5
謁見の間は私の言葉で、その場が葬儀場のように静まりかえった。
イーサンの顔色は更に血の気がなくなる。
私が白い結婚の認定を求め、赤子の瞳の色が両親と違うこと。それは1つのことを意味している。
顔面蒼白のイーサンの顔を見て内心、心の中が澄み渡る思いがしながら、私はわざとらしく悲しげな表情を浮かべて目線を落とした。
「このままでは私は国王陛下と王妃様を、更には伯父であるフォルミ王を騙す大罪を犯すことになる為、この場を借りて真実を申し上げたいと思い奏上させていただきたく思います。」
そう告げて、今度はしっかりと顔を上げて国王陛下を見据える。
イーサンは息も絶え絶えに、私を制止しようとその手を伸ばしてきた。その力は弱々しく、腕を掴む手を簡単に振り払えた。国王陛下の合図で近衛騎士がイーサンの周囲を取り囲み、我々3人から離れた場所に移動させられる。
「良い。この場での奏上を許す。申してみよ。」
これは茶番だ。既に国王陛下も王妃も、公爵夫妻も知っているのだ。イーサンと、その愛する侯爵令嬢ロレンシアが犯した悪事を。公爵夫妻が鋭い視線をイーサンへと向けている。
国王陛下に促されるまま、私は答えた。
「王妃様が胸に抱いているその子は、私の子ではございません。イーサン様と彼が愛する侯爵令嬢との間に生まれた子でございます。イーサン様はその子を愛人の子という日陰の身にすることを避ける為に、私に妊娠したふりをするように強要しました。」
「違っ……ひっ……。」
無駄だというのに反論しようとするイーサンを国王陛下がきつく睨みつけると、イーサンは言葉を飲み込んで押し黙った。
確かに妊娠したふりを強要したという点だけは間違っているけれど、そんな些細なことを否定したところで、今後の置かれる立場が変わるわけでもないのにね。
王妃が抱いていた子は再び乳母の手へと渡り、別室へと連れて行かれた。それがその赤子を見た最後だった。
「最初は私が貴族学校を卒業して1年後に、イーサン様と結婚するという約束になっていました。けれどイーサン様の強い希望により、私との結婚を早めたいという申し出があったことは、国王陛下はご存知のことと思います。」
「そうだな。マリアがフォルミの王族を産むことは急務であったから、私がそれを許可した。間違いない。」
国王陛下の言葉に、私は頷き悲しみで打ちひしがれた顔をして続けた。
「私がフォルミの王族ではあることは、公爵夫妻からイーサン様に伝えることを止めていました。それは、王族や公爵などという身分は関係なく、イーサン様と身分を超えて良い付き合いをしたいという思いからでした。だからイーサン様は、私がこの国の子爵令嬢であることしかご存知ありませんでした。けれど公爵家と子爵家という身分の差がありながらもイーサン様は私に優しく接してくださり、夫婦として今後も良い関係が築いていけると確信していました。結婚するまでは。」
そのまま悲しげな顔から一変して、怒りに満ちた視線をイーサンへと向ける。
「イーサン様には婚姻した日の夜に、私がフォルミの王族であることを説明するつもりでした。けれどイーサン様は寝室には一向に現れず、私は1人でベッドに座り夜を過ごしました。それがどれだけ悲しく、惨めだったことか……。」
額に手を当てて殊更大げさに嘆く仕草をすれば、周囲の貴族たちから憐憫の視線が集まってくるのを感じた。今イーサンにはあらゆる貴族からの厳しい視線が集まり、針の筵に違いない。
「それでも希望が捨てきれずに待ち続けていたところ、公爵家の侍女頭によって、イーサン様が愛する侯爵令嬢ロレンシアと夜を過ごしたことを告げられました。既にその令嬢のお腹の中には小さな命が宿っていることも。やむなく私が王族であることを手紙にしたためて侍女頭に託しましたが、何度手紙を送っても返事もなく、私の妻としての存在は無視され続けました。そんな私が、神に救いを求めて大聖堂に通い続けることに、何か問題はありましたでしょうか?」
他に愛する者がいる夫、しかも子どもまでいる。愛しているからこそ我慢して夫のために妊娠したふりをしたが、一度も訪れることのない夫に絶望し、神に救いを求めた令嬢。これにより世間の目は悪評が塗り替わり、夫のために耐え抜いた女性という評価に変わるだろう。そして悪評はすべて、妻に妊娠したふりをさせた夫であるイーサンのものへと。
その場の空気に耐えきれず、とうとうイーサンはその場に崩れ落ちた。しかしそんな彼を助け起こそうとする者などいない。
怒りを押さえても隠しきれない怒気混じりの声で、国王陛下は告げた。
「マリアがフォルミの王女と知らなかったとはいえ、王命の婚姻を謀ったのだ。どのように始末をつけるつもりだ。」
その怒りはこの場にいるイーサンと、イーサンの子どもを産んだ侯爵令嬢の父親へと及んだ。
ロレンシアの父親であるバークレー侯爵の周囲を近衛騎士が取り囲み、蟻一匹すら逃げる隙間はない。
そのまま私の第一子のお披露目会、もといイーサンとロレンシアの父親の断罪会は終了した。
これは、2人を衆目の場で罰することで、他の貴族にも知らしめる見せしめの場でもあった。
その後、王宮の別室にて関係者が集められた。もちろん赤子の本当の母親である侯爵令嬢も。
まずロレンシアの父親であるバークレー侯爵。
