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 これ以上この場に留まっては、主催である叔母と話がしたい他の招待客が、話ができない。

 この国の王女を押し退けてまで話すことができる人なんて、この国では父か兄か、生きていれば母くらいだ。

 叔母と後でゆっくり話す約束を取り付け、私は直ぐにラルフと一緒にその場を離れた。



 私の案内される席はわかりやすい。

 茶会に王族が参加する時、王族がつくテーブルには国花である百合が飾られているのが通例だからだ。

 ラルフもそれを理解しているので、私をエスコートしながら百合が生けられたテーブルへと歩を進めていく。

 その途中で、知り合いが近くにいるのに気付いた。



「ヘイリー!」



 私が名を呼べば、まさにポツンといった様子で会場の隅に立ち所在なさげにしていた彼女が、私に気づいて花が咲いたように笑った。



「レイラ王女殿下、お会いできたこと嬉しく存じます。」


「私も嬉しいわ、ヘイリー。」



 ヘイリーがスカートの袂を摘んでカーテシーをすると、私はラルフの腕に添えていた手を離し、ヘイリーの両の手を取った。それに合わせてヘイリーも、私の手を握り返す。


 ヘイリー・キャンベルは侯爵令嬢で、この国の宰相の娘だ。父親である宰相に似た栗毛色の豊かな髪を三つ編みにして、新緑のような明るい緑色のリボンで飾っている。ドレスは同色の緑色のシンプルなもので、彼女によく似合っていた。


 王女だからと、私が交友する相手は精査され、政治的に危険がない、派閥を同じくする家柄の者のみと決められている。

 父親が城の中枢で働いているという縁で、王宮主催の茶会で父により引き合わされたヘイリーは、初めて会った時には宰相の足の後ろに身体を隠してこちらを恥ずかしそうに見ているような、大人しそうな印象の子だった。

 お茶会で話すうちに同じ作家の本が好きだということがわかり、一気にうちとけて仲良くなった。


 いつもはヘイリー、レイラと呼び捨てにするような仲だけれど、人の目を気にするヘイリーは、多くの人の前で王女を呼び捨てにする勇気はないようで、公式の場では私のことをレイラ王女殿下と呼ぶ。淋しくもあるが、彼女を尊重するなら仕方ないことだとも思っている。


 今この場に私も婚約者のラルフもいるので、多くの視線が集中している。

 ヘイリーは急に視線が集まったことで緊張したのか、笑顔にぎこちなさが残る。

 緊張したヘイリーのためを思うなら離れれば良いのだけど、ラルフと過ごすよりは親友のヘイリーと過ごしたい気持ちのほうが勝っているので、私の心の安定のために気づかないフリをしている。

 ヘイリーの視線が、私の隣でほほ笑みを浮かべているラルフへと向かう。

 ラルフに挨拶をしたいようだが、身分が下の者は仲介者から紹介を受けるか、身分の高い者から声をかけられるまで話をすることができない慣例故、困っているのが伺える。

 私がラルフを仲介しようとすると、ラルフが一歩前に出て自らヘイリーへと声をかけた。



「ご機嫌うるわしゅう。ヘイリー侯爵令嬢。レイラ様から令嬢のことはよく伺っております。お会いできて光栄です。」



 ラルフがヘイリーへと挨拶し紳士の礼をすると、ヘイリーはホッとした表情を見せてラルフに挨拶をした。



「こちらこそお会いできて光栄です、モーガン公爵子息様。」



 私の手を離すと、背筋をピンと一度伸ばした後、深々と頭を下げてカーテシーするヘイリー。洗練されたそのカーテシーに、先程までのオドオドとした様子は伺えない。



「ところで、ヘイリーの婚約者様は、貴女を放ってどちらに行かれたのかしら?」


「え……と……それが……。」



 ヘイリーから、叔母の主催する茶会に婚約者と参加すると事前に聞いていた。なのに肝心のヘイリーの婚約者はおらず、彼女は会場の隅で放っておかれている。

 私が憮然とした表情で周囲を見回していると、ヘイリーは戸惑った様子で、ある方向に視線を向けた。

 視線の先、男女交えたグループで談笑している中に、ひときわ身長の高いガタイの良い男がいるのが見えた。

 ヘイリーの婚約者で、フォルミの近衛騎士団団長の長男、ブレイク・ライオット侯爵子息。現在は第三騎士団に入隊しているが、ゆくゆくは隊を異動し、父の跡を継いで近衛騎士団団長になるのではと目視されている将来有望な男。

 ただ残念なことに、小さな頃から社交よりも騎士団に入るために訓練に明け暮れ、騎士団に入隊してからは男社会で生きてきたので女性慣れしておらず、男女の機微に疎いところがある。


