【8話】「聖都行き」
峠を越え、南に下ると、気候は一転して穏やかになった。雪原の白は消え、やがて緑の平野と青々とした河川が視界を広げていく。
その先に――白亜の塔が天に突き立っていた。
「聖都……アルヴァティア」
ミリアの声は自然と敬虔さを帯びていた。
七つの鐘楼が環状に並び、その中心で輝く巨大な尖塔は、光を受けて黄金にきらめいている。
街へ近づくにつれ、人々の往来は増え、巡礼者が祈りを捧げ、吟遊詩人が聖歌を奏でていた。
ユウは思わず息を呑む。
「……まるで、別の世界みたいだ」
「この国の心臓部だからな」ガロンが腕を組む。「戦も裁きも、ここで決まる」
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到着してすぐ、ギルド本部でAランク正式認定のための手続きを行うことになった。
だが式典は翌日。今日は束の間の自由時間だ。
「せっかくだし、街を案内するわ」ミリアが笑う。
石畳の大通り、露店に並ぶ工芸品、香辛料の香り。リゼは肉串に目を輝かせ、ノエルは古書店に吸い込まれそうになり、ガロンは樽酒を吟味していた。
そんな仲間の姿に、ユウは少し肩の力を抜いた。
だが、その平穏を裂いたのは――鐘楼の荘厳な鐘の音。
人々が流れのように聖堂へ向かう。
「今日は“神剣”の開示日か」ミリアが囁く。
「神剣?」
「聖都に祀られている、伝説の剣よ。勇者を選ぶとも言われるけど……ただの象徴だと思う人も多いわ」
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荘厳な大聖堂。
中央に鎮座するのは、透明な水晶に封じられた一振りの剣だった。
光を纏う白銀の刃。見ているだけで胸の奥が震える。
(……なんだ、この感覚は)
ユウは気づけば前に立っていた。
水晶越しに剣がわずかに震え、微光が走る。
「おい……今、反応したか?」ガロンが目を見開く。
「気のせいじゃない。確かに共鳴した」ノエルも囁く。
ざわめきが広がり、人々の視線がユウへ集まる。
だがミリアがさっと手を伸ばし、彼を庇うように立った。
「……行きましょう。騒ぎになる前に」
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聖堂を出たところで、一人の男が待っていた。
長身にして痩せぎす、深紅の法衣を纏った枢機卿。
鋭い鷹のような眼差しが、ユウを射抜いた。
「初めて見る顔だな。名は?」
「……ユウです」
「なるほど。聖剣に反応した男か」
その口調には、賞賛よりも冷徹な観察が滲んでいた。
ミリアが一歩前に出る。
「枢機卿ヴァルド様。彼は私の仲間です」
「仲間、か。ならば大事にするがいい。ただし――覚えておけ。聖剣に選ばれる者は、常に世界の均衡を乱す」
その言葉を残し、ヴァルドは背を向けて去っていった。
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宿に戻り、ユウは窓辺で夜空を見上げた。
剣の光がまだ瞳の奥に残っている。
(俺は……選ばれたのか? それとも、ただの偶然か)
ミリアがそっと隣に座った。
「気にしないで。剣は気まぐれよ。大事なのは、今あなたが仲間と共にあること」
その声に、ユウはようやく肩の力を抜いた。
「……ああ。そうだな」
だが胸の奥に生まれたざわめきは、消えることなく静かに残り続けていた。
――次回、「花街の夜、密やかな契約」