怖くないの?
*水花*
由奈由ちゃんとともに教室にたどり着く。朝から仕掛けてくるとは考えていなかったが、いつ仕掛けられてもいいように、と気の抜けない登校だった。
「おっはよー!」
扉を開けて、挨拶。しかし、昨日は返ってきた返事が、誰からも来ない。教室はどこか白けたような空気が生まれている。
不思議に思いつつ、山口さんたちのグループへと近づく。顔を逸らされた。
「おっはよー?」
「っチ」
明らかな舌打ち。どうやら友好的な雰囲気ではないようだぞ、とあたしはようやく気がついた。
「なにかあったのかな?」
山口さんはイライラした様子で、ようやくあたしを見返した。
「あのさ、絡んでくんなって、わかんない?」
「え、そうなの? どうして?」
「どうしてって……」
そこで山口さんは言葉を止め、あたしの背後で隠れるように身を屈めていた由奈由ちゃんに視線を向けた。
「…………あんた、その髪なに」
ぷっ、あはははは、と爆発したような笑いが山口さん達から溢れた。背後の由奈由ちゃんに視線を向けると、顔を真っ赤にして、震える唇で俯いている。
「も、もういこ……!」
あたしだけに聞こえるような小さな声でそう言って、あたしの袖を掴んで引っ張っていく。一応、山口さん達に向けてひらひらと手を振る。
彼女達がその手を振り返すことはなく、呆れたような様子であたしを睨んでいた。
十分離れた教室のすみに着く。袖から離れた手が、由奈由ちゃんの口元にあてられた。
「……怖くないの?」
「怖い? 由奈由ちゃんは怖いの?」
「……そりゃ……まあ……山口さんは……クラスの中心だし」
何を怖がる必要があるのだろう。
由奈由ちゃんは不老不死だし、怖がる必要などないと思うのだが……、って、自分が不老不死だって知らないんだっけ。
「怖くないよ」
「すごいね……」
何がすごいのかわからなかった。念のため、ちらりと山口さんの体を盗み見る。制服の上からでもわかる。腕も、足も、筋肉がついている様子はまるでない。2秒とかからず制圧できる。
それから、由奈由ちゃんを見た。……山口さんとどっこいどっこい、確かに少し劣っているが、脅威となるほどのものではないだろう。
「よかったら今度武術を教えようか?」
「え?」
何を言っているの、という表情で由奈由ちゃんが目を丸くした。どうやら論点を間違えたようだ。となると、精神的に脅威、ということか。
意識して教室を伺ってみる。
……なるほど。男子はあちこち散らばって、仲の良い生徒と談笑したり、1人で過ごしたりしている。しかし、女子は概ねまとまっていて、その中心は山口さんだった。もちろん、全員がそうしているわけではなく、小さな他のグループや、あたし達みたいに2人で過ごしている子もいるけれど。
「武術の代わりに話術……は、教えられないんだよねぇ」
「あ、うん」
由奈由ちゃんが、そこはもちろん期待してないよ、という感じでうなづいてきた。
心外だ……。
そういえば。
思い出して、会話に耳を澄ませてみる。近隣で起こった殺人事件の話題は、焼死体というセンセーショナルな要素はあるものの、被害者少女が通っていたのは遠くの学校と言うこともあってか、それほど過熱した話題にはなっていないようだった。




