仮説
*水花*
「広ッ」
というのが、部屋に入った一言めだった。
早瀬さんの部屋も、あたしの家も、ザクロにばれているから使えない。だから、カフェで別れる前、教えられたホテルにチェックインした。しかし、早瀬さんと2人で泊まるつもりで借りたツインより、明らかに、こっちの部屋の方が広い。
ベッドの他に、ソファやテレビが置かれたくつろぎのスペースがあって、それらの間隔も広くゆったりと取られている。いわゆるスイートタイプだ。
「そう?」
と、バスローブを纏ったキリクが言う。海外セレブのような佇まいが様になりすぎていて、何だか腹が立ってくる。
「この辺は栄えているとは言い難いからね。もっとマシなホテルを、と思うんだけど、この街から離れすぎると不便だし」
「す、すみません……」
地元民を代表してか、早瀬さんが頭を下げる。いや、頭を下げることは一才無いと思うんだけど。
「それで? わざわざ訪ねてきてくれた理由は?」
ベッドに腰掛けて足を組み、こちらを見上げてくる。長い指は口元へ。いちいち、どこか誘惑的な動作だな……とか思ってしまう自分を殺してやりたくなる。
「あんた、どこまで分かってた? ……って、それじゃダメだよね。早瀬さんのためにも、1から説明する」
「そうだね。座ったら?」
デカいベッドの隣を示される。誰が座るかと思いつつ、長い話にはなりそうなので、机に備え付けてある普通の椅子を引きずって、早瀬さんを腰掛けさせた。これからする話は、彼女の精神に負担をかける。
あたし自身は、早瀬さんとキリクの間で仁王立つ。大事はないとは思うが、彼女の護衛だ。
「あたし達……早瀬さんの知っている範囲でいうと、あたしと、ザクロと、キリクね。あたし達は、闇稼業に従事しているの」
「闇、稼業……?」
「そう。ヤクザとかフィクサーだとか、多分早瀬さんが知っているような、表のテレビとかにはあんまり出ないやばい世界、それが大体、裏の社会ね。そこで働いているようなやつが裏稼業だとして。あたし達は、それよりもう少し深い裏にいる……そんなふうに、ぼやっと理解してもらえると助かるかなっ」
あんまり知りすぎると消されてしまうので、あくまでざっくりと、そういうものだ、ということだけを伝える。早瀬さんは分かったような、分からないような顔でうなづいた。
「闇稼業に従事するものの特徴。それは、闇粒子を操ること」
こればっかりは、実演した方が早い。
付近の空気が歪み、黒い粒子がポツポツと現れ、一つの形を作る。大きなシャベルだ。
「と。まあ、こんな感じ。空気中に酸素みたいな感じで、不思議な粒子があって、私たちはそれをこうして、集めて、武器を作れる」
大したことが無いように思うかもしれないが、現代社会でこの能力はかなり便利だ。普通なら持ち込めないようなものを、普通に持ち込めるのだから。
今までも何度か、見たことがあるからだろう。
思ったよりも落ち着いた様子で、早瀬さんがシャベルを見つめる。
「……それって、どんなものでも作れる……ってわけじゃ無いんだよね?」
どこか核心の響きがある質問。おそらく、ザクロが自分では作れない凶器を持ち込んで、彼女を殺したのだろう。
「うん。使い手次第で、その人がしっくりくるものしか作れない。体から離れすぎると消えちゃうから、狙撃銃とか、遠距離の武器を作れるのは結構すごい才能だねー。それと、イメージしにくいものを作るのも」
「ふうん」
触っていいかな? と控えめに訪ねられたので、こくんとうなづき、シャベルを彼女の方へ寄せる。
慎重な手つきで、こんっと拳が当てられて、乾いた金属音が響く。
「本物だ……」
「そうだね、本物」
今は本当に普通のシャベルだが、戦う時はこの刃先を、切れる形の刃物にする。しかし、そんなことを言ってビビらせる必要もないので、そのままシャベルは消してしまう。
「すごいね」
「そうだね、って言っても、作ったり、操ったりするのには、体を動かすのと同じようにエネルギーがいるし、能力を使いすぎちゃうと結構大変なことになっちゃうかな。上限やリスクはある」
早瀬さんは、分かったような分からないような顔でうなづく。まあここは、理解してもらえなくても問題はない。
「さて。ここからが早瀬さんに関係のある事なんだけど、あたし達は一つの依頼を受けた。
あらかじめ言っておくけど、……今のあたしは、この依頼を遂行するつもりはないし、キリクが何かするっていうなら、戦うつもり」
しゃがみ込み、椅子に座る早瀬さんと目線を合わせる。
焦茶色の瞳が、不安に揺らぐ。不安にならないで、と伝えるべく言ったあたしの言葉が、不安を掻き立ててしまったのだ、と気づく。
それでももう、いい加減、告げなくては先に進めない。
「この街にいる不老不死の少女を殺せ、それが、依頼の内容」
「不老……不死……」
夢の中にいるかのような、ぼんやりとした呟きだった。
「私が、不老、不死……?」
早瀬さんが、先ほど負傷した腕を見つめる。
半信半疑……よりも、もっと信じてくれていそうな感覚。まあ、あれだけのことがあれば、自分が死なない可能性を、受け入れるしかないだろう。
「ど、どうして?」
戸惑った、上ずった声。そう、自分が不老不死だということを受け入れれば、次にくるのは当然この疑問だろう。
あたしは、くるりとベッドを振り返った。ベッドに腰掛けたキリクは、いつの間にかワイングラスでシャンパンを飲んでいた。
「…………。えーと、ここで最初の、どこまで分かってた? に繋がるんですが」
「ん? ああ、終わったの?」
マイペースな麗人が楽しげな微笑を浮かべる。
「キリクはさ、墜落死、轢死、銃殺、毒殺を試したんだよね? それなら、一度くらいは見たんじゃない? 黒い粒子を」
「うん、見た」
「あたしの憶測を話すね? 早瀬さんの身体は……脳も心臓も、内臓も、ほとんど全部が、闇粒子でできているんじゃない?」




