good bye.my world
退屈だ。
俺は、広い空港の待合所で、ひたすら時間を潰していた。
退屈だ。
心の中で、もう一度繰り返す。ついでにため息も吐き、鬱蒼とした気分を更に増幅させる。
ここまで気分が暗いのは、なぜだろう。。。心の中で自分に投げかけてみる。
意味も無く飛行機が飛び立つ2時間前に空港に付いてしまい、行き交う人々を見るだけの時間を過ごしているのも理由の一つだが、それ以前に、何と言うか、人生が退屈なんだ。
数ヶ月前に大学を卒業し、さて、これから働こうかとそれなりには意気込んでいたものの、いざ働き始めると、なんとも言えない空しさが募る毎日を過ごしていた。学生の頃は武術で鳴らしたものだが、そんなものは社会に出て役に立つはずも無く、ひたすら上司に「マナーがなってない、礼儀がなってない、それでも社会人か」と小言を言われる日々。俺の人生、この調子で過ぎていくのかと憂鬱になり始めたのが最近。まぁ、先輩曰く、社会人になれば、皆そんな事を思うらしい。そうして、絶望して、最後には自分の中で折り合いをつけて行くんだとさ。
俺は、嫌だな。絶望しながら、結局はそれに流されるしかないなんて・・・
そうは言っても、仕事をしなければ食っていけない。奨学金を使って大学に入った俺にはその返済義務があり、働かなければ食う事すら出来ない。
「退屈・・・」
口に出してみても、状況は変わるはずも無く、むしろ一層憂鬱な気分が増した。
暫く、ボーっとしていたが、いい加減それにも飽きた。飛行機が到着するまで後1時間はある。売店にでも行くか、とだらだらと重たい腰を上げる。
「きゃあっ」
突然、女の子の悲鳴が聞こえた。何だ?と振り返ると、俺の後ろに一人の少女がいた。黒い髪を腰まで伸ばしている。いまどき珍しい子だ。床には倒れた荷物、どうやら立ち上がった拍子に落としてしまったらしい。
「あ、ごめん。大丈夫?」
普段なら、「申し訳ありません、大丈夫ですか?」と『社会人らしい』言葉が出てくるのだが、相手が少女だったのもあるだろう。つい地の言葉が出てしまった。落ちた荷物を拾い、手渡そうとしたが、その子は俯いてしまって受け取ろうとしない。
「大丈夫?もしかして、どっか怪我した?」
落とした荷物が脚にでも当たったのかもしれない。まずいな、泣かれたりしたらどうしよう・・・
出来るだけ優しく聞いてみたが、少女は答えない。
ゴッ
突然、鈍い音と共に後頭部に痛みが奔った。
「アンタ!彩に何するのよ!」
痛みの次に飛んできたのは、やたらと煩い罵声。思わぬ痛みにうずくまった俺の視界を横切り、もう一人、少女が現れた。セミロングの金髪に、勝気な瞳が俺を睨み付けている。
「いったぁ・・・何するんだ」
恐らく、手に持っているであろう傘で俺の後頭部を殴った少女に、抗議する。いきなり殴られる覚えはないぞ。
「彩、大丈夫?この男が何かしたの?」
いや、まぁ荷物を落としたりはしたが、殴られるまでの理由になるとは思えんぞ。
「大丈夫だよ、レミ。荷物が落ちてきてちょっとびっくりしただけ・・・」
黒髪の少女から少し低めだが、可愛らしい声が発せられた。
「荷物当たったりしなかった?」
「アンタ、勝手に彩に話しかけないで!彩、怪我してない?」
うぉい、酷い言い様だな。
「うん・・・平気」
どうやら、大丈夫らしい。急に話しかけたからびっくりしたんだろう。そのくらい人見知りする子は、学生の頃にも居たから分かる。慣れて来ると結構話せるんだが、なれない人には話そうと思っても声が出ないらしい。何か悪いことしたな。
「あーその、ごめんな。じゃあ、これ」
そういって荷物を手渡す。レミと呼ばれた金髪の少女が荷物を引ったくり、無言で睨む。まぁ、別に見ず知らずの人間に嫌われても、これからの人生には支障は無いんだが、何となく嫌な気分になる。まぁ、そういっても仕方が無いし、とにかくその場を後にする。
売店でコーラと、ビーフジャーキーを買い、適当に漫画等を立ち読みする。読み始めると時間はあっという間にたち、機内搭乗のアナウンスが聞こえ始めた。そろそろいくか、と読んでいた本を棚に戻し、足早に立ち去る。
