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柳南市奇譚⑫サソリ

12月の冷たい風が吹き抜ける、夜21時



高宮衛(たかみやまもる)は、新幹線から柳南駅(りゅうなんえき)のホームに降り立った



きのうの駅前商店街での事件で、‘‘銀色の類人猿’’のボディブローを食らい、肋軟骨(ろくなんこつ)亀裂骨折を負ってしまった高宮



今日は、玉串県支部(たまぐしけんしぶ)代表として、隆道会館(りゅうどうかいかん)の全日本大会に出場するはずだったのだが、欠場となり、いま同大会を観戦して、帰ってきたところだった







「やはり、優勝は久本拳悟(ひさもとけんご)だったか…今年こそ、勝ちたかったがな…」



そう呟きながら、改札口を出て、帰路につこうとするが、



「おっと、メシを食ってから帰るとするか…」



そう思い直し、昨日大騒動があったばかりの、駅前商店街に入っていく



たしか、このところ評判のラーメンチェーン店が、このあたりに新しく出店したはずだが…などと考えていたところ、







「なあ、いいだろ姉ちゃん、俺たちと遊びに行こうぜ…!」



薄暗い裏路地の方から、そんな声が聞こえてきた



見ると、いかにもな柄の悪い3人の男たちが、1人の女性に絡んでいる



「………」



絡まれている女性は、何も言わずにただ、立っている



年齢は、二十歳前後くらいだろうか。なかなかの…いや、かなりの美人だ。首に巻いた、黒革の極太チョーカーが、ひときわ印象的だった



その美人は、男たちに対し、嫌そうな素振りでも、怖がっている風でもなく…ただ、心ここにあらず、という感じに、高宮には見えた



迷惑がっている、あるいは怯えている、という様子があれば助けに入るのだが、どうしようか…と、高宮が判断に迷っていると、







「おいそこのお前!何見てやがる!」



先に向こうから、目をつけられてしまった



「とっとと失せろ!それとも、何か文句でもあんのか?」



丁度いい、向こうから火種を作ってくれた。これに乗っかっておくか



「そうだな、お前たちにそのコはもったいない。出直してきな」



「なんだとてめぇっ!」



適当な煽り文句だったが、どうやら上手くいったようだった







「かっこつけてんじゃねえっ!」



そう言いながら、3人の中で最も大柄な男が、右拳で殴りかかってくる



だが、素人丸出しのテレフォンパンチを高宮が食らうはずもなく、あっさりとサイドステップでかわし、相手の右サイドに回り込む



そして、傷めているアバラに負担をかけないよう、最小限の動作で右拳を肝臓の位置に打ち込む



「ぐえぇっ!」



その場にうずくまる、大柄の男



「この野郎っ!」



間髪入れず、いちばん小柄な男が両手で掴みかかってくるが、



高宮は右手の親指を、まっすぐ相手の喉仏にカウンターで突き込む



「ぐぅっ………っ!」



両手で喉を押さえながら、声にならない悲鳴をあげつつ座り込む小柄の男



さて、残るはあと1人…



と思ったところ、最後の1人の姿が見えない



「…むっ!」



気づいた時には、もう遅かった



3人目の男は、気配を殺し、高宮の背後に回り込んで、ナイフを振りかざしていたのだ!



