【5話】「火口狼の巣」
街を出て二日目、熱気がじわりと肌を焦がす峡谷を進む。岩肌は赤銅色に光り、ところどころから硫黄を含んだ煙が吹き上がっていた。
ここは〈火口狼〉の棲み処。灼熱の地脈に巣食う獰猛な魔獣で、牙に炎を宿すという。
「空気が重い……」
弓手リゼが鼻をひくつかせ、マントを翻した。彼女は獣人の血を引いており、嗅覚は人一倍鋭い。
「群れの匂いがする。十は下らない」
「俺が受け止める。後ろは任せた」
巨盾ガロンが短く言い、背に担いだ盾を地面に突き立てた。厚さ十センチの黒鉄が、熱気に淡く赤光を帯びる。
「ノエル、支援を」
「心得ているわ」
魔導士ノエルが指先で符を描き、空気を冷却する魔法陣を展開する。熱気がわずかに和らぎ、呼吸が楽になった。
聖女ミリアが全体を見渡し、頷いた。
「じゃあ作戦通り。ユウ、あなたは決定打を」
「了解」
⸻
最初の咆哮は、地の底から噴き上がる蒸気と共に響いた。
火口狼の群れが現れる。炎を纏った牙、赤く光る眼。熱波と咆哮で一帯の空気が震える。
「前方三、右に二!」
リゼの声に即応し、ガロンが盾を構えて突進を受け止める。
火花と炎が散り、鉄と炎がぶつかる轟音が峡谷にこだまする。
「ガロン、三秒耐えろ!」
「分かった!」
ノエルの詠唱が響く。青い魔方陣が浮かび、火口狼の脚を氷鎖が絡め取った。
ミリアの結界が背後に広がり、仲間を炎の粉塵から守る。
「ユウ、今!」
「任せろ!」
ユウは半歩だけ踏み込みを遅らせ、火口狼が暴れるタイミングを待った。拘束が緩んだ瞬間――木剣を握り直し、腰のひねりを加えて突きを放つ。
切っ先に魔力を通す。内部に揺らぎが走り、狼の動きが一瞬止まった。
そこにガロンの盾打ちと、リゼの矢が同時に決まる。
「よし、崩れた!」
「次!」
戦線は激しいが、呼吸は合っていた。
サザンカに教わった「隊の剣」。仲間の動きに合わせ、必要なときに遅らせ、急ぐべきときに急ぐ。
孤立無援の剣ではなく、仲間と響き合う一撃。
ユウの一振りは、戦局の歯車を確実に回していった。
⸻
「残り二!」
リゼが声を張る。最後の二体は群れの中でもひときわ大きい。火口狼の群れを率いる、王種だ。
片方は鬣を炎のように燃やし、もう片方は爪に溶岩を滴らせている。
「ガロン、受けきれるか?」
「盾が焼け落ちる前に決めろ!」
王種が前進した瞬間、地面が爆ぜ、熱風が巻き起こる。
ガロンが踏ん張り、盾で突進を受け止める。鉄が赤熱し、火花が弾ける。
「ノエル、拘束は?」
「王種には効きが甘い!」
「なら俺が止める!」
ユウは盾の隙間に身を滑らせ、王種の前足を狙った。
熱が肌を焼き、喉を焦がす。それでも一歩を遅らせて踏み込み、剣を突き出す。
内部を震わせる一撃が、筋を裂き、動きを止める。
その瞬間、リゼの矢が片目を射抜き、ノエルの氷槍が顎を貫いた。
残る一体。ミリアが前に出る。
「神聖結界、顕現!」
聖女の祈りが光を編み、炎の爪を受け止める半透明の壁が出現する。
その隙にユウが跳び込み、最後の一体を突き崩した。
⸻
静寂。
峡谷に残ったのは、焦げる匂いと、仲間の荒い息だけだった。
「……ふぅ。全員無事?」
「かすり傷程度だ」ガロンが盾を地面に落とす。
「リゼも問題ないわ」
「ノエルも。……けど、あなた、本当に凄いわね」
ノエルが眼鏡を押し上げ、ユウを見た。
「あの踏み込み。わざと遅らせて、敵の動きを封じるなんて。普通なら怖くてできないわ」
「師匠に叩き込まれたんだ。仲間と呼吸を合わせる一撃、だってさ」
ミリアが微笑む。
「素敵ね。あなたがいてくれると、戦いが驚くほど楽になる」
その言葉に、ユウの胸が熱くなる。
追放されない――その誓いは、今では「仲間と共に歩むための力」に変わっていた。
⸻
街に戻った〈銀百合〉は大歓声で迎えられた。
ギルドは火口狼の群れ討伐を高く評価し、追加報酬を授与。酒場では夜遅くまで歌と笑いが響き渡った。
「ユウ、改めてようこそ」
ミリアが杯を差し出す。
「これから大きな任務も増える。覚悟はいい?」
「ああ。どこまででも行くさ」
杯を打ち合わせる音が響き、仲間たちの笑い声が夜を彩った。
ユウはその輪の中で、心からの安堵を覚えた。
(俺は、ここにいる。仲間と共に――)
――次回、「ただいま、明日へ」




