use magic
スレイプル大陸。
この世界に存在する最大の大陸であり、2番目に大きなロッキニア大陸と比べてもおよそ8倍の大きさがある。この大陸には二大国家と呼ばれる国が存在し、一つがブルニア帝国、もう一つがソルトフィア皇国である。この両国は元々1つのグランドルマと呼ばれる巨大国家であったが、15代国王ドルゴルの死去後、2人居る息子の内、どちらが国王に相応しいかで国が荒れ、武芸に秀でた兄ブルニア派と魔力秀でた弟ソルトフィア派に別れ、長きに渡り争った。しかし、2年に渡る論争にも決着が付かず、どちらからともなく、相手を滅ぼせば良いという発想になり、戦争にまで発展した。
「しかし、その戦争にも決着が付かないまま時がたち、兄ブルニアも弟ソルトフィアもこのままではいずれどちらとも破滅すると感じた。そこで、互いに譲歩し、一つの国を治められないなら、国を二つに分けようと話し合った。これを後に国分会議と呼び、別々の国としてそれぞれ歩み始めた……」
「なるほどね、これ以上戦い続けて勝利したとしても、国力が減った状態で統一したのでは、直ぐに他の国に獲られてしまう。それならいっそ互いに和平してしまおう、と」
「そう、まさにその通り。そして、商業国家キスタは…」
今俺たちが何をしているのかというと、聞いての通り、この世界のお勉強だ。
昨日、俺たちが元の世界に帰る手がかりがありそうなのは、ソルトフィア皇国にある古代図書館ぐらいだとのことを聞いたが、今からこの世界について何も知らないまま出発するのはかなり無謀だ、なので最低限の一般常識くらいは知ってから出発したほうが良いと、ソロバーミュに提案を受けたので、好意に甘えることにした。
まさか大学を卒業してから異世界についての地理と歴史を学ぶことになるとは思わなかったが、これがなかなか楽しい。直接的に自分に関係があることだし、なによりもまったく知らない異世界の歴史だ。聞き飽きた授業よりも数倍楽しい。時折出てくる魔法に関する話も俺の興味をそそる内容だ。
とはいっても、流石に疲れてきた。何しろ朝から約4時間近く話を聞いているのだ、いくら楽しくても疲労が残る。
「……さて、ひとまずこのくらいにしようか?」
「やった!!!」
「ふぅ……」
俺たちの疲労を感じ取ったのか、ソロバーミュが若干残念そうに講義を締めた。どうやら彼は人に教えることが好きな人のようだ。ちなみに、休憩に露骨に喜んだのは話が始まると同時に死にそうな顔をしていたレミだ。彩も少し疲れた顔をしている。
「はは、ちょっと話しすぎたかな?」
「いや、非常に楽しい講義でしたよ。内容も良く分かりましたし。先生が良いおかげですね」
レミの発言に軽くフォローを入れる俺。まったく、こいつは空気を読まんのか。唯でさえ、こっちは好意で面倒を見てもらっている立場だというのに……
「それでは休憩にしようか、お茶でも入れよう」
「あ、俺手伝います」
お茶を入れるために立ち上がったソロバーミュに付き添い、俺も席を立つ。
台所は石造りの、よく時代劇等に出てきそうな奴だ。俺が大樽から水を汲んでくると、ソロバーミュは棚から茶葉を出し、竈に向かう。そしてごつごつとした炭に指先を向け……
『火炎弾』
短く呟くとソロバーミュの指先から直径10センチ程の火球が生まれ、炭に向かって放たれた。火球は炭に触れると炭全体を包み込み、一気に着火させた。
「おお~~すごいですね!」
初めて目の前で魔法を使うところを見て、興奮する俺。昨日はこちらが対象になっていて観察する余裕なんて無かったし、ゴーレムのロックも魔法といえばもちろん魔法なのだろうが、いまいち実感が湧かない。
詠唱とともに指先から放たれる火球という魔法らしい魔法を見ると、本当に異世界なんだと実感する。
「これくらいなら大した事ではないよ。一通り教育を受けた人間なら、誰でも出来ることさ」
そう言って、お茶の準備を再開するソロバーミュ、大した事無いって、俺にとっては人間が炎を生み出す時点で大した事だ。でも、いいな魔法。
「ソロバーミュさん、魔法って俺たちにも使えますかね?」
魔法に対する憧れからか、俺は気がついたらそんなことを口走っていた。
「君達…?そうだね、基本的に魔法は誰でも使えるが、素質というものが存在するからね……異世界の君達がどうなのかは、私にも想像が付かないな…」
「そうですか……とりあえず試してみるってのはダメですか?」
確立は0ではないのだ。ダメならダメで仕方が無い。その思いで食い下がった俺に、ソロバーミュはニコリと肯定の笑顔を返したのだった。
お茶を飲んで休憩した後、ソロバーミュは早速、俺たちに魔法を教えてくれるといった。ほぼ俺の判断で魔法を習うことを決めたが、彩もレミも特に反対することもなく、寧ろ乗り気だった。
「まず、魔法について話そうか。魔法とは一言で言えば、自分の世界を具現化させる能力の事だ」
「自分の世界?」
自分の思い描いたイメージのようなものだろうか?