「しまった…!」



やられる!…と思った瞬間、



「………」



ばったりと、ナイフの男がその場に倒れた



「え………?」



見ると、ナイフの男は意識を失っている







「危なかったね」



そこには、いつの間にか、絡まれていた女性が立っていた



「………君が、助けてくれた…のか?」



「…まあね」



やれやれ、という様子で言う女性



「私を助けようとして死なれたんじゃ、さすがに気が咎めるからね…人助けもほどほどにしときなよ、おじさん」



そう言う女性だったが、



「…いったい、何をした…?どうやって、この男を倒したんだ…?」



高宮の興味は、もうそちらに移っていた



「…どうでもいいじゃん、そんなこと」



面倒そうに女性は言うが、



「…いや、ぜひ知りたいな。自分よりも10センチ以上は高く、20キロは重いだろう男を、君がどうやって倒したのか…」



その女性の体格は、せいぜい165センチ前後、50キロ前後と言ったところだろう



見た目に反して、意外にも何らかの武術・格闘技の熟練者だったとしても、ここまで鮮やかに大の男を倒してのけたことが、にわかには信じがたかった



「………仕方ないな、じゃ、これは助けようとしてくれたことへの、お礼のかわりだよ…」



その女性はそう言うが早いか、左手で何かを高宮の顔目掛けて投げつけてくる



「なっ…!」



あわててそれをよける高宮



「うっ…?!」



気がつくと、女性の右手が自分の首に突き付けられていた



その手には、一本の針が光っている







「動かないで。この針には、猛毒が塗ってあるよ」



「………!」



言われるまでもなく、高宮は動けなかった



「おじさんは、なかなか強いみたいだけど…悪いけど、ケンカどまりのレベルだね。本当の実戦に、体格やパワーなんて意味はないよ。重要なのは、スピードと正確さだよ。…反論、できないよね?」