今回の出来事は、娘のロレンシアを使ってイーサンをそそのかし、違う派閥であったディアス公爵家を自分の派閥に引き込もうとした結果であった。
バークレー侯爵家は家格をニ階級下げて子爵に。そして今までの領地を取り上げられ、新たにフォルミとの境にある北部の領地を与えられた。そこは厳しい寒冷地で植物が育ちにくく、また需要の高い魔石が取れる鉱山が存在するが、その分その魔石の魔力の影響で強い魔物が多く存在する。その魔力を帯びた鉱山の関係か、国を守る聖女である王妃の加護も届きづらい土地となっている。だからこそその住みにくい土地には領民がほぼおらず死地と化しており、この国の領土ながら放棄されていた場所だった。つまりバークレー侯爵への処遇は死罪といってもおかしくない。
次にイーサンの処遇だ。
事態を重く見て、イーサンはディアス公爵家の籍から抜かれ、平民となることが決まった。
イーサンは『ディアス公爵家の子息は1人しかいないのにどうするのか』と父親に追いすがっていたが、現ディアス公爵の遠縁の男子を養子として迎え入れることが既に決定していると言われると、憔悴して肩を落としていた。
次にイーサンの子を産んだ侯爵令嬢、ロレンシア。
彼女も貴族の地位を剥奪され、平民となることが決まった。ロレンシアは最初に沙汰を言い渡された時、『マリアは自分より下位の子爵令嬢なのだから、いくら王命とはいえ無碍にして何が悪いのか』と開き直った。けれど私がフォルミの王女だったと知ると、『騙された』とか『そんなの知らない』と泣きわめき出したが、国王陛下の最側近である宰相に一喝され、押し黙った。
父に付き従って子爵令嬢として新たな領地に行くのなら貴族の地位は約束すると言われたところ、その領地の内情を知ってすぐに平民となることを選んだ。
これらはすべて私のいない場所で行われており、後で人づてに聞いた話だ。
知らなかったとはいえ、王命を無視し、大国フォルミの王女をないがしろにした罪は重い。
イーサンを含めた3人に沙汰が言い渡されている中、私は王宮にほど近い場所にある国教会の大聖堂に足を伸ばしていた。私が毎日のように通い続けた慣れた場所だ。その私の後ろに、侍女のリタが随従している。
今日のドレスアップした格好だと目立つので、大聖堂の裏口から中へと入る。裏口に立つ僧兵に自分が身につけていたシェルカメオを見せると、大聖堂に数多あるの告解室の1つに案内された。
告解室とは名ばかりの豪華な調度品が置かれたその部屋では先客が、向かい合わせのソファーの片方に座り、既に茶菓子を堪能していた。
先客は謁見の間ではフォルミの軍服を着ていたが、肩幅のサイズが合わないのを無理矢理着ていたのが辛かったのか、その部屋の床に上着は投げ捨ててあった。
私が来たのに気づくと、先客は私のことを上から下まで精査するようにくまなく眺めた後、満足気に微笑んだ。
「良く似合っている。俺の瞳の色だ。」
「新しいドレスなんて殆ど持っていなかったし、捨てるには惜しかったから着ただけです。」
毎日色味が単調な服を着ていたから、今更明るい色のドレスを着ると少し気後れしてしまっていた。だからそれを褒められても恥ずかしくて、つい悪態をついてしまう。それが眼の前の相手が用意したもので、かつ相手の色なら尚更恥ずかしい。
床に落ちていた上着を拾い上げて相手に投げつけ、私は相手の向かいのソファーに座る。
「さっさと本題に入ってもらえますか?」
あの断罪会の後、大聖堂に私を呼び出したのは眼の前の男。
濃紺の艷やかな髪、切れ長の翠玉色の瞳、甘いマスクの美丈夫。
男は投げた上着をキャッチして私の悪態にしばし爆笑していたが、ひとしきり笑った後、急に真面目な顔をしてみせた。
唐突に空気が明るいものから、重いものに変わる。その重く冷え冷えとした空気に、自然と自分の身を抱きしめ身体を縮めてしまう。
「あの馬鹿2人の赤子は、子どもに恵まれない若い夫婦にもらわれることになったらしい。」
眼の前の相手のの視線からは、刺す様な圧を感じる。
「お優しいやつがいたようだ。憎い2人の子どもだというのに、その子どもすらも憎いだろうに、捨て置くことができなかったらしい。」
男は私の分として机に置かれていたカップの紅茶にどぼどぼとミルクピッチャーのミルクを注いでいく。仕舞いには紅茶ごとミルクがあふれだし、机の上に広がっていった。
男はその時には笑っていたが、怒りの感情を押し殺しているのをヒシヒシと感じる。
でもなぜ相手が怒っているのか、私には理解できない。
「一度は愛した男の子どもだから、嫌いになりきれなかったか。」
男が発する理由のわからぬ怒りに、理不尽さと共に恐怖を覚え、身体が震えた。でも、その侮辱めいた発言だけは我慢ならなかった。
「違う!」
私は男の言葉をすぐに叫んで否定した。
私が子どもを捨て置くことができなかったのは、子どもがこれから置かれる立場を思うと、昔の自分が思い出されて居ても立っても居られなかったからだ。
私は産まれてから5歳まで、フォルミの紫紺の塔に幽閉されていた。
紫紺の塔は、フォルミで犯罪を犯した王侯貴族が入れられる監獄だった。
第一部完
第一部完です。
オムニバス形式で主人公が変わります。
第ニ部はマリアの母親が主人公です。