we meet man2
「どうぞ」
コトリ、と淹れたてのコーヒーが入ったカップが目の前に差し出された。
「あ、どうも」
一言お礼を言って、口を付ける。久しぶりのコーヒーの味。俺は、確かに文明に触れていることを感じ、今までの苦労が報われた気がした。
「さて、それで君たちは私に何のようなんだい?」
コーヒーを入れてくれた青年―ソロバーミュと言ったか―が俺に尋ねた。にっこりと笑う顔には、敵意は無さそうだ。
「あ、いえ。俺たち、ソロバーミュさんに用があったわけではなくて、ただ偶然立ち寄っただけなんです」
「偶然立ち寄った?こんな何もない密林に?」
すっと、ソロバーミュの目が細められる。まずいな、切り出し方を間違えた。これは警戒されている。このままでは、そのまま追い出されかねない。しかし、かと言って取り繕った嘘を言っても、この人には無駄だろうと俺は判断し、正直に話をすることにした。
「実は、俺たちの乗っていた飛行機がマシントラブルで落っこちて、なぜ助かったかは分からないのですが、気がついたらこの森から南東に行ったところにある海岸に打ち上げられていたんです。それで、救助が来る見込みも無かったんで、思い切って人里を探しに密林の探索をしていたところに、ソロバーミュさんの家を発見したんです。入ったのは、町までの道のりを聞きたかったのと、何らかの援助をして頂ければと思いまして…」
だんだん営業トークになっていく俺。仕事の癖が出てしまった。余計に警戒させてしまったか?と懸念したが、ソロバーミュの顔は先ほどの警戒顔から、困惑顔に変化している。
「『ヒコウキ』?『マシントラブル』?言っている意味が分からないな」
「飛行機です、ええと、flight Machine、で通じますかね?あ、英語ではAirplaneかな?あれです、空を飛ぶ機械です」
ソロバーミュさんは日本語ぺらぺらだが、まぁ知らない単語もあるのだろう。俺は飛行機について何とか通じるように説明しようと思ったが、我ながらなんと言う稚拙な説明だろうか…しかし、その直後ソロバーミュさんが奇妙なことを言い出した。
「空を飛ぶ機械!?馬鹿な…ブルニア帝国の秘密兵器か?しかし、なぜこんな子達が…」
「あの?ソロバーミュさん?」
ぶつぶつと独り言を言い出したソロバーミュさん。その顔は至って真剣だ。
「あ、ああすまない。じゃあ、今度は君たちの質問に答えようか?」
「ありがとうございます。まず、ここはどこになるのでしょうか?町に出るには、どう行けばいいのでしょうか?」
色々と気になることがあるが、まずは場所の確認だ。人里を探すのが現在の最優先事項なので、それだけは先に押えて置く。
「ここはソルトフィア皇国の南東にある、クシャの森だよ。ここから北西の方向に15キロほど歩けば、街道に出るから、それに沿っていけば、クバレの街に着く」
ソルトフィア皇国…?そんな国あっただろうか?なんだか嫌な予感がするが、リアクションは後に取っておいて、質問を先に進める。
「なるほど…では、もう一つ、ソロバーミュさんはどういった方なんでしょう?」
これも重要事項の一つ、この人が信用出来る人かどうか?それを確かめないといけない。といっても、簡単に話してくれるとは思えないが…
「ただの世捨て人だよ。今はここで錬金術の研究をしている」
……まずい、嫌な予感が膨らんで来た。
「では、最後に。そこにいるのは、なんですか?」
もっとも気になっていた質問を投げかける。俺が指差したのは、先ほど俺を襲ってきた土くれ人形。
「ああ、あれはストーンゴーレムだよ。多少私好みに作っているがね。……見たことが無いのかい?」
……これは、まさか
「ソロバーミュさん、世界地図ってありますか?」
「?…ああ、これだよ」
そういってソロバーミュが手渡してきたのは、古ぼけた地図。俺は地図を開き、左右の二人にも見えるようにしたが、正直、まったく分からなかった。
その地図は、異様だった。中心に最も大きな大陸が一つ、その左上に縦に細長い大陸、その下に小さめの大陸、地図右上には諸島群があり、その下にはもう一つの島国とも呼べる大きさの大陸がある。
要するに、まったく見たことの無い地図。俺たちはその地図を前にして、言葉も出せなかった。
「………すみません、ソロバーミュさん。少しだけ3人で話をしていいですか?」
「かまわないよ」
