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【暗殺者達の群像劇】F 不老不死の殺し方  作者: 愛良絵馬
第四章 終幕に至る細い道筋。
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仮説

   *水花*


「広ッ」


 というのが、部屋に入った一言めだった。

 早瀬さんの部屋も、あたしの家も、ザクロにばれているから使えない。だから、カフェで別れる前、教えられたホテルにチェックインした。しかし、早瀬さんと2人で泊まるつもりで借りたツインより、明らかに、こっちの部屋の方が広い。

 ベッドの他に、ソファやテレビが置かれたくつろぎのスペースがあって、それらの間隔も広くゆったりと取られている。いわゆるスイートタイプだ。


「そう?」


 と、バスローブを纏ったキリクが言う。海外セレブのような佇まいが様になりすぎていて、何だか腹が立ってくる。


「この辺は栄えているとは言い難いからね。もっとマシなホテルを、と思うんだけど、この街から離れすぎると不便だし」

「す、すみません……」


 地元民を代表してか、早瀬さんが頭を下げる。いや、頭を下げることは一才無いと思うんだけど。


「それで? わざわざ訪ねてきてくれた理由は?」


 ベッドに腰掛けて足を組み、こちらを見上げてくる。長い指は口元へ。いちいち、どこか誘惑的な動作だな……とか思ってしまう自分を殺してやりたくなる。


「あんた、どこまで分かってた? ……って、それじゃダメだよね。早瀬さんのためにも、1から説明する」

「そうだね。座ったら?」


 デカいベッドの隣を示される。誰が座るかと思いつつ、長い話にはなりそうなので、机に備え付けてある普通の椅子を引きずって、早瀬さんを腰掛けさせた。これからする話は、彼女の精神に負担をかける。

 あたし自身は、早瀬さんとキリクの間で仁王立つ。大事はないとは思うが、彼女の護衛だ。


「あたし達……早瀬さんの知っている範囲でいうと、あたしと、ザクロと、キリクね。あたし達は、闇稼業に従事しているの」

「闇、稼業……?」

「そう。ヤクザとかフィクサーだとか、多分早瀬さんが知っているような、表のテレビとかにはあんまり出ないやばい世界、それが大体、裏の社会ね。そこで働いているようなやつが裏稼業だとして。あたし達は、それよりもう少し深い裏にいる……そんなふうに、ぼやっと理解してもらえると助かるかなっ」


 あんまり知りすぎると消されてしまうので、あくまでざっくりと、そういうものだ、ということだけを伝える。早瀬さんは分かったような、分からないような顔でうなづいた。


「闇稼業に従事するものの特徴。それは、闇粒子を操ること」


 こればっかりは、実演した方が早い。

 付近の空気が歪み、黒い粒子がポツポツと現れ、一つの形を作る。大きなシャベルだ。


「と。まあ、こんな感じ。空気中に酸素みたいな感じで、不思議な粒子があって、私たちはそれをこうして、集めて、武器を作れる」


 大したことが無いように思うかもしれないが、現代社会でこの能力はかなり便利だ。普通なら持ち込めないようなものを、普通に持ち込めるのだから。

 今までも何度か、見たことがあるからだろう。

 思ったよりも落ち着いた様子で、早瀬さんがシャベルを見つめる。


「……それって、どんなものでも作れる……ってわけじゃ無いんだよね?」


 どこか核心の響きがある質問。おそらく、ザクロが自分では作れない凶器を持ち込んで、彼女を殺したのだろう。


「うん。使い手次第で、その人がしっくりくるものしか作れない。体から離れすぎると消えちゃうから、狙撃銃とか、遠距離の武器を作れるのは結構すごい才能だねー。それと、イメージしにくいものを作るのも」

「ふうん」


 触っていいかな? と控えめに訪ねられたので、こくんとうなづき、シャベルを彼女の方へ寄せる。

 慎重な手つきで、こんっと拳が当てられて、乾いた金属音が響く。


「本物だ……」

「そうだね、本物」


 今は本当に普通のシャベルだが、戦う時はこの刃先を、切れる形の刃物にする。しかし、そんなことを言ってビビらせる必要もないので、そのままシャベルは消してしまう。


「すごいね」

「そうだね、って言っても、作ったり、操ったりするのには、体を動かすのと同じようにエネルギーがいるし、能力を使いすぎちゃうと結構大変なことになっちゃうかな。上限やリスクはある」


 早瀬さんは、分かったような分からないような顔でうなづく。まあここは、理解してもらえなくても問題はない。


「さて。ここからが早瀬さんに関係のある事なんだけど、あたし達は一つの依頼を受けた。

 あらかじめ言っておくけど、……今のあたしは、この依頼を遂行するつもりはないし、キリクが何かするっていうなら、戦うつもり」


 しゃがみ込み、椅子に座る早瀬さんと目線を合わせる。

 焦茶色の瞳が、不安に揺らぐ。不安にならないで、と伝えるべく言ったあたしの言葉が、不安を掻き立ててしまったのだ、と気づく。

 それでももう、いい加減、告げなくては先に進めない。


「この街にいる不老不死の少女を殺せ、それが、依頼の内容」

「不老……不死……」


 夢の中にいるかのような、ぼんやりとした呟きだった。


「私が、不老、不死……?」


 早瀬さんが、先ほど負傷した腕を見つめる。

 半信半疑……よりも、もっと信じてくれていそうな感覚。まあ、あれだけのことがあれば、自分が死なない可能性を、受け入れるしかないだろう。


「ど、どうして?」


 戸惑った、上ずった声。そう、自分が不老不死だということを受け入れれば、次にくるのは当然この疑問だろう。

 あたしは、くるりとベッドを振り返った。ベッドに腰掛けたキリクは、いつの間にかワイングラスでシャンパンを飲んでいた。


「…………。えーと、ここで最初の、どこまで分かってた? に繋がるんですが」

「ん? ああ、終わったの?」


 マイペースな麗人が楽しげな微笑を浮かべる。


「キリクはさ、墜落死、轢死、銃殺、毒殺を試したんだよね? それなら、一度くらいは見たんじゃない? 黒い粒子を」

「うん、見た」


「あたしの憶測を話すね? 早瀬さんの身体は……脳も心臓も、内臓も、ほとんど全部が、闇粒子でできているんじゃない?」


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