 談笑しているグループの男達は同じ騎士団のメンバーのようだが、女達はブレイクや他のメンバーの腕や身体に手を添え、思惑があからさまだ。

 ヘイリーが大人しくて引っ込み思案な性格なのをイイコトに、何も言ってこないと思っているようで、あわよくばとあざとくアピールしているのが伺える。

 何度か茶会で見かけたことがある子達で、確か子爵家や伯爵家の令嬢。



「ちょっと友人を見かけたから話しかけてくると言って、行ってしまって……。」



 ヘイリーは苦笑する。

 そのままブレイクは話し込んで、戻ってこないようだ。



「ちょっと一言言ってこようかしら。」



 ブレイクの態度や女達の行動が目に余り、私が思わず歩き出そうとするのを、ラルフが止めた。



「レイラ様の憂いを払うのは私の役目です。ブレイクを連れてきますから、2人でゆっくり歓談なさっていてください。」


「……お願いするわ、ラルフ。」



 友人のことで頭に血が上って、少しばかり冷静でいられなかったようだ。

 この茶会に王族として参加している以上、今の私は父である国王代理だ。私が動けば、私の意見は国のトップとしての意見になる。公式の場で私が動けば、ブレイク達のグループにいる彼女達は下手したら、今後、貴族として社交界にいることはできなくなるかもしれない。私の一言で、忖度して動く貴族は少なくない。

 婚約者のいる男性に秋波を送るのは褒められたことではないが、これから一生、社交界から締め出すほどの大事ではない。


 この場はラルフに場を納めてもらい、後で主催である叔母の方から、彼女達の家に丁寧にご意見を書いた手紙をしたためてもらうことに決めた。

 婚約者のいる男性、しかも相手は団長子息であり、その婚約相手は宰相の娘。そんな人を相手に公の場で醜態を演じたと家長が知れば、彼女達はしばらく茶会や夜会に出られない程度で済むはずだ。



「では行ってまいります。」



 私が熱くなった頭を冷やすためにフゥと深く息を吐き出すと、ラルフは徐ろに私の手を取って手の甲に唇を落とした。その自然な美しい所作に、ヘイリーは口元を押えて顔を真っ赤にしながらも、目線は離さずプルプルと震えていた。

 ラルフがブレイク達のグループの方に行ってしまうと、ヘイリーは興奮したように顔を真っ赤にしたまま私の手を掴んだ。



「レイラ王女殿下、モーガン公爵子息様に愛されてますね。」


「まぁ……そうね。」



 兄であるアッシャーにはラルフが苦手なことを相談できたが、流石に親友のヘイリーには言えなかった。だからこそ、ブレイクの自分への態度とは違って愛されているレイラが羨ましいと言いたげなその表情に、私は表情筋をひくひくさせながらも笑って戸惑いを誤魔化すしかなかった。


 ラルフがいなくなった途端、私とヘイリーに急に距離を詰めてくる者が3人いた。全員高位貴族で、お茶会で何度も顔を合わせたことのある令嬢だ。



「ご機嫌よう、キャンベル侯爵令嬢。」 



 3人のうち1人がヘイリーに話しかけると、はやく返事なさいよと言いたげな視線を、他の令嬢2人がヘイリーに不躾にぶつけてくる。



「ご機嫌麗しゅう、コックス公爵令嬢、ペトリー侯爵令嬢、ベス伯爵令嬢。」



 ヘイリーが公爵令嬢に向けてカーテシーをすると、令嬢は鷹揚に構え、繊細なレースの扇を口元に当ててヘイリーの方に視線をやり、次に私へと視線をやると、意味ありげに微笑んでみせた。

 下位の地位の者から上位の地位の者に、好き勝手に話しかけることはできない。ヘイリーに仲介役をしろと暗に言っているのだ。

 シェネル・コックス公爵令嬢は、父親が国の財政部の部長をしている。けれどあまりコックス公爵に対して父の覚えがよくないので、友人になるようにとヘイリーのように紹介されたことはない。

 紹介されてもお断りだ。


 偉そうな態度が気に入らないし無視してもいいのだけれど、後々王族から公爵家に嫁いだ後のことを思うと、無碍にもできない……が、相手のいいようにされているようで、少々癪に障る。

 私はヘイリーが仲介役として応える前に、とびきり上等の微笑みを作り、シェネルに声をかけてさしあげた。



「コックス公爵令嬢、ご機嫌よう。今日は天気が良くて、茶会の会場から見える庭園の緑が映えるわね。」



 私が自ら声をかけたのに気を良くしたのか、シェネルはにんまりと唇の両端をあげた。



「レイラ・アメトリン・フォルミ王女殿下。お会いできたこと大変うれしく思っております。」


「ペトリー侯爵令嬢も、ベス伯爵令嬢もご機嫌よう。」



 シェネルだけではなく他の2人の令嬢にも声を掛けると、3人は私に向かって丁寧な仕草でカーテシーをして見せた。


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