ソロバーミュさんは、そういうと「私は少し下に行っているから」と地下の研究室に降りていった。ゴーレムもその跡に続く。残された俺たちは暫く沈黙していたが、最初に彩が口火を切った。
「兄様、どうなってるんでしょう?この地図、明らかに変ですよね?」
彩は地図を斜めにしたり、横向きにして見方を変えている。確かに、外国の地図は、日本の物と違い、中心が日本に無いため、まったく見たことの無い地図に見えるし、一部の地方では、南が上の地図や、東が上の地図もある。しかし、これはそんなレベルの問題ではない。
「そうね、それに、さっきの人形……」
「しかも、あの人、飛行機の存在を知らない上に、錬金術師と来た…」
事実を再度並び挙げる。暫くの沈黙が流れた後、レミが口を開いた。
「ねぇ、雅之。私、こんな展開、どっかの漫画で見たことがあるんだけど……」
俺も同感だ、動く土くれ人形、見たことの無い世界地図、錬金術、そして……レミたちを助けるときに見たドラゴン。
「それに、気づいたか?ここの星座、俺が知っているものとはまったく違う」
そう、先日気づいた違和感、俺はあまり星座に詳しくないが、それでも代表的なものくらいは知っている。しかし、以前見たときはそれらがまったく見当たらなかった。
「やっぱりここは…」
「やっぱり、なんだい?」
不意に後ろから聞こえたソロバーミュさんの声、しかしその声は冷たく落ち着いており、先ほどの友好的な物とは異なっている。
俺たちがゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはやはり、ソロバーミュが居た。しかし、手には赤い宝石がはめ込まれた杖を持っており、彼の周りにはバレーボール大の火球が4つ、宙に浮かんでいた。
「君たちは、何者だ?ストーンゴーレムを知らない様子だし、空を飛ぶ乗り物で来たという、ブルニアの間諜か?」
火球で威嚇しながら俺たちに話しかけるソロバーミュさん。まずい、これは言葉次第では殺される。俺は慎重に言葉を選んで、話しかけた。
「待ってください。もしも俺たちが間諜なら、もっとマシな言い訳をしますよ」
「では、私の質問に答えたまえ、嘘はつかない方が良い。先ほど君たちが飲んだ物に、特殊な魔法薬を混ぜておいた。嘘と分かった瞬間、君たちは消し炭になると思いたまえ」
思わず喉に手をやる。しまった、最初から疑われていたのか?だとするとこの男、とんだタヌキだ。
「一つ、君たちはこの国、ソルトフィアに仇なすつもりか?」
「いいえ」
一つ一つの問答が命に関わる。俺は一歩前に出て、彩たちを隠す。
「二つ、君たちはどこから来た?」
「日本、から来ました」
「ニホン…?聞いたこと無いな」
「本当です!嘘ではありません!」
冷や汗が出た。本当に嘘を発見できるのかどうかはともかく、ソロバーミュが聞いた事も無い国名を挙げたのだ。『疑わしきは罰する』ということで消されてもおかしくない。
「ふむ…ニホン、というのは国名かな?では、その地図のどこにあるのかを言ってみたまえ」
最悪の質問が来た。適当な事をいって嘘がばれたら確実に殺される。しかし、正直に言っても……
「この地図にはありません」
「っ!彩…」
迷っている俺の代わりに答えたのは、彩だ。一歩前に踏み出し、俺と並ぶ。
「それはどういう意味かな?」
警戒と、困惑、それによく分からない感情を醸し出しながら、ソロバーミュが尋ねた。
「私たちは、別の世界から来ました」
ついに真実を打ち明けた彩、俺はもうどうにでもなれという気持ちで、彩の続きを引き受けた。
「俺たちにも、詳しいことはわかりません、でも、見慣れない地図に星座、そしてそこのゴーレム。どれも俺たちの世界には存在しない物です」
「ふむ、しかし、それは君達の主観であって、私にとっての説得材料にはならない。それをどうやって証明する?」
難しい質問だ。確かに俺たちにとってここが異世界である証明は無数に存在するが、それはソロバーミュにとって俺たちが異世界人であることの証明にはならない。
「これで証明になるかしら?」
そういってレミがポーチから取り出したのは携帯電話。俺のは水で壊れてしまったが、レミの物は防水仕様となっており、問題なく稼動した。
ソロバーミュは警戒しながらもそれを受け取り、驚愕した。
「な…何だこれは!?こんなに小さい箱なのに鮮明な動く絵が!?」
