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第二話 牛丼並盛

腹が空いていた。


巡回の後だ。

夜の城下町を歩き回り、気づけば腹の底が静かに鳴っている。


この時間に飯が食える場所は、ほとんどない。

酒場はもう閉まり、宿の食事も日が沈めば終わりだ。

独り身の兵にとって、夜は長く、腹は減る。


城壁沿いの道を抜け、借りている家へ戻ろうとした、そのときだった。


視界の端に、妙な明かりが映った。


赤と黄色。

やけに目立つ配色で、白い文字が浮かんでいる。

意味は分からないのに、不思議と目を引かれた。


看板だ。


こんな時間に?

思わず足が止まる。


近づいてみると、建物の形はこの国の家屋と変わらない。

だが、色合いと雰囲気だけが、どうにも異質だった。


扉の向こうから、暖かな光が漏れている。


……食えるのか。


腹が、答えを急かした。


迷いは短かった。

夜に飯にありつける機会など、そうそうない。


俺は扉を押した。


中は、明るい。

外の静けさが嘘のように、整った空間が広がっていた。


「いらっしゃいませー」


突然の声に、肩がわずかに跳ねる。

カウンターの向こうに、男が一人立っていた。


店主、だろう。


促されるまま席につき、卓の上を見る。

板のようなものが埋め込まれていて、薄く光っている。

触れると反応するらしいが、意味が分からない。


どう注文すればいいのかも、見当がつかなかった。


困っていると、店主が何も言わずに近づいてきた。

手にしているのは、コップ。


茶色っぽい色の容器で、中の液体の色はよく分からない。

水か、それとも茶か。


——それより、代金だ。


この世界で、水はただではない。

宿でも、店でも、金を取られるのが普通だ。


だが、何も言われない。


腹が減っている。

喉も渇いている。


俺は一瞬だけ迷い、それからコップを持ち上げた。


口をつける。


……分からない。

水なのか、茶なのか。


だが、そんなことはどうでもよかった。

体が、確かに落ち着いた。


コップを戻し、改めて店内を見る。

光る板は、相変わらず意味不明だ。


視線を逸らした、その先で——

それを見つけた。


店の奥。

火のそばに置かれた、一つの椀。


白い飯の上に、濃い色の具。

湯気が、ゆっくりと立ち上っている。


理由は分からない。

だが、腹が決めていた。


俺は、その椀を指さした。


店主がこちらを見る。

少し間があって、口を開く。


「牛丼並盛、一丁ですね」


意味は分からない。

だが、否定する理由もなかった。


俺は頷いた。


店主が奥へ戻る。

その背を、目で追う。


まだ、視線を外していない。


——音。

——匂い。


肉の香りが、一気に広がった。


腹が、反射的に鳴る。


そして。


椀が、もう目の前にあった。


早すぎる。

思わず、瞬きをする。


近くで見ると、匂いが強い。

甘さと塩気が混ざった、腹に直接くる匂いだ。


卓の上の匙を取り、一口。


温かさが、先に来た。

遅れて、味が広がる。


飯と具が混ざり、噛むたびに違う感触になる。


うまい。


それだけで、十分だった。


気づけば、椀は空になっていた。

腹が、静かだ。


夜が、少し楽になった気がする。


代金を払う。

並盛で、四百五十イェン。


この量と味で、この値段。

安い。


外に出ると、城下町の夜は変わらない。

だが、俺の中だけが、少し違っていた。


次の巡回の後も。

もし、この店が開いていたら——


俺は、また来るだろう。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


並盛って学生の頃は少ないなと思っていましたが、今となっては丁度よく感じるようになりました。


この兵士さんにとっても、ちょっと少なかったかもしれないですね。


よければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。


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