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フォルミの王族は、名前と国名の間にミドルネームとして宝石が入る。
私の名前はレイラ・アメトリン・フォルミ。
私の髪が蜂蜜色で瞳が菫色だったから、金と紫が混ざりあった稀少石からそう付けられた。希少すぎてほとんど産出されないその石を使ったネックレスは、私の大のお気に入りだった。
「レイラ様、大変素晴らしいです。流石、フォルミの白百合と言われるお方ですね。」
「お褒めに預かり光栄です。」
礼儀作法の女性教師ににこやかな顔で拍手されながら褒められ、私はドレスの袂を軽く摘んでカーテシーをしてみせた。
その優雅な動作に教師どころか傍についていた侍女達からも感嘆の声が漏れるのが聞こえ、心の中で喜びから拳を握りしめる。
授業が終わって教師が私室から出ていくのを見送ると、足音が遠ざかるのを耳をそばだてて確認してから、私は身を投げ出すようにソファーに座り込んだ。
「あぁ、疲れた……。」
「フォルミの白百合らしからぬ言動はお慎みなさいませ。」
侍女のトレマが眉をひそめつつも、ソファーの前のローテーブルに紅茶とクッキーをサーブしてくれる。
トレマは私が6歳の時からついてくれている壮年の専属侍女で、もう10年の付き合いだった。
「少しぐらい気を抜いたっていいじゃない。いつも頑張ってるんだもの。」
ソファーの上のクッションを抱きしめながら頬を膨らませると、トレマ以外の侍女メーヴとバルダからクスクスと失笑が聞かれた。トレマは私の態度に肩をすくめてみせる。
フォルミの白百合。それは私が周囲の人々につけられた通り名だ。フォルミの国花は百合で、フォルミの家紋にもその花は咲き誇っている。
近隣諸国の3言語を取得し、貴族学校では上位の成績をキープ、礼儀作法も完璧、定期的に国教会が運営する養護院に慰問に訪れ奉仕も行う。その立ち振舞いから賛辞として、いつしかフォルミの白百合と呼ばれるようになっていた。
フォルミの第一王女として最高の褒め言葉だと思う。
「お父様にずっと、言われてたからね。」
つい顔が俯き、クッションを掴む手に力がこもる。
すべては、『王族として国民に恥ずかしくない人間であれ』と言われ、幼い頃から厳しい教育を受けたから。
それはこの部屋にいる3人の侍女達も知っている事実だ。食事の席で何度も言われ続け、正直辟易していた。嫌な記憶の蓋が開いて、思考が黒く塗りつぶされそうになった、その時だった。
「王女殿下、来月の式典用の衣装について商会長がいらしております。」
「入ってよろしくてよ。」
もともと礼儀作法の授業の後に、商会長との面会が予定されていた。
ノックと共に私室のドアの向こうから声がかかり、私は急いでクッションを小脇に置くと、優雅に見えるように紅茶の入ったカップを手に取り許可を出した。顔には貴婦人のように薄く笑みを浮かべるのも忘れない。
その様子を見て、メーヴとバルダがそのあまりの変わりようにまた小さく失笑し、トレマが彼女達を肘で小突いて注意するのが視界の端に見えた。
いつまでこんなふうに素を出して過ごせるかなんてわからない。私の猫かぶりは、父の目がなくなるまで、いや私自身が死ぬまで続くのだろう。
私はフォルミの白百合を演じ続けねばならない。
「失礼いたします。」
たくさんの箱を掲げた侍女達が、私の返事と共に次々に私室に入ってくる。最後にそれらを手配した商会長が入口で恭しく礼をすると、中へと歩を進めた。がっちりとした体躯の背の高い中年男性だ。その後ろに商会長とよく似た若い男性が1人と若い女性1人が続く。若い2人は、私と同年代か少し上の年齢に見えた。
サーブされていた紅茶やお菓子が下げられ、侍女達によって眼の前の机に次々と箱が並べられていく。そこで改めて商会長が頭を下げた。
「この度は、今は亡き偉大なる皇太后様の慰霊祭の衣装を、我が商会にご依頼いただきありがとうございます。以前お見せしたデザイン画をもとに作った衣装の仮縫いが出来上がりましたのでその試着と、その衣装に合うアクセサリーと靴を見繕っていただきたいと存じます。」
そう語るのは祖母である皇太后の代から利用するようになった商会の現商会長で、私も幼い頃から交流があった。
「本日は我が商会の後継として考えている息子と娘をお連れしました。今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。」
その言葉を合図に、商会長に付き従っていた若い二人が頭を下げる。息子の方ははよほど容姿に自信があるのか、顔を上げると私の方を見て得意げに微笑んでみせた。逆に娘の方はというと、それを少し醒めた目で見ている。
他の貴族令嬢達とのお茶会での噂で、ある商会の若い男に熱をあげている下級貴族の令嬢がたくさんいると耳にしていた。随分と女性に手慣れていて、それ故にその貴族令嬢の家から苦情があがっていると。
商会長の意図が透けて見え、私は愛想笑いを浮かべた。息子の方は私が自分の容姿に頬を上気させるわけでもなく、無反応なのに肩透かしをくらったようで、微笑みを苦笑いへと変えていた。
随分とわかりやすい男だと思った。
「衣装合わせは時間がかかるでしょうから、先にアクセサリーを見せてもらおうかしら。」
「はい。アクセサリーは我が息子と娘が選びました。どうぞご覧ください。」