「まぁ、簡単に言えばそうだが、ただ頭で考えるだけでは不完全でね。自分の心、魂にまで語りかけ、それを強く願わなければならない。これが出来るのは、人の素質に大きく左右される」
つまり、頭で考えたことを自分が本当にしたいと心のそこから願わなければならない。ということか。確かに、自分が頭でしたいと思っていても、心のどこかでそれを願わない自分や、出来ると信じない自分がいれば、それは叶わないことだからな。最近流行の鬱病というのも、この頭と心の差により、肉体に影響が出ているのではないかという説がある。
「まさにそういうことだ。そして、更にそれだけでは魔法は成立しない。今度はその自分の世界に魔力を注がなくてはならない」
「魔力?」
短い言葉で聞き返したのは一生懸命ノートを取っていた彩。手帳サイズの小さめのノートは彩が書いた小さな字と丸っこい絵でいっぱいになっている。
「そう、魔力だ。魔力というのは、万物に宿っている物で、もちろん人間にも備わっている。この魔力を消費することで、魔法が始めて成立するわけだ」
「ようするに、魔法を使うための燃料ってこと?」
レミの質問にニッコリ頷くソロバーミュ。
「では、皆に魔力があるか調べてみよう」
そういうとソロバーミュは小さな小瓶を取り出した。透き通った緑色の液体をしたそれを小さなコップに注ぎ、俺たちに手渡す。
「これは?」
「それは、私が独自に開発した薬品でね。魔力の性質を一時的に変化させて、普段内側に眠っている魔力を表面にあふれ出させると同時に魔力を可視化させることができる。これにより、特別な修行をしなくても自分の魔力を感じることが出来るようになる」
ソロバーミュの話によると、従来では自分の中にある魔力を感じるためには、1年近くの修行が必要らしい。瞑想や禅問答、禊をしてようやくおぼろげに見えてくるものだとか。一度見えて、魔力を放出する感覚が分かれば後は上達は早いとの事。この薬はその修行をすっ飛ばせるある意味裏技的なものだ。
「それは便利ですね」
「楽でいいわね」
気楽に話しながら彩とレミがその液体をグビっと飲み干した。っておい!
