山本です
*雪弥*
どんどんどん、と扉を叩く音が聞こえる。
「ちょっと! どうしたの!? 雪弥! 雪弥!?」
母の慌てた声。僕はパニックのまま、頭を抱える。
室内には、割れた窓ガラスと日本刀を持った少年。
転がっていった生首は、窓から外へと出ていった。まるで、自分の居場所はここではない、というように、何も言わずに。
「あー……まずったなぁ」
少年が呟く。ちらりと僕を見た。
しかし、僕に向けて何かを言う事はなく、そのままリビングへと続く扉の方に向かっていった。
その先にいるのは、間違いなく、母。
脳のシェイクが止まった。
「……めろ」
服の袖で乱暴に涙を拭う。怖い。怖い。怖い。
その感情は変わらない。立ちあがろうと、片手を床につく。しかし、結局震えて膝をつく。
弱い自分が情けなくて、また涙が溢れそうになる。明るかったリビングの、いつかの風景をまた思い出す。
少年はついに、鍵を開錠し、ドアノブに手をかけた。
「やめろーーーー!」
座ったまま咆哮する。少年は、また一瞬、ちらりと僕を見た。嘲笑うような笑みが浮かんでいる。
扉が開く。
「すみませんでした!!!」
同時に、少年は土下座をした。
ポカンと口を開く。
その手からは、いつの間にか日本刀が消えていた。
母の姿を捉えようと、視線を上げ、リビングから差し込む明るさに、目を細める。扉の向こうにいた母は、突然の見知らぬ少年の土下座を、驚愕の表情で見下ろしている。
それから、ハッと気づいたように室内を見回し、壁際で震える僕を捉えた。
「雪弥……」
僕の元へと駆け寄ってくる。久しぶりに見た母の顔は、しばらくの間会わなかっただけなのに、記憶の中よりもずっと老けていた。
「雪弥!」
首に腕が回り、抱き締められる。照れ臭さや嫌悪感を押し退けて、安堵の気持ちが溢れてくる。
状況は変わらず意味不明で、すぐそばには不可解な少年がいる。それでも、誰かが、母がいると言うだけで、心強く感じてしまった。先ほどまで、家族を守らなければと思っていたのに。
「一体、何があったの?」
僕から離れて、母が問いかける。その問いに対する答えを、当然僕は持っていない。
それを持っているとしたら、そこで土下座をしている少年だけだ。
だから、目線でそれを伝える。その視線に気づいた母が、怖い顔で少年を振り返った。視線を向けられた少年は、顔を上げる。リビングから差し込む明かりに照らされている。
見たことのない少年だった。猫のような瞳で、真剣な表情で口を結んでいる……のだが、どこか飄々としていて、この状況を楽しんでいるような雰囲気がある。
「あなた……誰?」
「山本です」
「はぁ……山本さん」
「雪弥くんの友達です」
「!?」
声にならない驚きが漏れる。そんな僕に少年……山本は視線を向けて、黙っていろ、と言うように目で合図を送ってくる。
なんで僕の名前を知っているんだ、と思ったが、先ほど母さんが連呼していた。だから、それは問題ないことだ。それより、何の意図があって、友達を名乗っているのだ……?
どこに隠したか知らないが、彼は日本刀を持った危険人物だ。下手にそれは嘘だと暴き立てるのも、得策のようには思えなかった。
だから僕は、相手の出方を伺うように、山本の指示通り黙ることにした。
幸い、彼は土下座の姿勢のままで、こことは距離も離れている。
「実はずっと休んでいる雪弥くんが心配で、窓を蹴破って会いに来てしまいました」
そこで初めて、母は僕の部屋の窓ガラスが割れていることに気がついたようだ。わぁ! と驚きの声をあげる。
「修理代はもちろん弁償いたします。本当にすみませんでした!」
そこで山本は再び顔を下げて、深々と土下座をした。
終始、戸惑ったような顔をしていた母は、山本の説明を受け、現状を確認し、飲み込めないながらも落ち着きを少し取り戻したようだった。
「そう……そうだったの」
と呟き、ふらふらと立ち上がる。山本に近づこうとした母の裾を、僕は引っ張った。敵対行動は見られない。しかし、だからと言って近づくのは危険すぎる。
母は、僕の行動に少し戸惑ったようだが、振り払って近づくことはしなかった。
「えっと……中学校のお友達?」
進学した高校に、僕は一度も通っていない。少年は適当に答える……そう思ったのだが。
「いいえ、ネットの友達です」
「ネット?」
再び顔を上げた山本が、僕の瞳を捉える。
「な、ぽん酢」
ニヤッと笑ったその顔に、衝撃を受けた。見知らぬ顔だと思った少年の輪郭が、よく知っている人物と結びつく。
「え、炎……?」
山本は満面の笑みを浮かべて、小さくこくりとうなづいた。