2人はいささか表情を硬くすると、意を決したようにそれぞれが箱を取り、私の方に箱を開いて差し出した。
商会長に促され、先に娘の方が説明を始める。
箱の中には一粒の灰色がかった真珠を使ったネックレスとイヤリングが入っていた。
「私はミミと申します。私が選んだこちらの品物は真珠の中でも貴重な、黒蝶真珠。その中でもグレーの一粒ネックレスとイヤリングです。黒蝶真珠を亡き皇太后様も愛用されておられたのは王女殿下もご存知のことと思います。輝きと深みのあるグレーパールが、王女殿下の美しさを際立たせることと思います。」
眼の前に差し出されたグレーパールをまじまじと見つめる。室内の光を受けて柔らかな光沢を放つそれは、とても質が良く美しいものに見えた。けれど、一つ気になることがあり、遠慮なく質問させてもらう。
「……黒蝶真珠って、ある程度年齢を経た女性でないと似合わないのではないかしら。」
祖母が使用しているのに倣って黒蝶真珠を身に着けている貴族女性は多くいたが、そのほとんどが40代以上の女性ばかりで、10代で身に着けている人はいなかった。
少しばかり意地悪な質問だったかもしれない。
私の指摘に商会長の息子の方はしたり顔でほくそ笑むが、ミミの方は怯まずに微笑んで続ける。
「いえ、王女殿下が身に着けていただけば、若い女性でも身につけやすくなり流行が生まれます。王女殿下にはトレンドを生み出していただきたいのです。」
額に汗を浮かべながらも熱意を持って説明するミミに、私は好印象を持った。
次に説明を始めたのは息子の方だ。
息子の方が見せて来たのは、小さな黒い石が縦に3つ並んだ3連ネックレスとイヤリングだった。
光を帯びて黒にもグレーにも青みがかっても見え、妙に印象深い石だった。
「私はドミニクと申します。私が王女殿下に選ばせていたたいたのは、ヘマタイトという石を使ったものになります。ヘマタイトは身代わり石と言われ、重要な立場の王女殿下の御身をお守り下さる筈です。」
しかも……とドミニクが自信満々に胸を張る。
「こちら、今はこの国では手に入れることが叶わない、150年前にマゼンダで産出された貴重なものなのです。」
その言葉に、室内の温度が下がった。ドミニクはすぐに空気が氷点下になったのには気づいたようで焦りが表情から容易に見て取れる。商会長は涼しい顔をして助け舟も出せずただその場に佇んでおり、ミミの方は変わらず醒めた顔でドミニクを見ている。そんなドミニクに私は一つ質問を投げかけた。
「何故、あえてマゼンダ産のものを選んだのですか?」
私の言葉を助け舟とでも思ったのか、ドミニクはこれ幸いと飛びつくように喋りだす。
「ま、マゼンダは現在敵国とされておりますが、たとえ敵国とはいえ、冷戦が始まる前である150年前に我が国に搬入された石を身につけることは悪とはされておりません。現に下級貴族の間でも、マゼンダ産の宝石を身につけることが流行になりつつあります。」
甘い言葉で下級貴族の令嬢を惑わせ、流行させたのは、貴方なんでしょうね。
必死に彼は説明を続けるが、周囲の冷ややかな空気は変わらない。その空気に晒されながらも、話すことをやめない勇気だけは称賛したい。
「それに……まもなくマゼンダとの国交を正常化し、平和的に条約を結ぶべきだと、マゼンダより使者が差し向けられることになっているとお聞きしました。そのタイミングで王女殿下がマゼンダの石を身につければ、進歩的な考えを持つ方だと貴族の方々に受け入れられる筈です。」
よくまわる舌だこと。
よく世間の情勢の情報を手に入れているように思えるし、ドミニクの考えはわからないでもない。でも時節が悪い。今日選ぶのは、あくまで1年前に亡くなった祖母である皇太后の慰霊祭に身につけるものだ。慰霊祭に来るのは祖母と同年代や、昔からの頭の硬い古参貴族達が主だ。あえてドミニクと同じ言い方をするなら、進歩的とは逆の保守的な方々。そんな方々の前で王女である私が敵国の石など身につければ、何を言われるかわかったものではない。
私はわざとらしくため息を付くと、眼の前に並べられた2つの箱のうち、ドミニクの箱を遠くに押しやった。
「商会長、ドミニクにもう少し勉強するようにお伝えなさい。」
「そんなっ……私は王女殿下のことを思って……!」
私が素気ない態度をとると、ドミニクが尚も食い下がろうとする。
そんな彼の前に、トレマが立ち塞がった。
「本日選ぶアクセサリーは、皇太后様の慰霊祭のためのものです。その意味もわからない者は下がりなさい!それに、王女殿下に下級貴族の流行の後追いをさせようなどとは、無礼千万です!」
トレマの剣幕にドミニクはぎょっとして目を見開くと、自分の選んだアクセサリーの箱を腕に抱えてすごすごと後ろに下がるしかなかった。
もちろん私が選んだのは、ミミが持ってきたアクセサリーの方。
その後はするすると話が進み、仮縫い衣装の試着が終わるとそれに合う靴も選び終え、商会長を含めた商会の面々が帰って行くのを見送った。
彼らが帰る間際、ちくりと釘を差すのを忘れずに。
「自分の後継選びと息子への更生に、私を利用するのはやめてくださらない?」
後日、謝罪と共に後継がミミに決まったという報告と、お詫びにと普段遣いしやすいスカーフとアメトリンを使ったブレスレットが贈られてきたので、商会の登城を禁止しようとするトレマを止めておいた。
マリアの母のお話です