「お前らな……どんな副作用があるかもわからないんだぞ……」
恐らく、ソロバーミュはまだこの薬を人に試していないだろう。直感でそう感じ、ソロバーミュを横目で見ると、スッと目を逸らした。図星だな。この男、意外とタヌキだ。
といっても、まぁ命に関わるような危険があるものを彼が渡すとも思えないし、二人が飲んでしまったからには俺も飲まないわけにはいかないだろう。俺は意を決して一気に飲み干した。
変化は数十秒後に出た。最初に変化が現れたのはレミ。
「わっ!わっ!ナニこれ?これが魔力!?」
見ると、レミの体から半透明な赤いオーラのようなものが天井の高さまで迸っている。ちなみにここの天井は、3メートルはある。立ち上がって赤い魔力を迸らせるその様はまるでスーパーになった某尻尾が生えた戦闘民族のようだ。
次に変化を表したのは彩。彩の魔力はレミの物とはまったく違い、彩の周りを球状にまとっている。まるで水球のようだ色も半透明な水色をしている。
「わぁ、兄様、見てください。凄く綺麗です!」
彩はいすに座ったまま自分の周りを見渡す。ウットリとした顔で自分の周りの魔力を眺めている。
「あ、しかもこれ、動くわよ!」
「わぁ、本当です…」
はしゃぎながら自分の魔力を思うように形作る二人。それを見てソロバーミュが驚きの声を上げた。
「すばらしい!本来なら魔力を認識してから操れるようになるにはかなりの時間を要するのだが……それをわずか数分で物にしてしまうとは…それにこの魔力量、宮殿魔法精鋭部隊を遥かに上回る……」
ソロバーミュ曰く、稀にこういう天才が居るらしい。彩なんか自分の魔力でクマさん書いてるぞ。
「将来有望だな」
「まったくで、これなら、ソルトフィアでも職に困らないだろうね」
魔力で遊んでいる二人をソロバーミュと笑顔で眺める。
「時にソロバーミュさん」
「残念だったね」
「まだ何も言ってねぇ!!!」
言い終えない内にお悔やみを渡された。畜生。
何が悔しいのかと言うと、俺の状態だ。二人はどちらとも体を覆ってなお余りあるほどの魔力を持っているというのに、俺は……
「いやぁ……今まで色々見てきたけど、魔力が『無い』人は始めて見たよ……」
なんてこった。俺には、魔力と言う物が存在しないらしい。
「兄様……」
「彩、そんな可哀想みたいな目で見ないでくれ。余計に傷つく」
「可哀想ね」
「口に出すなっ!!」
くそぅ……折角異世界に来たと言うのに、魔法が使えない身体とは……100万円の当りクジを失くしたのと同じくらいショックだ。期待が大きかっただけに悔しい。
OTL状態になった俺に、ソロバーミュが救いの手を出した。
「まぁまぁ、まだ諦めるのは早いよ雅之君、これを試してみよう」
そういってソロバーミュが差し出したのは複数の指輪。金色の物もあれば銀色の物もある、豪華な物や、手作り感あふれるものと、統一感が無い。
「これは?」
ジャラジャラと机の上に転がったそれを手に取りながら、俺はソロバーミュに尋ねた。
「これは魔力強化用の指輪でね。魔力が極端に少ない人でも、通常の人よりも少し少ない程度の魔力を持つことが出来るようになる。かなり高価な物だが、一つあげよう。昨日いただいた金属のお礼だよ」
「ソロバーミュさん…」
感無量だ。にこやかに笑うソロバーミュは絶望に差した一条の光のようだ。
ソロバーミュによると、人によって魔力の総量がなぜ違うのかと言うと、魔力を貯めるタンクのような物があり、その多きさが違う為だと言う。この指輪は、そのタンクの大きさを倍化させることが出来る。しかし、通常以上の大きさの魔力を持つ人が付けても意味を成さないそうだ。指輪によりタンクを大きく出来る上限が存在するらしい。
「ただ、0は何倍しても0ですから、もし本当に雅之君の魔力が0なら……」
それ以上は言わないで欲しい。ついでにゼロゼロいうのもやめて欲しい……
しかし、これが最後の望みだ。俺は無数にある指輪の中から一番豪華な指輪を一つを取り、それを右手の人差し指にはめた。そして……
「なぜだぁぁぁぁぁ!!」
俺の絶叫が午後の森に響き渡った。
「ゼロ!?nothing!?マジでゼロ?」
「兄様…」
「雅之…」
彩と、レミまでもが俺を可哀想な目で見てくる。その目はやめてくれ!
「くそう……まだだ、まだ全部試してない!」
「雅之君、確かに指輪には相性があるが、でも……」
「お願いです!全部試してから!!」
半分涙目になりながら10個近くある指輪をはめては絶望し、はめては嘆く。
「まだだ、諦めたらそこで終りだ!」
微妙にかっこいい事を言いながらも、少し涙目なのでいまいち決まらない。俺は次々と指輪をはめていく、金色の細い指輪、銀色の豪奢な指輪。翡翠の様な宝石の指輪もあったが……
「全滅……」
まさか全部ダメだとは……半分過ぎたころから諦めかけては居たが……
「はぁ……ん?」
机に突っ伏して、絶望を全身で表そうとした時、何かが腕に当った。
それは木製の古びた指輪だった。木製の机に置かれていたので見落としていたようだ。
「なにそれ?やけにボロイわね」
「あ、それは……」
確かに、やたらと古臭い。他の指輪と比べると、明らかに効果が薄そうだ。しかし、俺はなぜか『これだ』と思った。徐に人差し指にはめる。そして……
「変化、無し?」
レミが呟く、俺も一瞬そう思ったが、どうもさっきまでとは違う、なにやら腹の辺りに違和感が……
「兄様のお腹の周りが……ほんの少し揺らいでます」
彩が近づいてきて、じっと俺の腹部を見る。確かに、俺のへそ下数センチ、所謂『丹田』の周りが微妙に揺らいでいる。と言うことは…?
