野球選手育成ゲームに転生する前の話
天才チート野球部員になる前、俺は引きこもりだった。
小学生の頃は優等生、中学で保健室通い、高校に入ってすぐ不登校。
8月の猛暑日も俺には関係ない。俺を苛めた奴らが青春を謳歌している今も、がんがんエアコンの効いた部屋で野球選手育成ゲームをしていた。
その中に、チートバグを起こした天才選手がいた。
名前は「道明寺薫」
俺の名前だ。
昔から「名前だけは格好いい」と言われ続けていた。そんな俺の忌まわしい本名がまだ誇らしかった小学5年生の時。
クラスメートの男子が遊びに来た際に持ってきた携帯ゲーム改造機で、全ての能力がカンストしたチートの野球選手、道明寺薫が完成した。
球速は150~165㎞。コントロールは完璧。存在するすべての球種の変化球が投げられる。
バッターとしてボールを捉える能力もカンスト。長打力はMAX。
走力も異常な速さで、肩の強さはレフト前ヒットの打球をキャッチして一塁にものすごい速さで投げてレフトゴロにしてしまうレーザービームの送球ができる。
「すげえじゃん!ありがとう!」
そう喜ぶ俺は、草野球はしていたものの、ライトで9番のヘタクソだった。でも、毎日が楽しかった。
しかしその後、中学で思春期を拗らせ、いじめのターゲットにもなった。段々と教室にいることが億劫になり、適当に受けて受かった滑り止めの高校も3日も経たずに登校拒否した。
あんなに大騒ぎしていた両親も今では何も言わない。母親は食事を運びに来るだけだ。
何もかもうまくいかない人生と違って、画面の向こうの薫くんは無双状態だった。チートバグの道明寺薫のまま育成モードをプレイすることもできたので、俺はチートな日々を過ごす自分を操作して鬱憤を晴らしていた。
育成モードは高校生になり切ってイベントを消化する。能力はもうこれ以上上げようがないので、やたらと勉強してみたり、商店街を部員仲間とうろついて買い食いしたり、ヒロイン候補を片っ端から口説いて三股も四股もかけてみたり。
デジタルの世界で自分が高校生活を謳歌すればするほど、虚しさは募った。母親の用意したそうめんとおにぎりを食べた。おにぎりは俺の好きな昆布が入っていて、今でも自分を見捨てない親の健気さに鼻がツンとした。
カーテンを開けて夏の陽射しを浴びたあとため息をつき、エアコンでキンキンに冷えた部屋から一歩も出ないまま昼間の2時過ぎに三度寝した。
まさか、起きたらマウンドに立ってるなんて誰も思わないだろう。