ソロバーミュは、レミがとった過去の動画を見ながら感嘆の声を上げた。その声からは敵意が消え去っている。俺は、自分たちの命の危機が去ったことを確信した。
「これで、信じてもらえました?」
「いや、すまなかった」
再び先ほどの席に座り、ソロバーミュがコーヒーを入れてくれる。
「いや、俺たちも、まだ半信半疑ですからね」
正確には、信じたく無いといったところか。しかし、恐らく疑いようの無い事実、俺はコーヒーの入ったカップを見ながら嘆息した。
それを、疑っているのだと勘違いしたのだろう。ソロバーミュが「今度のは何も入ってないから」とコーヒーを勧めてきたので、俺は一言謝って口に入れた。
「しかし、驚いたね。異世界か……どんなところなんだい?」
「そうですね……おそらく、こちらよりは文明は進んでいると思います。自動で走る車や、空飛ぶ乗り物が一般的に認知されてて、先ほど渡した携帯電話みたいなものは、大半の人が持っています」
まぁ、それは日本での話であって、世界にはここに近いような生活をしている国もあるのだが、それを話しても仕方が無いだろう。
「なるほど……素晴らしいな。ぜひとも行ってみたいものだ」
ソロバーミュは俺の言葉にしきりに感心している。もう俺たちが異世界人だということに疑いは持っていないようだ。
「しかし、困ったな…」
俺は、一人呟く。
何が困ったのかと言うと、もちろん帰る方法だ。ここが異世界だというのなら、飛行機や船を使ったところで、日本には帰れないだろうし、そもそもそんなものは無いだろう。
「私たち、帰れないの……?」
隣のレミが、不安そうに聞いてきた。彩も俺の腕をギュッと握ったまま放さない。
二人とも、不安なんだろう。それも当然だ。行き成り異世界に来ました。で不安にならない方がどうかしている。
「大丈夫だよ、来ることが出来たんだ。帰る方法だってあるはずだろ?二人は必ず帰してやる」
特には方法も思いつかなかったが、やるしかない。出来ない理由を探すのではなく、出来る方法を模索しろ、とは俺の武術の師匠の言葉、社会人になってからもその言葉に多くの勇気を貰った。
「そうだ、方法があるかどうかじゃない。やるかやらないかだ」
自分に言い聞かせるように二人に言う。俺が折れてどうする、二人を必ず帰す。そう決心したはずだ。
「話はまとまったかな?」
すっかり傍観者となって居心地が悪そうだったソロバーミュが聞いてきた。いけね、忘れてた。
「あっ!すみません、話の途中でしたね」
「いやいや、私のほうは良いのだよ。それよりも君たち、元の世界に戻る方法……言って見れば異世界に渡る方法を探すのだね?それなら、皇都ソルトフィアに向かうといい。魔法大国の名は伊達ではないからね。あそこの古代図書館にいけば、何らかの手段があると思う」
ソロバーミュの話によると、ここ、ソルトフィア皇国は全大陸随一の魔法国家で、世界中の魔法を研究しているらしい、その中には転移の魔法なども存在するため、ひょっとすると異世界に渡る魔法なども存在するかもしれないとの事。
「ホントに!?雅之、行こう!」
さっそく出て行こうとするレミ、ちょっと待て暴走娘。
「まぁ、お待ちなさい。こんな時間に出歩けば、魔物の良い餌食ですよ」
「ま、魔物……魔法だの魔物だの、どんだけファンタジーなんだよ……」
ソロバーミュの言葉に、頭がクラクラするのを感じる。そんな俺に構わず、ソロバーミュは続けた。
「それに、この世界について何も知らずに旅立つのは感心しません。そこでどうです?もう数日ここにいて、この国の常識について学んでから行かれては?」
それは願っても無い提案だが……
「でも、俺たちはそれに報いるだけのものがありません」
「そんなものはいらないよ、話を聞かせてくれただけでも十分だ。それに、これは私がそうしたいと思うからしているだけだよ」
ソロバーミュの顔には、純然な好意と、好奇心があった。それは、信用に値する顔だ。社会人暦はそんなに無いが、それなりに色々な人を見てきた俺の勘がそう告げている。
「そうですか……ありがとうございます。しばらくお世話になります」
こうして、俺たちは暫く、ソロバーミュの元で生活することになった。
ちなみに、やっぱり気が引けるからということで俺が渡したステンレス製の鉄材に、ソロバーミュはひどく感激し、「これは私の方からもなにかをプレゼントしないといけないね」と言っていた。
ようやく、落ち着いた雅之たち、さて、次はついに、魔法のお話です。