飛行機に乗り込むと直ぐに指定座席に座り、ビーフジャーキーに齧り付く。これは俺の大好物で、コーラとセットなら俺は1ヶ月は生きていける自信がある。機内では早々に寝始める人、音楽を聴こうとして添乗員さんに止められる人、はしゃぐ子供、それを嗜める親、さまざまな人で溢れかえっていた。
「あ、アンタ!」
俺が固いビーフジャーキーに舌鼓を打っていると、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。嫌な予感がして目を向けると。先ほどの少女達だった。
「何でアンタがいるのよ!」
「俺だって客だよ」
キーキーと煩い少女に、顔を顰めて返答する。それを見て更に不機嫌になる少女。
「そうじゃなくて、何でアンタが私達の席に居るの!って聞いてるの!」
「仕方ないだろ、指定席なんだから。因みに俺はA21。そのチケットはB21とC21だから、こことそこ」
少女達が持つチケットを盗み見て、席を教える。しかし、
「もういいわ!チョット、添乗員さん!席変えて」
「おいおい、無理言うなよ」
いきなり、席の変更を添乗員さんに申し込む、むしろ命令しているよ。。。ぜったい迷惑だろ。
まぁ、結局その交渉は当然ながら無理だったようで、渋々俺の隣に座る少女二人。まぁ、むさいおっさんに座られるよりはましか・・・
飛行機は無事、離陸し、それから暫くは大体平和だった。少女がしきりに彩に話しかけ、彩はそれにほんわりと微笑みながら返す。時折少女が俺を睨みつけてくる事もあったが、俺はとことん無視して、お気に入りの本を読んでいる。今読んでいるのは雑学ノート・サバイバル編と言う本で、雪山で遭難したときの対処法など、様々なサバイバルの知識が掲載されている。割と好きなんだよな。こういうの。日常ではなく、非日常でしか役に立ちそうに無い知識だが、俺はそれに触れる事で退屈な日常をほんの少しでも忘れる事が出来る。
「ふぅ・・・」
なんだか、考えていると、また憂鬱になりそうだ。本来なら会社から与えられたプログラミングの本も読まなければならないのだが。。。まぁいいや。
再び非現実の世界に浸ろうと思った俺は、ふと静かになった事に気付いた。先ほどまでうるさく喋っていた少女がいない。まぁ、洗面所にでもいったのだろう。それはいいのだが。。。
「・・・」
彩と言ったか、黒髪のほうの少女が、どうもおかしい。先ほどまで、楽しそうに喋っていたのが嘘のように今はひざの上の手を握り締めて、俯いている。
俺は声をかけようとして、辞めた。そういえば、この子は人見知りだったか。さっきも話しかけたときにこんな風になったし、話しかけない方がいいのかと思い、再び本に目を向けようとすると、少女は今度はカタカタと震えだした。
これはまさか・・・
「飛行機、怖いの?」
俺は思わず飛び出した自分の言葉に驚いた。話しかける気は無かったはずだったんだが、逆に怖がらせちゃったかな。。。
しかし、少女は俺の問いかけにコクンと頷き、「初めて、だから・・・」とそれこそ初めて俺との会話に応じてくれた。
「そっか・・・」
話しかけたのはいいが、それから先の会話が続かない。どうしたものかとふと窓を見ると、打開策が見つかった。
「ほら、窓の外」
短い言葉だったが、彩は震えながらもこちらを、というよりも、窓の方を見てくれた。
上は透き通るような蒼い空、そして、普段は空に広がるはずの真っ白な雲、遠くには、飛行機に対抗しようとしているかのように入道雲がもくもくと聳え立ち、太陽がそれをより一層白く見せている。
「綺麗・・・」
彩はまぶしそうに目を細め、外の景色を見ている。その手は、もう震えていなかった。
「な?怖いと思ったら、怖いけど、こういうのを見ると、飛行機も悪くないなって思うだろ?」
出来るだけ怖がらないように優しく微笑みかける。少女もそれに応じて、笑顔を返してくれた。
「またアンタ!彩を怖がらせないで!」
安らかな静寂の時間を邪魔したのはまたしても金髪の少女。
「おいおい、俺は別に何も・・・」
「嘘おっしゃい!彩がこんなに怯えているわ!何かしたんでしょう!」
見ると、彩は先ほどよりも強く身体を抱きしめ、異常なまでに身体を震わせていた。
「お、おい大丈夫か?」
