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第十三話 それでも、暖簾は下げない

「ありがとうございましたー。」


兵士の背中が、夜の通りに溶けていくのを見届けてから、俺はゆっくりと店の中に戻った。

扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


店内は、いつも通り静かだ。

鍋の中で、だしが小さく音を立てている。

さっきまで、あれだけの量の牛丼と格闘していた客がいたとは思えないほど、何事もなかった顔をしている。


キング牛丼。

今日は、完食には至らなかった。


――まあ、そうだろうな。


あの量だ。

初挑戦で食べ切れる方が、正直おかしい。


兵士が席に座り、丼を前にした瞬間の表情を思い出し、少し口元が綻ぶ。

言葉にはしなかったが、目が一瞬、わずかに泳いだ。


ああ、これは想像を遥かに超えてきたと。

そんな顔だった。


それでも、逃げなかった。

匙を握り、黙々と食べ続けた。


途中、紅生姜に手を伸ばしたのも覚えている。

山盛りにするわけでもなく、ほんの少し。

味を変えるため、というより、流れを整えるために使っている感じだった。


以前、あの職人の爺さんを見ていたからだろう。

牛丼が見えなくなるほど紅生姜を乗せて、平然と食べていたあの人を。


食べ方に正解はない。

ただ、それぞれの「流儀」があるだけだ。


兵士のそれは、あくまで牛丼が主役。

紅生姜は脇役。

その距離感が、なんとなく彼らしい気がした。


最後は、無理をしなかった。

匙を置き、「すまない」と短く言った。


ああいうところも、嫌いじゃない。

限界を認められるのは、強さだ。


残った分は包み、持ち帰りにした。

それでいい。

勝負は一回きりじゃない。


店内を軽く片付けながら、ふと、職人の爺さんの顔が浮かぶ。


この店がここに来て、何度目かの来店だった頃。

夜に店を開けている理由を、不思議そうに聞かれた。


「この国じゃ、夜は寝るもんだろう。」


そう言って、笑っていた。


この国(レヴァール王国というらしい)は、夜が早い。

日が沈めば、一日は終わり。

腹を満たすのは日中のうち、という考えが当たり前だ。


それを決めたのは、今の王だと爺さんは言っていた。

倹約家で、食にあまり興味がない王。


「生きるために食えりゃいい、って考えの人らしい。」


豪奢な宴も、派手な料理も好まない。

だからこの国では、食は最低限のものになった。


夜に灯りを使うのは贅沢。

夜に飯を出すのは無駄。


そういう価値観が、いつの間にか染みついている。


「他国じゃ、もっと色々食うらしいがな。」


爺さんは、そう言って肩をすくめた。


この店は、その価値観からは完全にはみ出している。

夜に灯りを点け、夜に飯を出す。


合理的じゃない。

効率も悪い。


それでも――来る人は来る。


腹を空かせた兵士。

仕事帰りの役人。

別れ話の後、泣きながら入ってきた女。


そして、辛さを求めてきた異国の客。


この国の夜は静かだ。

だからこそ、腹の声がよく聞こえるのかもしれない。


俺は、ただ牛丼を出しているだけだ。

救っているつもりも、変えているつもりもない。


でも、今日の兵士の背中は、来た時より少し軽く見えた。

それで十分だと思う。


鍋の火を弱め、店内を見回す。

次の客が来るかどうかは分からない。


それでも、今夜も暖簾は下げない。


夜の王都で、ここだけは、まだ起きている。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


また読んでいただけると嬉しいです。


※毎日7時/19時投稿予定です✨

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