第一話 プロローグ
「ありがとうございましたー!」
自分でも少し大きいと思う声が、深夜の店内に反響した。
カウンター席の端から立ち上がった常連のおじさんが、軽く手を上げて応える。
「助かったよ。今日も」
作業着のまま、少し猫背で、ゆっくりと自動ドアを抜けていく。
近くの工事現場で夜勤の警備をしている人だ。名前は知らない。でも、顔と注文は完璧に覚えている。
牛丼並。
つゆだく。
かなりだく。
マニュアル上は、あそこまで入れない。でも、あの人はそれでご飯をかさ増しして、次の夜勤まで腹を持たせている。だから今日は、ほんの少しだけ多めにした。誰にも分からない程度に。
ドアが閉まり、店内は静かになる。
時計を見る。深夜二時過ぎ。
「……この時間は、もう来ないな」
ワンオペの経験則だ。
このあと来る確率は、ほぼゼロ。
俺は手早くまかない用の牛丼を作った。
見慣れた動き。見慣れた匂い。
カウンターの中で器を置き、箸を取る。
座って、一息つこうとした瞬間だった。
――ブツン。
音もなく、店の明かりがすべて落ちた。
厨房も、客席も、看板も。
非常灯すら点かない。
「……停電?」
思わず呟く。
完全な闇。数秒なのか、十秒なのか分からない沈黙。
やがて、ふっと明かりが戻った。
「……?」
違和感があった。
店内は確かに元通りだ。でも、外が――暗すぎる。
俺は牛丼を置いたまま、カウンターを抜けて外に出た。
そこにあったのは、見覚えのある店だった。
赤と白を基調にした外観。
庇の形。看板の配置。
どう見ても、すき乃家だ。
ただし。
壁は石造りで、少し古びている。
看板の文字は同じ配置なのに、彫り込まれた金属製。
周囲にはアスファルトではなく、石畳の道。
街灯の代わりに、ゆらゆら揺れる松明の光。
中世ヨーロッパ風――そんな言葉が頭をよぎる。
「……は?」
思わず声が漏れた。
見上げると、空はやけに高く、星が近い。
遠くから聞こえるのは、車の音じゃない。馬の足音のような、鈍い響き。
一度、深呼吸をして、店の中に戻る。
とりあえず、だ。
とりあえず、腹が減っている。
カウンターに座り、ようやく箸を取った、そのとき。
――カラン。
ドアベルの音。
反射だった。
体が先に動いた。
「いらっしゃいませー!」
顔を上げると、そこに立っていたのは、くたびれた鎧を着た男だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
真夜中の牛丼屋って、少しだけ世界から切り離された空間な気がしませんか。
この物語は、そんな場所がもし異世界にあったら、というところから始まります。
よければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。