その様子を尋常じゃないと判断した俺は、彼女に声をかける。具合でも悪いのだろうか?それにしても、ただ事じゃない。レミも、彩の異常がはっきり分かったらしく、俺との言い争いも忘れて彩に手を当てる。
「どうしたの、彩。具合でも悪い?もしかして・・・」
「何か、何かが来る!!」
彩が突然、叫んだ。その理由を俺が聞こうとした瞬間、目の前がブレた。次に、襲い掛かる浮遊感。
「んなっ!何だ!?」
まるで行き成り飛行機がジェットコースターに変わったかのようだ。そう勘違いするほど、飛行機が揺れている。
「緊急警報!当機は現在、突発的な乱気流及び、原因不明のマシントラブルにより、操作不能の状態となっています!お客様は添乗員の指示に従ってください!当機はこれより、海面への緊急着陸を試みます!!」
慌てた様子で言い渡される機内放送。添乗員は「落ち着いてください!」と連呼するばかりで、自らが取り乱している事も理解していない。
「な、何!?どういうこと!?私達、どうなるの!?」
隣で、レミと呼ばれた少女が他の乗客同様、叫んでいる。俺も本来ならそうしたいところだったが、彼女の動揺と、彩の異常が俺を逆に冷静にさせた。
俺はレミの肩を掴み、こっちを見させた。
「とにかく落ち着け。ベルトをしっかりしめて、頭を低くしろ」
「う、うん」
レミは素直に頷くと、俺と同様の体勢をとった。
次第に強くなる飛行機の揺れ。それに伴い、更に衝撃を増す機内と乗客の怒号。
「彩、大丈夫?」
大分落ち着きを取り戻したレミが彩に問いかける。一方、彩は相変わらず震えている。
「また、また来る、来ちゃう!」
先ほどと同様、彩が唐突に叫んだ。と同時に飛行機を今までで最大の衝撃が襲った。
「きゃあぁぁぁ!!!!!」
広がる悲鳴、そして、なぜか俺の前に、大空が現れた。
飛行機が真っ二つに折れたのだ。
気圧が変化し、急激に外に吸い出される乗客たち、俺も例に漏れず、まるで掃除機に吸い込まれるごみのように、外に吸いだされた。
「うわぁぁぁ!!!!!」
周りがパニックになるなか、俺は妙に冷静だった。上空1万メートルの高さだ。まず死ぬだろう。それは間違いない。それよりも、俺には、空の蒼さが鮮明に映った。
機内からみるのとはまったく違う、本当の大空。俺は自分が落ちているのも忘れて、それに見とれた。
落ちていく乗客たち、それを見て、最初に滑稽だなと思った。だけど、次に目に映ったものを見て、俺の考えは打ち消された。
先ほどの少女達、レミと彩だ。二人とも俺と同じく、空中を落下中だ。それは当然だ、飛行機が真っ二つになったんだ、彼女達も落ちているはずだろう。だが、それでも、明らかに異質なもの。
それは、漫画やアニメの中でしか見た事がない。背には翼があり、前進は固そうな鱗で覆われている。強靭な脚は4本あり、恐竜のようだ。それは、ドラゴンと呼ぶものに酷く似ていた。ワニのような口を大きく開き、その双眸は少女達を敵意のある目で見ている。
俺はそれを見て。馬鹿なことに、助けなければと思った。
空中を泳ぐように手をばたつかせ、風の向きを変える。思った以上に思い通りに身体は空をスライドし、少女達の下にたどり着いた。続いて、少女達のシートベルトを外し、彼女達が座っていた座席を思いっきりドラゴンの方に蹴りつける。更に、俺は少女達の頭を下に向けて、落下速度を上げることで、ドラゴンの体当たりを回避した。
本来なら、無意味な事だ。ドラゴンが出てくる事が、たとえ死ぬ間際にみた幻だったとしても、この高さからではどの道助からない。死ぬのが数秒遅れるだけだ。
「でも、助けたかったんだよな」
俺はそう呟き、少女達を見た。両脇に抱える彼女達は、死ぬには勿体無いほど若く、美しかった。
やがて、空よりも蒼い青が近づいてきた。海だ。
「せめて、眠ったままで良かったな」
俺はあきらめの境地で、目を瞑る。少女達が最期に、怖い思いをしなくてよかった。
彼女達を抱いている為か、恐怖は不思議と無かった。ただ、不思議な眠気を感じ、俺は意識を手放した。手放す瞬間、何かを聞いたような気がしたが、それも関係ない。
この世に、さよならだ。
始めまして、作者です。小説を書くのは初めてではないのですが、特に勉強もしていませんので、ところどころおかしい所があるかもしれません。感想、アドバイスなどありましたら、お気軽にお願いします。