第十二章『終焉戦争後の世界』その㉑
「ほぅ、そこまで私の事を評価してくれていたとは正直意外だな」
城崎にとっては唐突に聞こえたその声に心底驚いたのか、声が聞こえた方へと勢いよく顔を向けると、そこには現代においてメレルエルやアラドヴァルと同等、もしくはそれ以上に信頼している最も親しき天使、エクスカリバーが不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。
いや、エクスカリバーというのは正しくない。
何故ならこの時の彼女はまだ、神器の天使ではなく純正の天使だからだ。
「そちらの二人は初めましてだな、私の名前はエリミエルという。まあそこに情けなく転げているミョルエルの友人みたいなものだ」
そう悪戯っぽく笑い、私の元へと歩み寄っては焼かれた私の身体へと優しく手を添える。
「全く、お前ほどの奴がこれほどの傷を負うとはな。現界での活動はそれほどまでに腕を鈍らせるものだったのか?」
「余計なお世話です…それよりも再開早々で悪いのですが、一つ頼みごとを受け持ってもらえますか?」
「あれの対処だろ?安心しろ、見ただけで何となくわかったがああいう類はお前より私のほうが適任だ。しっかりと身体を起こして刮目しておけ」
そう勝気な表情を浮かべ立ち上がったエリミエルは、何のためらいもなく不可解な魔力へと向け歩き出したのを一度呼び止め、情報を込めたマナを飛ばしエリミエルへとぶつけた。
「なるだけ早期にお願いしますね。ここの修復等もしなければなりませんからね」
「了解だ。情報感謝する」
ニカっと笑顔を浮かべ駆け出したエリミエルは、慣れた手つきで創り出した大剣を携え不可解な魔力へと飛び掛かり大剣を振り下ろす。
すると、不可解な魔力の身体を意図も容易く両断し、危険を察知してか僅かに左側へと移動した核が露出する。
「な?!」
その光景に目を丸くする城崎だったが、それは不可解な魔力も同じだったのか核の中に身を潜めていたベイヤの表情は驚愕の感情に染まっていた。
「さて、私の友が随分と世話になったそうだな」
そう振り下ろした大剣を構えたエリミエルの表情は位置的に見えはしなかったが―
「そのツケは倍にして返してやるからな、覚悟しろ」
―先程の声色とは打って変わって怒気を帯びたその声から、あまり見たことはないが怒りの表情をしているのだろうと容易く予想できた。
刹那、動き出したエリミエルは再生したばかりの不可解な魔力の首を斬り落とし、次いで左前脚を切断すると、不可解な魔力は支えであった前足を失い前方へと倒れ込む。
瞬時に核周辺を修復するも、エリミエルの火力を上回ることなく削られ続け、すでに勝敗は決しているようなものだったが、ベイヤは諦めることなく自身の命を削り再生を繰り返していた。
「う、嘘だろ…」
「紛れもない事実ですよ。ちなみに言っておくと今は日中なのでエリミエル本来の力は発揮していません」
「あれでか?!―ってミョルエル、いつの間に回復したんだよ」
せわしなく声を上げる城崎は、私の左半身が完治していることに今気付いたのか更に驚いた表情を浮かべていた。
「先程エリミエルが私に触れた時に治癒のマナを送ってくれたので、その時ですね。私たちが扱う治癒の術式は、対象が自分でないほうがより高い効果を発揮しますからね」
「いやにしたって差がありすぎるように思えるんだが」
そう恐る恐る私の肌に触れ何故か具合を確かめる城崎の手を払い、向こうを見ろとばかりに城崎の顎を掴んでは無理くいにエリミエルの方へと視線を向かせる。
「エリミエルは月の天使ですからね、日中よりかは夜中、それも新月であればその力は最上位の神々にも匹敵するほどです」
私の言葉にボロを出さぬ様だんまりを決め込んでいたグレモリーが珍しく驚愕した表情を浮かべていたのに対し、いまいち最上位の神々の強さを想像できない城崎は首を捻りわかったのかわかっていないのか、よくわからない言葉を漏らしていた。
