友達
*由奈由*
鏡の中の自分を何度も見つめる。
「う〜ん……」
昨日、美容院が終わった後も、翌日こんなふうに綺麗にセットできるのだろうか、と思ったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
あごの下で、ざっくりと切れてしまった髪。
それに軽く触れる。ヘアゴムで結んだり、ヘアピンで止めたり、ワックスを塗ったり、カチューシャをしたり。ありとあらゆる手段で、少しでもマシに見える方法を探している。
しかし、元が元だし、分厚い眼鏡も相まって、おしゃれとは程遠い印象だ。
昨日の自分が、まるで12時までのシンデレラのように感じる。……いや、シンデレラなんてとても、おこがましすぎるけど……。
もういっそ、学校を休んでしまおうか、とも考えたが、こんなことで休むなんて、と言う気持ちが邪魔をする。
ポケットの携帯が震えた。
『ついたよ』
昨日連絡先を交換した、水無月さんからのメッセージだ。別れ際に、明日の朝一緒に学校に行こう、と約束していた。
「……うぅ」
背中を押されたようだった。結局、最初に試したヘアゴムでまとめる作戦を結構し、鞄を掴んで外に出る。髪の毛以外の朝の準備は、もうとっくに済んでいた。
「あ。おっはよーっ!」
明るい水無月さんの声。
肩口で切り揃えられた黒髪は、今の自分と似ているような気がするが、さすがに綺麗で整っているし、大きな黒い瞳とよく似合っている。
……自分の見た目がひどい時ほど、他人が可愛く見えるような気がするなぁ。
「お、おはよう……」
片手を所在なくふらふらと振る。それに気づいた水無月さんは、子犬のようにぶんぶんと手を振った。
2人で歩き出す。今日も水無月さんは、自然と道路側を歩いてくれた。
「今日も晴れてよかったね」
「う、うん。そうだね」
「明日も晴れるんだって」
「そうなんだ……」
他愛もない天気の会話。だけど、こんなふうに誰かと登校するのは初めてで、嬉しくて、それに気がつくと、自分の見た目のことから意識が抜けていくのが分かった。
会話が途切れる。水無月さんが少し困った顔をしていて、話題に迷っているのが分かった。
「あのさ」
そんな彼女が、ぽつりと言う。
「どうして早瀬さん、……あたしと、普通に接してくれるの?」
「え?」
それは、思いもよらない疑問だった。戸惑っていると、水無月さんはじれったい感じで、「ほ、ほら。昨日のこと、多少はその、覚えているんでしょ? 普通、もっと警戒したりとか……怖がったりとか……怒ったり、とか?」
言われてみれば、確かに、そういった感情を抱いても、おかしくはないのかもしれない。
……けれど、今目の前にいる水無月さんは優しいし。それに。
許してしまわないと、本当に、生きていけないくらいのことがあったから。
私は、人を許すことに慣れてしまっているのかもしれない。
「どうしたの?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる水無月さん。私は慌てて思考を振り払う。
「えと。……それは。……水無月さんが、優しいからだよ」
「あたし、優しい?」
彼女はびっくりしたように目を見開いた。それから、優しい、優しい、と飴玉を転がすような声で小さく呟く。
その様子が、なんだかとても嬉しそうで。嘘でないとはいえ、本当のことを言わなかった事に罪悪感を覚える。
「あ。あの!」
居心地の悪さから、話題の転換を試みる。
聞いてみたいことがあった。なあに? と言うふうに、水無月さんが私を見上げてくる。
大鎌のこと。シャベルのこと。謎の戦闘。
しかし、それらは昨日、水無月さんに尋ねて、けれど、はぐらかされるばかりで、教えてもらえなかったことだった。
青い空を見上げる。なんだか全部、嘘みたいだった。
「……気になったんだけど、ザクロくんが水無月さんのこと、水花って呼んでたよね? あれってあだ名?」
「うん、そうだよっ」
「……そうなんだ……」
どうしてそんなあだ名がついているのか分からないが、可愛らしい呼び方だと思った。
震える右手に力を込める。言え! 言うんだ、言うなら今しかない……。
「あ、あの! ……私も水無月さんのこと、水花って呼んでもいい?」
「え。駄目」
即答だった。
心が真っ黒なもので突き刺されたような感覚。背中がみるみる丸まっていき、恥ずかしさで火を吹きそうになる。
「そ、そ、そ、そうだよね……。ご、ごめんなさい、突然……」
気にしてないですよ、とアピールしようとして、明らかに気にしている声が出てしまった。そんな私の様子を見てか、慌てて水無月さんが手を振る。
「ううん、こっちこそごめんっ! その名前は何て言うか……うん、ちょっとね。……代わりにそうだ! 下の名前で呼んでよ!」
「下の名前……?」
「うん、なつき。私も由奈由ちゃんって呼ぶからさ」
「ほんとに!」
嬉しくて、自分じゃないような声が出た。
「……な、なつきちゃん」
私がそっと呼びかけると、水無月さんはにこにこと私を見上げ、うんっと元気な返事をした。