有無を言わさぬ静かな迫力で、その女性は言いはなった。もちろん、高宮に反論の余地はなかった



「………わかった…殺さないでくれ」



高宮は小さく両手を挙げ、降参する



「………ふふ、殺さないよ」



女性は、右手を下ろし、針をしまう



「だいじょうぶ、この男は眠ってるだけだよ。表には出回らない、強力な麻酔薬を使っただけだから」



ナイフの男を見下ろしながら、そう言う



「………君は、何者なんだ?」



こわごわ両手を下ろしながら、聞く高宮



「逃亡中の、元殺し屋…と言えば、だいたい伝わる?」



にっこりと微笑みながら、女性は言う



「………本当に、そういうやつが世の中には居るんだな…」



「まあね。勉強になった?おじさん」



「…おじさんは勘弁してくれ…高宮衛だ」



「そう…私は…‘‘ビー’’って呼んで」



「………‘‘蜂’’の、ビーか」



「そう、組織では、サソリって呼ばれてたけどね…キライなんだ、ダサいから」



笑いながらそう言って、



「じゃ、これ返すね」



差し出されたのは、



「え?…俺のスマホか?いつの間に…」



「LINEつないどいたから、送ったら返事してよね。逃亡生活って、すごくヒマなんだよ…それじゃね」



ビーは、手を振りながら去っていった







「ううっ…!」



大柄と小柄が、ぼちぼち起き上がりそうな気配だったので、高宮も急いでその場を離れるのだった…







「元殺し屋…か」



「今年は…幽霊と、鬼の末裔と、科学の暴走と、超能力者の赤ちゃんと…」



「まるで、少年マンガの登場人物になってしまったような1年だったな…」



そう呟きながら、お目当てのラーメン屋に向かって歩き出す、高宮だった…







次の日



有休を取って自宅でくつろいでいた高宮の、スマホの通知音が鳴った



「………あいつからか…本当に、LINEしてくるとは…」



いったい何と送ってきたんだ…と、とりあえず開いてみたところ、



「…!」



そこには、こう記されていた







「おじさん、たすけて」







高宮が、ビーからのLINEを受信した時間から、30分ほど前のこと



ビーは、柳南駅前のビジネスホテルの1室に居た



特にすることもなく、愛用の針の手入れをしていたところ、







コンコン



部屋の扉をノックする音が響く



「………」



逃亡中の自分を訪ねてくる客など、居るはずがない



居るとすれば、それは…



「…こんな田舎街の防犯カメラまで調べて、追ってくるなんてね…」



そう呟いて、



「どうせ、窓の下も、非常階段も、逃走経路になりそうなとこは全て塞いでるんでしょ…」



言いながら、少し支度をしておいて、



部屋の扉へと向かう



そして、そのまま扉を開ける







「久しぶりだな、サソリ」



「………私はもう、会いたくなかったけどね…」



そこに立っていたのは、ルパン三世の次元を思わせる黒いツマミ帽を被り、黒いロングコートを羽織った、長身の男だった



「サソリ、組織からは逃げられないことが、これで分かっただろう…大人しく戻ってくるんだ。まだまだ、お前にやって欲しい仕事がたくさんある」



「………イヤだと言ったら?」



「ふふ、お前を殺してしまうのは勿体無い…言うことを聞いてくれるようにするまでだ。少々ウデが落ちることになっても、クスリ漬けにして、言いなりになってもらう」



「………どっちも、イヤだね」



「お前の意思など、知ったことではない」



その言葉と同時に、廊下の曲がり角から、全身黒づくめの5人の男たちが現れる



「………」



ビーが、男たちの方に視線を向けた、その時!







ジリリリリリリリリリリリリリリリ!



突然、非常ベルが鳴り響いた!



「なっ?!」



ツマミ帽と、5人の男たちの注意が逸れた直後、



「………」



いっせいに、5人が床に倒れる



「…腕は、落ちてないようだな」



男たちの体には、それぞれ1本の、ダーツの矢が刺さっていた



ビーは、扉を開く前に、部屋の火災報知器の下にマッチの火を仕掛けておき、隙を作らせたのだ



「だが、俺がいる限りお前は逃げられんよ」



自信満々に、ツマミ帽が言う



その右手には、スタンガンがあった



「1対1なら、私にも勝機はあるよ…」



両手に針を構え、ビーも言う



「………」



じりじりと、両者が間合いを詰めていく



そして、



同時に飛び込み、互いの攻撃が交錯した!







「………」



床に倒れたのは、ツマミ帽だった



「………腕が落ちたね、あんた」



そう言って、ビーはツマミ帽に背を向ける



「さて、どこから逃げようかな…」



ビーが歩き出そうとした



その時!







