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 シェネルを中心とした3人は頭を上げると、まずシェネルが当然のように先に口を開いた。



「様々な茶会で王女殿下とモーガン公爵子息のお姿を拝見させていただいておりますが、モーガン公爵子息とは仲睦まじい様子ですわね。」



 艷やかな金茶の髪の毛先を指先で遊ばせながら、羨望にも似た視線を私に向ける。それに続いたのは、シェネルの左後ろに立ち、小柄で赤髪のペトリー侯爵令嬢だ。



「本当に羨ましい限りですわ。」



 更にシェネルの右後ろに立ち、黒髪で少しふくよかな体型のベス伯爵令嬢も続く。



「美男美女の2人が揃ってお茶会に参加されると、茶会の格もが上がる気がしますものね。」



 シェネルに同調して、2人の令嬢もわざとらしく私とラルフの仲を褒めそやす。

 そんな3人の様子を、何かしでかすのではないかとオロオロとした様子で見守るヘイリーの肩に、そっと手を置く。何を言われてもされても気にしないという意思を乗せて。



「まるで、()()()()()()とは思えないほどの仲の良さですものね。」



 ()()()()()()の部分を強調するシェネルの言葉に、私は一瞬眉をひそめる。けれど敢えて何も言わず黙ってほほ笑み、悠然とした態度で、3人の出方を見守ることを私は選んだ。

 私が止めないのを良いことに、3人はクスクスと笑いながら言葉を続ける。



「政略と言えば、シェネル様に一度、王女殿下のお兄様であられる王太子殿下との縁談のお話があったそうですわね。」


「まぁ、シェネル様は王女殿下の義姉様になられる可能性がおありでしたの?」



 ペトリー侯爵令嬢とベス伯爵令嬢が、今度は羨望の眼差しをシェネルへと向ける。

 会話の矛先となったシェネルは、満更でもなさそうな顔をして困ったように微笑む。



「あらまぁ、とっくの昔になくなったお話なんて、やめてくださる?王太子殿下のお相手であるルイシャの王女殿下にも失礼だわ。そうは思いませんこと?」



 私は3人の言葉の意図がようやく透けて見えた。

 どうやら随分と私は舐められているらしい。

 こうなったら、相手が仕掛け終える前に仕掛けてしまおう。

 同意を求めてくるシェネルに、私は大きく破顔して失笑して見せた。

 吹き出した私に、3人が動揺して一歩後ろに退くのが見える。そんな3人の様子に構わず、私は続けた。



「コックス公爵令嬢、私のお兄様と縁談の話があったというのは、貴女が何歳ごろのお話かしら?」


「え、何歳って……。」



 唐突な質問返しに、面食らったような顔をするシェネル。そんな彼女に悠然と微笑み、返事を待つ。

 シェネルは何でそんな質問を返されたのか理解できないようで、怪訝な視線を私へと向ける。



「そんな無くなったお話、何歳ごろかなんて質問、必要ありますか?」



 シェネルからの質問返しに、私の質問へのまともな返答はもらえないと判断し、私は大きくため息を付いた。



「私の兄とルイシャの王女殿下との婚約が決まったのは、兄が2歳の時です。公にはしていなかったので、発表されたのは兄が10歳になった時ですが。公式文書もございますので、間違いないです。」



 私の言葉にペトリー侯爵令嬢とベス伯爵令嬢が目を見開いた後に顔を見合わせ、次に焦ったようにシェネルへと視線を送る。

 シェネルは目を見開いた後、放心したように扇子を握っていた手をだらんと垂らす。



「そういえば、コックス公爵令嬢は今、おいくつでしたかしら?」



 シェネルは私の1つ年下で、兄は私の2つ年上だ。シェネルが生まれた時には既に兄の婚約が整っているので、シェネルと兄の縁談の話があったというのは、まずありえないことなのだ。

 ルイシャの王女との婚約が公式に発表されるまで、国内外から兄に星の数ほど縁談が舞い込んだと聞いている。

 おそらくそのうちの1つに、コックス公爵家から持ち込まれた縁談話があったのだと思う。

 既に兄に縁談が決まっているから断られたのを、コックス公爵が自分の都合のいいようにシェネルに話したから、シェネルに間違って伝わったに違いない。

 そして恐らく、シェネルにとって兄との縁談話があったという事が、彼女にとっての矜持であり、自慢でも有った筈だ。それが否定されて、さぞ彼女は恥ずかしい思いをしているだろう。その証拠に、力が抜けていたシェネルの扇子を持つ拳に力が入りブルブルと震え、顔は真っ赤になり怒りと羞恥が混じり合ったような表情を浮かべる。けれど気を取り直したのか、負け惜しみにも似た無理矢理の笑顔が作られる。



