逃げて
*由奈由*
「驚いた、まるでフェニックスだな」
「早瀬さん! 逃げて!」
ぼんやりとした意識の私に、二つの言葉がほぼ同時に飛び込んでくる。目の前には黒いローブの男。
猛烈な恐怖が身体を駆け抜ける。
私は、覚えていた。
自分の体が燃えていく過程を。
「あ。あ。あ。あ」
唇がうまく動かせない。そんな私を、面白い生物を見つけた子供のような目で男は見つめてくる。
視界の端で、水無月さんが、背中から女の人を下ろすのが見えた。そのままこちらに駆けてくる。黒い粒子が集まって彼女の右手に集結していく。
男に右手首を掴まれた。はずそうともがくが、びくともしない。そのまま体を持ち上げられた。
「ッ!」
締め上げられた手首が悲鳴を上げる。人間一人分の体重を、こんなふうに持ち上げられるなんて、普通じゃない。
苦痛に歪んだ視界の中で、水無月さんがシャベルを片手に、男と対峙するのが分かった。しかし炎に牽制され、近づけない。
「ヘェ。見つけたって言う話はガチだったんだなァ。普通に殺すのはそっちもいくつか試してるんだろ? 炎で焼くのもダメだとなると……ま、このまま引きわたしゃ良いだろ」
「……離して、ってお願いしても、完全に無駄よね」
「そりゃそうだろ、頭お花畑の性善説か?」
対峙したまま、男と水無月さんが言葉を交わす。ギリギリと手首が痛む。引きちぎれそうな痛みだ。炎に焼かれた記憶と合わせて、狂いそうになる。歯を食いしばり、痛みに耐える。そして叫ぶ。
「逃げて!!」
来なければ良かったとは思わなかった。
だって、行くと決めた瞬間に、分かっていた痛みだったから。




