとも、その文字が読めるようになったわけではない。
城の文庫にあるどの文献にも、あの形の文字は載っていなかった。古文書を漁っても、異国の資料を見ても、見つからない。
今度、たまに城に出入りする商人に聞いてみよう。
異国の文字について書かれた本があるなら、買ってみたい。
文字が読めないというのは、役人としてやはり恥ずかしい。
それに――知らないままでいるのは、少し悔しい。
そんなことを考えながら、扉を押した。
「いらっしゃいませ」
聞き慣れた声が、店内に響く。
その一言で、肩の力が少し抜けた気がした。
店内を見回すと、いくつかあるテーブルのうちの一つに、石工の職人とドワーフの武器職人が座っている。
酒のようなものを飲みながら、顔を赤くして上機嫌だ。
いつもの夜の静かな雰囲気は好きだが、あの二人が喧嘩を始めない限り、特に問題はないだろう。
酒が入っているようだが、今のところ声も大きすぎない。
視線を移し、カウンターを見る。
右端――自分がいつも座る席は、まだ空いていた。
ほっとする。
だが、その左隣には、見慣れない若い男性が座っていた。身なりは整っていて、役所勤めか、あるいは商人か。判断がつかない。
自分の特等席が空いているのはありがたいが、隣に人がいると、少しだけ落ち着かない。
それでも、今日の疲れ切った身体を癒せるのは、牛丼と、あの端の席しかないのだ。
迷わず、いつもの場所に腰を下ろす。
店主が無言で、いつものように水――いや、茶なのかもしれない――を差し出してくれる。
一口飲む。
……やはり、何度飲んでも、水か茶か分からない。
色も香りも微妙で、断定できないのだ。
個人的には茶だと思っているが、真相はまだ知らない。
今日は、決めている。
高菜明太マヨ牛丼、というものを食べる予定だ。
店主の話では、チーズ牛丼と肩を並べるくらい「ジャンキー」らしい。
名前の意味も、ジャンキーという言葉の意味も分からないが、店主がそう言うなら、きっと悪くないのだろう。
注文を告げる。
すると、隣で勢いよく牛丼を口にかき込んでいた若い男が、こちらを見た。
「高菜明太マヨ牛丼を頼むとは、いいセンスをしている」
突然の言葉に、少しだけ眉をひそめる。
何を食べようが、人の勝手だ。
そこにセンスの良し悪しなど、本来ないはずだ。
――あの石工の職人など、肉が見えなくなるほど紅生姜を山のように乗せて食べている。
正直、あれは少しやりすぎだと思う。
まあ、あれこそがセンスだと言われたら、私は首を傾げるが。
適当に受け流そうと、男の方を向いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
役人さん2回目の登場です。
いつも行くお店って自分だけの席ってありますよね。
私は端っこがすきです。
役人さんの隣に座っていた男は誰なのでしょうか。
また、読んでいただけると嬉しいです。
毎日7時/19時投稿予定です✨