「王女殿下はよろしいですわね。国王陛下にお願いすれば、どんな相手とも縁を繋いでいただけますもの。」



 シェネルは取り巻きである侯爵令嬢と伯爵令嬢と一緒に、話の流れをこう持っていきたかったのだろう。



「王命でもなければ、モーガン公爵子息との縁は私にあったかもしれませんのに。」



 ラルフと私の関係など、ただ王命の政略によるものでしかなく、ラルフは仕方なく私に優しくしているだけなのだと言いたいのだ。

 ただ、シェネルは何もわかっていない。

 父は私と兄には殊更厳しい人だ。私が願ったくらいで結婚相手を決めるような、そんな人ではない。

 結婚相手など、その時の国の状況下でいくらでもすげ替えられる。

 私が冷静に彼女を諭そうとしたところ、さっと私とシェネルの間に身を挟ませた人物がいた。



「コックス公爵令嬢、それは違います。レイラ様との縁を繋いでいただけるよう父に頼んだのは、むしろ私の方からです。」



 私とシェネルの間にラルフが立ち塞がり、私を守るように後ろ手で私の肩を軽く押し、後ろに押し下げさせる。

 ラルフの登場とその発言にシェネルは虚を突かれ、二の句を継げないでいるようだ。ただそれは私にとっても同じだ。私はてっきり父が婚約者を選んだと思っていたので、ラルフの方から私との縁談を願ったというのは初耳だった。



「国主催の茶会で初めてレイラ様に御目見得し、ひと目見てこの方のお傍に立ちたいと思いました。だからこそ父にお願いしたのです。」



 シェネルはダメ押しのようにラルフに言われ、再びだらんと手を垂らすと、手にしていた扇が床へと落ち、カタンと寂しげな音がした。

 シェネルは俯いて肩を落とすと、そのままラルフに語りかける。



「ラルフ様と私の母は幼馴染で、子どもが大きくなったら結婚させようという話があったと……。」



 俯いたままだから、その表情は伺いしれない。憔悴しきった様子から、シェネルはラルフのことを恋い慕っていたのだと気づいた。

 ラルフのことをモーガン公爵子息と呼ぶのではなく名前で呼ぶあたり、関係性が近いのがわかる。けれどラルフからは……。


 シェネルは兄との縁談が流れたとしても、自分の母親からラルフとの縁談の可能性を示唆されていて、信じていたのかもしれない。

 でも当のラルフは王女である私との婚約が結ばれてしまった。私への腹立たしい思いを持つのは無理もない。

 先ほどまで彼女へは忌々しい思いを持っていたけれど、喉の奥から苦いものが込み上げてくる。

 私はラルフに対して、シェネルのような熱い想いは持っていない。だからこそ罪悪感めいた複雑な感情が心を締め付け、ラルフの腕を後ろから引いてラルフに向かって頭を振った。



 話の内容までは周囲に聞こえていないだろうけれど、ラルフがシェネルと私との会話を割り込んだところは見られているし、何らかのトラブルがあったようだとは思われているだろう。

 このままでは更に注目を浴びてしまって、お茶会どころてはなくなる。



「ペトリー侯爵令嬢、ベス伯爵令嬢、コックス公爵令嬢は少し体調が悪くなったみたい。顔色がよくないから、休憩室にお連れしたほうがよろしいかと思いますわ。」



 私が2人に目配せすると、2人は私の言いたいことに気づいたようで、シェネルの背中をさすりながら茶会の会場から出ていった。

 その場にいる私、ラルフ、ヘイリーの間に気まずい空気が流れる。そんな時、大きな図体の男がヒョイとしゃがみ込むと、シェネルが落とした扇を拾い上げた。ラルフが迎えに行ったブレイクだった。



「ラルフ、よくコックス公爵令嬢が体調を悪くしてるのに気づいたな!」



 その場にいた私、ラルフ、ヘイリーの間にまたもや微妙な空気が流れる。

 それはまた大きな声なので、更に周囲の人の気を引いてしまっている。

 3人の困惑した空気に気づかないようで、ブレイクはラルフの背中をバンバンと大きく叩く。



「ラルフはコックス公爵令嬢が体調を悪くしているのに気付いたから、輪に入って声をかけたんだろう?その証拠に、レイラ王女殿下も体調を気にかけて茶会の会場から下がらせたじゃないか。」



 ブレイクの目は真剣でありかつ純粋で、澄んだ目をしている。ラルフと共にこの場に来たというのに、一体何を見て、何を聞いてそう判断したというのか。

 男女の機微に疎いとは思っていたけれど、機微に疎いというより周りが見えていないし空気も読めていない。こんなのが将来の近衛騎士団団長になるかと思うと先が思いやられる。

 けれどブレイクの大きな声によって、さっきの状況はシェネルの体調不良を気遣ったのかという理解に周囲が変わっているのか、周囲の視線が離れていく。

 ある意味、ブレイクの空気の読めなさで助かったとも言える。

 ヘイリーはそれはそれは大きなため息をつくと、ブレイクの腕を掴んだ。



「ブレイク様、二人きりでお話したいことがございます。休憩室に参りましょう。」


「何だ?今から茶会だろう?」


「ブレイク様、お話したいことがございます。」



 ヘイリーの目が据わっている。それに気付いたブレイクの額に汗が浮かぶ。ヘイリーは普段は大人しいが怒ると怖いのだ。


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