「これが、俺の魔力?」
レミや彩と違い身体を覆うどころか、丹田の周りに漂う程度の貧弱な魔力、しかし俺は嬉しかった。
「ゼロじゃない……ゼロじゃなかった!!」
なにやら間違っている気もしたが……
「さて、それでは、早速魔法を使ってみましょう」
魔力がある事を確認し、今度は魔法を使う練習をするために表に出た俺たち、時刻はそろそろ午後を過ぎている。
「先ほど説明したとおり、魔法は自分の世界に魔力を注ぎ込むことで成立するものだ。しかし、自分の世界と言っても、人の思考は一辺倒ではないものでね。そこで、先人たちは言霊を使って魔法の成立を支援する方式を編み出した」
ようするに詠唱のことだな。言葉を発することによってイメージを具体化するのは、現代の科学でも証明されている。
「まずは、私が使ってみよう。イメージするのは、自分の手から生まれてまっすぐに飛んでいく火球だ。『焔よ 呼びかけに従え。 我が手に集いて 敵を撃て…火炎弾』」
魔法の詠唱と共にソロバーミュが翳した右手の先にバレーボール大の火球が生まれ、まっすぐに飛んでいく。火球は先にある案山子に直撃すると爆砕し、案山子を炎で包み込んだ。
「おお~~~~~」
歓声を上げる俺たち3人、いや、やはり派手だな。
「今の詠唱では、炎が私の声に反応して、手の先に集まるイメージを増幅するための言葉を使ったわけだね」
「へ~、詠唱って今の言葉をそのまま言えばいいわけ?」
「基本的にはそうだね。まぁ、イメージが出来れば若干言い回しが変わったりしても問題は無いが……」
一応今の詠唱が『最善』となっているらしい。まぁ、先人達が試行錯誤して作り上げたものに文句を言うつもりもないが……
「では、今度は皆の番だ。まず、詠唱を唱え、自分の世界を作る。そして、その自分の世界に魔力を注ぎ込むんだ」
なるほど、まずは自分の世界、具現化させたい現象を思い描く、次に、言葉によりそのイメージを更に鮮明にさせる。そして、そのイメージの中に魔力を注ぎこむ。
『焔よ 呼びかけに従え 我が手に集いて 敵を撃て』
イメージするのは手から生まれて案山子に飛んでいく火球。それを言葉に表す。ゆっくりと詠唱し、イメージの中に魔力を注ぎこんでいく。
右手が仄かに熱い、見ると、テニスボール大の火球が俺の右手の先に生まれ、渦巻いている。媒体も無しに燃え盛る火炎を確認し、俺は射出のイメージと共に詠唱を紡ぐ。
『…火炎弾!』
発射の命令を与えられた火球はまっすぐに飛んで行き、案山子の衣服に火をつける。
「……これが、魔法か」
「いやはや、本当に凄いね君たちは……」
隣でソロバーミュが驚きの表情を作る。何でも、通常の魔法習得は、1年はかかる。それを、ソロバーミュの手助けがあったとはいえ、わずか半日で体得するのは、尋常なレベルでは無いらしい。
「なるほどね……異世界補正って奴かもしれませんね」
「……なんだい?それは?」
「異世界に来ることで得られる特殊能力?見たいな奴です。こっちの世界にある物語では良くある話なんです。あくまでも寓話ですけどね……といっても、俺はあの二人に比べれば誤差みたいなもんでしょうけど」
俺が指差す先には、彩とレミがどれだけ巨大な火球を作れるかを競っている。その大きさはすでにソロバーミュが生み出した火球の倍はある。俺の物と比べると、スイカとテニスボールぐらいの差だ。もはや悔しさも起きない。
「まったく、本当に凄いね君たちは……」
ソロバーミュもどこかあきれたように呟き、燃え盛った畑を鎮火すべく、消火作業に移るのだった。
ついに魔法を覚えた雅之たち、さて、これからが新しい旅のはじまり?です。