Start of travel
俺たちがソロバーミュとであって、4日が経った。
初めは互いにどこか警戒している所があったが、今となってはそんな壁は消えてしまっている。俺たちはソロバーミュのことを信頼しているし、ソロバーミュも俺たちを信頼してくれているのを感じる。
初めてこの世界に来た時は感じなかった安らぎ、命の危険を感じることの無い平穏な時間、それらすべてが尊い。
しかし、いつまでもここに居るわけにはいかない。俺たちがこっちに来て一週間以上経つ。こうしている間でもあっちの世界では大問題になっているだろう。
「そろそろ、行かないといけないな」
皆でお茶を飲んでいる時、俺がポツリと呟いた。明らかに場の空気を壊す言葉だったが、皆感じていたことなのだろう。それを否定する者は居なかった。
「そう……ね」
レミがポツリと賛同する。しかし、その言葉ははかなく消えいくようで、心からソレを望んでいないことは明らかだ。
「そうだね……君達にも、変える場所がある。いつまでも私が引き止めては悪いからね」
「そんな、ソロバーミュさんは私たちに凄く親切にしてくれました。……本当に、感謝しています」
彩が俺たちを代表してソロバーミュに礼を言った。
「そういってくれると、私も嬉しい。出発は、いつにするんだい?」
「明日にでも。もう、最低限の知識は詰め込みましたし、これ以上居ると、本当に離れられ辛くなります。」
「そうか……旅は体力を使う。今日はもう寝ると良い」
ソロバーミュの言葉に従い、彩とレミは別室に向かった。そこには俺とソロバーミュだけが残る。
「本当に、何から何までお世話になりました」
俺たちはソロバーミュが居なかったら、死んでいたかもしれない。この不思議な世界で、常識と呼べる知識を手に入れれたのは、ソロバーミュに出会えたからだ。彼のおかげでこれから先必ず役に立つであろう魔法の力も手に入れることが出来た。
「何、私も同じさ。君たちの話は非常に面白かったし、これからの研究に多いに役に立ちそうだ。本当に感謝している。ところで雅之君」
話を途中で切り、ソロバーミュが俺に神妙に告げた。
「その……言いにくい事なのだが、君の髪……どうにかした方が良い」
「え?変ですかね?寝癖でも付いてます?」
ソレはみっともない。俺が手櫛で頭を梳いていると、苦笑しながらソロバーミュが続けた。
「いやいや、そうじゃなくて……言い方が悪かったね。正確には、髪の色だ」
「………この世界では黒髪は不吉、とかですか?」
小説や漫画で良くある話を俺が引き合いに出すと、さも面白そうに笑うソロバーミュ。
「ははははっ。流石だ、正にその通りだよ。この世界に黒髪の男は存在しない。もっと言うと存在してはいけないことになっている。黒髪の男は破壊神の子とされ、見つかり次第、処刑されることになっている」
昔、この世に天しか存在しなかった時代、天にはレームと呼ばれる女神が居た。レームは火、水、風、土の精霊を生み出し、彼らに大地を作らせた。土は大地を創り、火は冷たい大地に熱を生み出し、水は生命を産み出し、風は世界を動かした。こうして、この世に大地が生まれ、生命が宿り、やがて人が誕生した。しかし、その創造を快く思わない者が居た。それがレームの双子の兄、ジャハだった。彼は妹レームの創造した大地を破壊せんと地に自らの子供たちを送り出した。彼らは絶大な魔力を用いてレームの大地を破壊し始めた。文明を築きつつあった人類も4精霊たちの力を借りて対抗したが、その絶対の力の前に多くの命が消えていった。それを嘆いたレームは自らの子供達を大地に送り、兄の子らに対抗した。レームの子らとジャハの子らの戦いは10日10夜に渡り続き、やがてジャハの子らは全て殺された。
「え?ここで終り?ってか、なんか引っかかる昔話だな」
「また君は…するどいね。確かにこの神話は非常に不明な点が多い。…しかし、現在伝わっているこの神話をソルトフィアの民が信じているのも事実なのだよだ」
なるほど……黒髪の女は創造神レームの子、黒髪の男は破壊神ジャハの子か……確かにそれだと、俺たちがこの国をうろつくのは難しくなる。
