【12話】「闘技祭の幕開け」
聖都の朝は、まだ陽が完全に昇る前からざわめきに包まれていた。
広場には露店が並び、旗と花が通りを彩る。鐘楼の七つの鐘が次々に鳴り、闘技祭の始まりを告げた。
「人の数が……倍どころじゃないな」
ガロンが腕を組み、群衆を見渡す。
ミリアは冷静に頷いた。
「いい機会よ。人が多いほど、誰が何を運んでいるかは紛れやすい」
ノエルが手にした鞄を軽く叩く。「三つの封筒、確実に届ける」
リゼは屋台の上に軽やかに飛び上がり、人波を見下ろす。
「監視がきつい。枢機卿側も、何か掴んでるんだろうね」
「だから俺が囮になるんだろ」
ユウは木剣を肩に担ぎ、笑った。
「俺が前に立って目立てば、視線はそっちへ流れる。無能じゃないってところを、みんなに見せてやる」
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闘技祭の開会式。
円形闘技場に、聖職者と審判、そして聴衆がひしめいていた。
中央に立つ審判が高らかに告げる。
「本戦出場者の前に、技量を示す者あり! 市井の剣士たちよ、勇気を示せ!」
ざわめきの中、最初に呼ばれたのは――ユウだった。
観客席からどよめきが上がる。「神剣に呼応した男だ」「本当に?」
ユウは深呼吸し、闘技場の砂を踏みしめた。
(弱ければ切り捨てられる。だから、俺は強くある)
相手は二人の熟練剣士。片手剣と槍。どちらも闘技祭常連の強者だ。
「若造、ただの見世物と思うなよ」
「こっちも全力で行く」
開始の合図。槍が突き出され、片手剣が斜めに斬り込む。
ユウは半歩、遅らせて踏み出した。
木剣が槍の石突を叩き、わずかな震えを通す。衝撃で槍の動きが半拍遅れ、剣士との連携が崩れる。
その隙にユウは剣を滑らせ、片手剣の手首を打った。金属が跳ね、剣が宙を舞う。
「なっ……!」
観客席がどよめいた。
もう一人が槍を構え直す。だがユウは焦らず、足元の砂を蹴り上げ、半歩後ろへ引いた。
槍の突きが空を切る。振動の余韻で柄が揺らぎ、ユウの木剣が的確に肩口を打ち据えた。
槍兵が呻き、膝をつく。
審判が手を上げた。
「勝者、ユウ!」
歓声が闘技場を満たす。
ユウは剣を納め、静かに一礼した。
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その頃、観客席の人混みに紛れて――ノエルとリゼが封筒を投函していた。
一つは聖都ギルド本部の伝達箱へ。
一つは王都監査局の使い走りへ。
一つは武具ギルド連合の代表に直接手渡される。
「よし、三つ完了」リゼが頷く。
ノエルは視線を巡らせ、少し眉を寄せた。
「……見られてる」
遠くの貴賓席。深紅の法衣の男――枢機卿ヴァルドが、じっと闘技場を見下ろしていた。
その目は勝利を祝うでもなく、ただ冷徹に“観察”している。
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控室に戻ったユウは、仲間の顔を見て安堵した。
「上手くいったな」
「完璧よ」ノエルが封筒の写しを掲げる。「これで逃げ道は潰された。証拠は三方向に流れたわ」
ミリアが笑みを浮かべる。
「市民の前であなたが勝ったことも、大きいわ。噂はさらに広がる。あなたは――強く、役に立つ存在だと」
ユウは胸の奥に灯がともるのを感じた。
(無能だから追放される――なら、俺はその逆を行く。強くなって、絶対に追放なんてされない)
闘技場の外から、再び大歓声が湧き上がった。
聖都を揺らす戦いの幕が、今まさに開こうとしていた。
――次回、「血戦の闘技場」




