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【暗殺者達の群像劇】F 不老不死の殺し方  作者: 愛良絵馬
第一章 まるで物語の中の人。
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出会い

   *由奈由*


 突っ伏した姿勢から起き上がる。教室にはもう、誰もいない。

 当然だ。

 最後の1人だった彼女が、謎の少年と共に出ていってしまったのだから。まるで物語のような一幕だった。……うん、明日からはまた、一人きりで誰にも話しかけない高校生活が始まりそうだ。


 立ち上がり、リュックを背負って歩き出す。夕暮れ時は終わり、辺りは薄暗い。

 校舎から外に出ると、運動部の掛け声が耳に飛び込んできた。こんな時間まで学校に残っていることはなかなかないから、遅くまで練習しているんだなぁと関心してしまう。


 私には、何もない。

 仲の良い友達も、放課後の部活動も、面倒だから行きたくないけど、塾や予備校も。

 誰にも会わず1人で過ごす、空っぽに空いた放課後の予定が、ずっと続いている。


「友達、欲しいなぁ」


 呟いて、石ころを蹴る。思えば、ここ最近、ずっとろくなことがない。

 鳩の糞は肩に落ちてくるし、背中を突き飛ばされて階段を転げ落ちるし、犬の糞踏むし、遅刻してトラックに轢かれそうになるし、トイレの個室開いたら流されていない下痢があったし。


 ……なんか糞の話題ばっかりだ。ここまで来たらウンがついている、と言い換えても良いのかもしれない。

 なんておどけて見せるけれど、もともと車が苦手なこともあって、トラックに轢かれそうになるのは、本当に怖かった。目の前にトラックが迫ったあの一瞬を思い返すと、今でも身震いが起こるほどだ。


「うん」


 思い出しても仕方のない恐怖を、頭を振って振り払う。

 悪いことがあったら、次は良いことがあるかもしれない。そう信じて頑張ろう……! と珍しく前向きになった途端、通りかかったブティックのガラス窓に映った自分を見て、肩を落とす。


 そこには見るからに根暗そうな、小太りの女が映っていた。

 重く垂れ下がった前髪に、分厚い眼鏡。軽く曲がった背筋に、丈の長いスカートに、くたびれたソックス。


 自分でもうんざりするぐらいやぼったい。何がどうなってそうなっているか、さっぱりわからないけれど、クラスメイト達はみんな垢抜けていて、きらきらと輝いて見える。

 いや、そうか、今言ったことを全て反転してみればいい。


 おでこを出し、眼鏡を外し、背筋を伸ばし、スカートを短くして、ソックスを新調する……。

 なるほど、一定の効果は期待できそうだった。しかし、いざ自分がそうしているのを想像すると、言いようのない嫌悪感が浮かんでくる。


 私の顔なんて誰も見たくないだろうし、急に眼鏡外すとか明らかに高校デビュー狙いだし、短いスカートって太もも太すぎだし。……背筋矯正とソックスの新調だけは考えてみても良いかも知れない。


 けれど、姿勢と靴下くらいでは、決して垢抜けることはできないだろう。

 考えれば考えるほど、落ち込んでくる。

 自分とあの子達はきっと、人間としての根本の出来が違うのだ。地味で根暗でコミュ症の自分が、知り合いゼロから進学校で友達を作ろうと言う方が無謀だったのだ。

 そんなことをつらつら考えながら、自宅近くの公園に差し掛かった時だった。

 視界の端の何かが気になって、私は足を止め振り返った。


「わ」


 思わず、声がこぼれる。公園の真ん中に、ぽつんと人が立っていた。それだけなら、別に気にかかることはないだろう。

 ただ、とても綺麗だった。

 触ったら壊れてしまいそうな、ガラス細工の彫刻のような横顔。遠目からでもわかる、細くて繊細そうな上質な小麦のような長い金髪。


 黒一色の長いスプリングコートを身に纏って、ぼんやりと月を見上げるような姿勢で立っている。それだけで、とても絵になる人だった。

 どう考えても、一般人には見えない。オーラが違う。まさか……ハリウッド俳優とか? いやでも、そんな人がなぜこんな街の寂れた公園に?


 突然、その人が顔を月から逸らし横に向けて、視線が私を捉えた。

 やばい。あまりに不躾に、ジロジロ見すぎてしまったか。慌てて視線を逸らそうとしたが、浮世離れしたその人の美しさから、目が離せなかった。


「こんばんは」


 心地よい風のような声。声音を聞いて、わかった。この人は、とても綺麗な男の人だ。

 男の人に対して、綺麗という形容を使ったのは初めてだった。


「……あ、えと」


 突然話しかけられて、言葉がうまく出なかった。とぎまぎしている間に、男は私に近づいてきた。

 男を見上げる。背が高い。瞳が蒼い。まるで綺麗な宝石みたいだ。遠目に見た時もそうかな? と思ったが、どうやら外国の人のようだ。


「は、ハロォ?」


 男はくすりと笑ってもう一度「こんばんは」と言った。恥ずかしさでカッと赤くなる。


「……こんばんは」

「良かった。日本語は話せるみたいだね」


 面白いジョークだよ、というニュアンスが込められていたので、私は笑おうとした。


「へっ、へへ……」


 あまりの緊張に、引き攣った笑みを浮かべてしまう。言った瞬間、自分でも気持ち悪すぎて引いてしまった。

 しかし、男は気にした風もなく、「初めまして。この辺の人?」と普通に会話を続けてくる。


「あ、はい……」


 ここまで恥をかけば、流石に幾分落ち着いてきてなんとか普通に返すことができた。


「そうなんだ。ボクはさっきこの街に来たところでね。ちょっと会いたい人がいて……。知人もいなくて、しばらく人と話せていなかったから、つい声をかけてしまった」

「えっと、そうなんですね」

「うん。ねえ、この後って何か用事はあるのかい? 良かったらこの街を案内してくれないかな?」


 思考がフリーズする。

 …………って! いけないいけない、再起動再起動……。

 ……え? この人今なんて言った? ……もしかして、ナンパ?

 目の前の男を改めてみると、テレビの中でもお目にかかれないような綺麗な顔で、にっこりと笑った。


 思わず、ぶんぶんぶんと首を振る。

 あり得ないあり得ない、いくらなんでもおこがましすぎる。絶対にそんなわけはない。

 と言うことは、男の言葉は額面通りに、この街に来たばかりだから案内してほしい、と受け取った方が良さそうだ。

 空っぽの予定だった、放課後。


「は、はい!」


 ついうっかり、食い気味に返事をしてしまった。


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