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【暗殺者達の群像劇】F 不老不死の殺し方  作者: 愛良絵馬
第三章 アンチテーゼの証明。
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仮説

   *水花*


「はあ? 何だよそれ」


 不満そうなザクロの声。

 あたしは、早瀬さんを抱きしめたその手を離して、立ち上がり、ザクロと向かいあう。

 不満そうな声そのままの、不満そうな態度と表情。


「なんか俺、悪者みたいじゃん」

「別に、そんなことは思ってないけど」


 ザクロはザクロらしく、仕事をしていただけだ。そこには何も不満はないし、やり方にも文句はない。

 キリクと被ってしまっているのは悪手だけれど、それも、知らなかったのだから仕方はない。

 ……そういう意味では、報連相を怠った件については、文句があるけれど。

 キリクと別れたあと、ザクロからようやく来た返信。


『今早瀬の家』


 それだけの短文で、あたしは状況を把握して、駆け出していた。

 走りながら、何度も迷った。

 自分が、どうするべきなのか。どうしたいのか。

 依頼が達成できなかった事は、今までも何度かある。そもそも、強制力がどこまであるのか、正確に把握すらできていない。

 けれど、今まで一度受けた依頼に、全力で当たらなかったことはない。


「……でも今、助けるって言ったよな、早瀬を助けるって」

「言った」

「お前、わかってんのか? 依頼内容は」

「不老不死の少女を殺せ、でしょ。わかってるって」


 どこか苛々した調子のザクロを、なだめるように言った。唇を尖らし、ザクロがゆらりと闇を集めて、2本のナイフを形成する。右手に一本。左手に一本。

 大ぶりのナイフの二刀流は、ザクロが一番しっくりとくる、ザクロの形だ。

 この狭い風呂場では、完全に不利。

 背後の早瀬さんを守った状態で、ザクロの攻撃をしのぎ、玄関から外に逃げ出すのは、至難の業。おそらく、20回やって、うち3回くらいの成功率。しかも、ただでは帰れないはず。


 守るべき人間が、普通の人間なら。


「まさかさあ、早瀬に同情してるわけじゃないよな? 友情とか感じちゃったり?」

「そんなんじゃない」

「じゃあなんなんだよ。……確認だけどよ、早瀬を助けるってことは、依頼内容に逆らうってこと……だよな?」

「ま、そうなるね」


 素早い一振り。喉先に迫ったその切っ先を、形成した小さなシャベルで受ける。余った片手で、早瀬さんの手を無理矢理に掴む。

 脇腹に時間差で迫っていたもう一振りを、早瀬さんの体をねじ込んで受ける。


「〜〜〜〜〜!」

「は?」


 早瀬さんの声にならない悲鳴。ザクロの驚いた声。

 そりゃそうだ。助けると宣言した人間の腕に、大穴を開けて、あたしは駆け出した。

 無理矢理ザクロの体を押し退けて、走り出す。玄関から外へ。


「待て!」


 背後からは、すぐザクロが追いかけてくる。だから、5階のこの部屋から躊躇なく、塀を乗り越えて、あたしは飛び降りた。


「きゃあああああああ!」


 早瀬さんの叫び声。この位置は駐車場に面していて、下は草木で、目撃されにくいことは確認済みだ。

 あたしは、早瀬さんの手を離して、両手を使って木の枝を掴んだ。体重と重力が思い切りかかったその枝が、折れる。素早く、次の枝へ。折る枝を極力、ザクロの追走がしにくくなるように選ぶ。

 そうやって衝撃を吸収し、妨害をして、落下位置を低くして、地面にたどり着く。


「おらあああああ!」


 見なくたってわかる。ザクロも同じように落下してくる。あたしは、明らかに絶命している早瀬さんの体を背中に抱え上げた。そして、再び塀を飛び越えて、マンションの一階へ。エレベーター前の通路に、しゃがみ込む。

 数秒遅れて、ザクロが地面にたどり着く音。予想通り、あたし達はどこか遠くに逃げようとしたと考えたらしく、走り去っていく足音がした。


「ふう」


 どさっと、早瀬さんの体を下ろす。腕に刺さったザクロのナイフが、彼が離れたことで黒い粒子となってゆっくりと消えていく。

 これが完全に消えてから動き出したいところだが、いつ住民がやってくるかわからない。ナイフを引き抜いて、この場所に置いておいた学生鞄の中に入れる。


「は!」


 早瀬さんの目が覚めた。落下の衝撃で曲がっていた体が、もう元に戻っている。

 ぼんやりとした目の焦点が、だんだんと合ってきて、あたしを見つめた。


「…………なつ……水無月さん」

「うん。怖い思いさせてごめんね」


 力弱く笑ってみせる。左右を見回した早瀬さんは、そこが見慣れた自宅マンションのエレベーター前だと気づき、ザクロがいないことに気づき、ペタンと座り込んだ。


「あ、あの、私…………」


 ぐるぐると混乱した目で、あたしを見上げる。


「私…………もしかして、死んだの、かな?」


 力ないその声が、どこか遠くでしたような気がした。あたしの視線は、静かに、早瀬さんの傷跡を見つめていた。


「……あ、あの……水無月さん? どう、したの……?」

 

 ザクロのナイフで開いた大穴が、塞がっていく。

 黒い粒子で、着実に。


「まさか……」

 

 あたしは呟き、何度も何度も、頭の中で仮説を繰り返し検証する。


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