大丈夫
*由奈由*
近くなっていたと思っていた、水無月さんの声が、再び遠くに行った気がした。
座っている椅子の感触が、急に座り心地の悪いものに感じる。
「髪の毛が戻らなかったことも、それを裏付けているような気がする。髪の毛は、死んだ細胞だから。それを作る臓器は闇粒子でも、それで作ったものは消えないっていうのは不思議だけど……。まあ、そもそも、生物を作ることが、初めての発見って感じだけど」
ぱちぱちぱちと、下手くそな拍手の音。視線を向けると、グラスを持ったままのキリクさんが手を叩いていた。そんな彼を、水無月さんが鋭い視線で睨みつける。
「やっぱり、知ってたの?」
「知ってるとは言えないな。ボクだって確信の持ちようが無いんだから。だから、君がボクと同じ結論に至るのか、は気になっていた」
「なるほど」
どこか呆れたように水無月さんが言った。
「あたしを確かめ算に使ったってわけね」
「あの」
私は思わず2人の会話を遮った。青い目と闇色の黒い目が、それぞれ私を見つめてくる。
「あの。……私の体が、そのシャベルと同じように出来てるって……そんなこと、あり得ない……と、思うんだけど」
私の言葉に、水無月さんはどこか困ったような顔を浮かべる。
「うん、そうだよね。普通に考えたらあり得ない。……けど、あたしは早瀬さんの腕の傷が、さっきみたいに、闇粒子が形成されて戻っていったところを見た」
「…………」
「あと、思い出したくない事かもしれないけれど……。ザクロは何か、言ってなかった?」
ザクロくん。
身体が震えた。ついさっき、私の部屋で起きた出来事。
殺されたと言うその瞬間は覚えていない。けれどそれを何度も繰り返されれば、その前後を何度も見せられれば、嫌でもわかる。
私は、やっぱり死んでいる。けど。
「……闇粒子、だとか、そんな話は……一度も」
「ほんとに? じゃあ気づいてないのかな……。……何か、少しでも覚えていることはない?」
「……えっと。ピッキングで鍵を開けた、とか。……切れた首が、ゴロンゴロンって転がって体に戻った、とか。……感動を分かち合いたい、とか」
「うわぁ、ザクロらしいというかなんといか」
水無月さんは、呆れたような笑顔を見せる。それから、ハッとした顔をして、「首がゴロンゴロン?」と繰り返した。
「……すみません、みてないです」
「ややや、そりゃ見れるわけないよねっ!」
わざとらしいくらい明るい声でそう言った。
「ありがと。話を戻すね。
さっき言った通り、闇粒子は、使用者が一番しっくりくる形を取る。多分、早瀬さんにとっては、早瀬さんの身体こそが、一番しっくりとくるものだ……ってことなんだろうけど、訓練もせずに、闇粒子を凝縮させるのは簡単なことじゃないの。かなり強烈な、強い意志が必要かな。
何か、大きなきっかけがあった。あたしはそれが、自動車事故だった……と、思っているんだけど」
自動車事故。
動揺は、あの時、カフェで感じたほどではなかった。一度同じように水無月さんから指摘されていたから、耐性ができたのかもしれない。
「…………」
「話しては、くれないかな?」
下唇を薄く噛み、俯いた私の姿勢から、水無月さんは何かを汲み取ってくれたらしい。いいよ、というように、ゆるく首を振る。
「とりあえず、今の状況の説明はこんなところかな。あなたは、闇稼業の人間に狙われている。原因はその体が、不老不死であること。すぐに飲み込めっていうのは無理かもしれないけど……」
どこか子供に言い聞かせるような口調だった。
わかる? と問うような調子に、空元気で答える。
「……ううん、なんとか、大丈夫……」