「そこで、これの出番だ」
ソロバーミュが徐に取り出したのは一つの小瓶。ああ、デジャブだ。
「つまり、今までの話は人体実験の伏線だったと…」
「ナンノコトカナ……まぁ、君を助けたいのも事実だよ。そう邪険にしないで試してみてくれ。害は無いはずだから……きっと」
歯切れの悪さが怖い。まぁ何だかんだ言っても無害なのは証明済みなんだろう。苦笑しながら俺は小瓶を手に取る。
「どう使うんです?」
「飲むだけだよ」
コルクを抜き、中の透明な液体を一気に飲み干す。味はオレンジジュースに味噌を入れたような……ようするにまずい。
変化は感じなかったが、確かに変わった。部屋に一つだけ置いてある曇った鏡を見てみると、俺の髪は銀色に染まっていた。
「うわぁ……似合わねぇ」
思わず呟いた。今まで髪を染めたことなんて無かったが、黒髪以外の自分にここまで違和感を感じるとは思わなかった。びっくりするくらい似合わん。
「そんなことないさ、よく似合ってるよ」
おい、そう思うなら口を押さえて笑いをこらえるな。
「いやいや、失礼。暫くの我慢だ。血眼の信者たちに追いかけられるよりマシだろう?まぁ、直ぐになれるさ」
それはぞっとするな。まぁ、見た目にこだわりは特に無いし、良いだろう。そう自分に言い聞かせて、銀髪になった髪を弄りながら寝室に戻り、明日からの旅に思いを馳せるのだった。
「誰?」
旅立ちの日。空は晴れ渡り、俺たちの門出を祝福するようだ。俺はソロバーミュとの別れを寂しく思いながらも、今日から始まる旅に、どこか心を躍らせていた。そんな心も軽い朝、開口一番聞いた言葉がレミからのその一言だった。
「兄様……」
「え?嘘!?雅之?……プッ」
その後に続いたのはやかましい笑い声、おいこら、そこまで笑うな。
「だって……うぷぷ…なにアンタ、イメチェン?」
「うるさい、事情があるんだよ」
暫く笑いものにされたり髪を毟られたりとレミに弄られながら、俺の心軽い朝は終りを告げたのだった。
ひとしきり笑われた後、4人で最後の食事をした。因みに俺と原因は異なる物の、やはり目立つと言う理由で彩も髪を染めている。こちらも同じく銀髪だ。
最後の食事を楽しみ、出発の準備を整える。地図、コンパス、1日分の食料。これらは全てソロバーミュに貰った物だ。
「さて、旅立ちのには最高の日だが、どうするつもりかな?」
「まず、北西に森を抜け、街道に出てからクバレの街を目指します。そこで次の旅の準備をします」
ソロバーミュに貰った地図に印をつけ、これからの道順を伝える。ソロバーミュも正しい判断だと頷いた。
「クバレの街に少し滞在し、次の目的地を決める予定です。路銀も稼がなくてはいけませんし……」
「なるほど、大丈夫のようだね。クバレの街に着いたら、冒険者ギルドを訪ねるといい。仕事をくれるはずだよ」
冒険者ギルドとは、民間の仕事斡旋所のような物だ。国の騎士団や、警備隊では解決できない問題、解決しようとしない問題を民間から集め、冒険者に解決させることで成り立っている。冒険者はそこに登録をし、仕事を受け、報奨金を貰う。というシステムだ。
「ありがとうございます。では……」
「あ、待ちたまえ」
ソロバーミュは思い出したかのように地下室に走り、急いで戻ってきた。手には何か長い包みを持っている。
「私が教えた魔法があるとはいえ、丸腰では危険だろう。これを持っていくといい」
ソロバーミュが差し出したのは、一本のショートソード。諸刃で、刃渡りは80センチほど、刃幅は3センチほどの剣だ。
「安物だがね。私が若いころ使っていた物だ」
「ソロバーミュさん……本当に、何から何までありがとうございます!」
深々と頭を下げる俺たち、本当にこの人にはお世話になった。元の世界に帰る目処が立ったら、もう一度挨拶に来よう。そう決心し、暫しの別れを告げる。
「では、行って来ます!」
「ああ、行っておいで」
ソロバーミュに見送られ、俺たちの新しい旅が始まった。目指すはクバレの街!
始まりました、異世界の旅。雅之たちは今後、どうなるのでしょうね…