「ぐうっ!」



背中に強烈な衝撃を受け、倒れるビー



「…ふふ、油断したな。狙い通りだ」



そこには、ツマミ帽がスタンガンをバチバチと鳴らし、立っていた…







「ふふ、気がついたか」



「………最悪の、寝覚めだね」



意識を取り戻したビーは、自分が椅子の背もたれに体を縛りつけられた状態で座らされ、さらに両手両足も縛られていることに気づく



どうやら、先ほどのビジネスホテルから、場所もどこかへ移動したようだった







「たしかに刺したと思ったんだけど…?」



「お前を捕らえるためには、それなりの準備をしてくるさ…新開発の、防針衣(ぼうしんい)だ」



コートをめくって見せるツマミ帽



「よっぽど自信がなかったんだね、あんた」



憎々しげに吐き捨てる、ビー



「自信やプライドなど、仕事の邪魔にしかならんさ」



笑いながら言う、ツマミ帽



「さて、どうする?大人しく戻るか、クスリ漬けになるか…俺は正直、どちらでも構わん」



「………」



唇を噛み、ツマミ帽を睨みつけるビー



「時間のムダだな…おい」



後ろを向き、先ほどビーに眠らされた5人組に声をかけるツマミ帽



そのうちの1人が、注射器をツマミ帽に手渡した



「特別に調合したヘロインだ…」



注射器を手に、ビーに近よりながら、



「ところでお前、どうして逃げたんだ?」



「………悪党なら、殺すのもアリだろうけど、あんな小さな子供を殺せなんてのは、ナシだよ…!」



睨みつける視線を外さずに言う、ビー



「世の中には、莫大な金を払ってでも消えて欲しい、と思われてる子供も居るってことさ…それが、俺たちの商売だ」



「………外道どもめ…」







ツマミ帽の持つ注射器の針が、ビーの腕にあと10センチと迫る







「なんだ貴様は!…ぐぅっ!」



突然、誰かの叫び声が上がった



その場に居る全員が、その声の方を向く







倒れていく、5人組のうちの1人







そして、その向こうに立っていたのは、







両手にそれぞれ、長さ1メートルほどの鉄の棒を持ち、



銀行強盗が使うような、黒い目出し帽を被って顔を隠した、体格の良い男だった







「…おじさん…!」



「おじさんはよせって言ったろ…あ、でも今は、名前で呼ぶなよ…!」



そう、それはもちろん、高宮だった







「まさか、位置特定アプリまで入れてたとはな…用意が良すぎるぜ…!」



言いながら、自分に近い者から順に、左右の短棍で打ち倒していく高宮



まさかの侵入者の登場に完全に不意をつかれ、あっさりとやられていく残りの4人



あとは、ツマミ帽との一騎討ちとなる…



…が!







ダァァァン!



突然響く、銃声



「おじさんっ!」



「…どこの誰か知らんが、調子に乗り過ぎだ…」



倒れる、高宮



「お前の仲間か…?まあ、素人の助けを何人呼ぼうと、物の数ではないがな…」



銃を懐にしまいながら、再び注射器を手に取り、ビーに近づくツマミ帽



「………今度は、油断したのはあんただったね」



「なに?」



ビーの言葉に、後ろを振り向くと、



目出し帽の男が、今まさに、自分の脳天に鉄の棒を振り下ろす瞬間だった







「どうやったの?」



高宮によって拘束を解かれ、安全な場所まで避難してから、ビーはそう質問した



「大きな声じゃ言えないが、知り合いに警察関係者がいてな…以前、廃棄になるはずの防弾チョッキを1着、ちょろまかしてもらったやつを、着てきたんだ」



「………さすがに、あいつもそこまでは読めなかったね…もちろん、私もだけど」



「まあ、道具に頼った強さは、また別の道具によって覆されるってことさ」



笑顔で高宮はそう言った







「おじさんは、命の恩人だね」



そう言いながら、なんとも妖しい表情で、ビーは高宮に抱きついてきた



「…おい、よせよ」



戸惑う様子を隠しきれないながらも、そう言う高宮



「…ね、お礼をさせてよ。おじさんの、好きにしていいからさ…」



これ以上はない魅力的な提案だが、



高宮は、ビーの両肩に手を置き、そっとその体を自分から離す



「………どうして?」



不満そうに言う、ビー



「ふたつ、理由がある。俺には、婚約者がいる」



言いながら、左手薬指の指輪を見せる



「………そして、もう1つ」



「…すまないが、俺は…男とは、そういうことは…出来ん」



「………いつ気づいたの?」



なんと、ビーは男だったのだ…!







「お前は、パワーを否定していたが、スピードも筋力に依存した能力だ。あの速さは、女に出せるものじゃない」



「…さすがだね」



「そう思ったら、そのチョーカーの理由も分かった…喉仏を隠すためだろ」



「…裸になってから、驚かせて、悩ませてやろうと思ったのに。だいたい半々なんだよ、男だと分かって逃げるやつと、新しい扉を開いちゃうやつとね」



舌を出して笑いながら、ビーは言った







「これから、どうするんだ?」



「…行くあてもないし、おじさんのことも心配だから、しばらくはこのあたりに隠れてることにするよ」



「そうか、困ったことがあったら、連絡してこいよ」



「…お互いに、ね」







高宮が、じゃあな、と手を振って別れようとしたところ、







「あのね、次に会う時まで、これは預かっておくね」



その声に振り向くと、なんとビーの左手薬指に、高宮の指輪が光っていた



「なっ!お前、いつの間に…!か、返せ!」



「ふふ、それじゃね…!」







あっという間に、走り去ってしまった







「…まったく、中田どころか、直子にも話せなくなっちまった…!」







苦笑しながら、やれやれといった表情で、高宮は帰路につくのだった…!







~終~

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