「まあそれは何でもいいのです。大雑把にすごい強いとでも覚えておいてください」
「なるほどな。それはそうとしてミョルエルとどっちの方が強いんだ?」
「純粋な力比べなら私が勝てる事はありません。からめ手にからめ手を重ねてようやっとトントンと言ったところでしょうか。それも日中であるという条件の元ですが」
自分で言っておきながら乾いた笑い声を漏らす私の様子に、城崎は口を噤みエリミエルと不可解な魔力の戦闘へと視線を戻す。
正直ウリエルやミカエルといった規格外の天使と同等に考えられているエリミエルの戦闘を見て城崎が学べることは少ないように思えるが、何もしてないよりかはマシだろうと至った故の行動は、城崎にとってはよい教本となっているのか向けていた視線にはいつになく真剣なものが見てとれた。
エリミエルが戦闘を始めておよそ十数分程経ち、力を使い果たしたベイヤを引きずりながら私たちの元へと戻ったエリミエルの表情は、やや物足りないといった感情が伺えた。
「さて、こうしてこいつを引き摺り出してきたわけだが、どこからどう見ても人間だよな?こいつ」
「えぇ人間ですよ。それがどうかしたのですか?」
「いや何、あれとの戦闘の最中、私は確かに魔素の気配を感じ取ったんだがな…それも強大なものを、な」
確信には至っていないようだが、下手なことを言えばグレモリーの正体にも気付かれる恐れがある。
かといって露骨に話を逸らすのも怪しまれる事だろう。
エリミエルが私という天使をよく知っているからこそ、エリミエル自身が気付いたことに私が気付かないはずがないと確信している事は確かな為、どうにも誤魔化すのが難しい。
どうしたものかとこの状況を切り抜ける方法を考えていたが、スッと手を私の傍にいるグレモリーへと手をかざしたエリミエルは間髪入れずマナの波動をグレモリーへとぶつける。
するとグレモリーの身体は僅かに後方へと揺らぎ、まるで立ち眩みを起こしたかのように小さく千鳥足を踏んでいた。
「ふむ、違うか。ならば次はお前だ」
そう言って次は城崎へと同じようにマナの波動をぶつけるが、城崎は数歩後ろへと下がるだけで特に何ともない様子だった。
「はぁ…エリミエル、ちゃんと二人に謝ってくださいよ」
「わかっているさ。確認のためとはいえ不躾な事をした、すまない」
意図がわかる分あまり強くエリミエルには言えないが、内心はグレモリーが自身にかけた人間に化ける魔術が解けた事に焦ったが、保険として私からも術式をかけて置いてよかったと心中で安堵の息を付く。
流石のエリミエルでも、天使である私が悪魔ないしは魔神に人間に化ける術式を使っているとは思いもしないようだった。
「い、いやまあある程度事情はわかるけど、流石にびっくりしたぞ」
「本当にすまない。だが杞憂であったことは喜ばしく思う。もし私にできることなら何でも言いつけてくれて構わない。それほどまでの事を君たちにしたのだからな」
「お、おぅ…まあいつかは頼むかもな」
何やら妙に嬉しそうな表情でいう城崎を軽蔑してから、まだ少しふらついているグレモリーを支え優しく頭を撫でながら私は言葉を投げかける。
「大丈夫ですか?」
「う、うん大丈夫。だいぶ良くなった気がする…だからもっと良くなるためにハグしてくれると嬉しいな」
「本当に大丈夫そうですね。ではいい加減離れてください」
そうぺいっと剥がしてから、「えーや~だ~」と駄々をこね始めるグレモリーを無視し、私はエリミエルへと近づき言葉を投げかけた。
「では修復を始めましょうか。大きさ的に二人でやれば半日程度で終えられるはずなので、なるだけ早く終わらせましょう」
「あぁそうだな。なら私は東北辺りから手を付けるからお前は南西方面を頼む」
エリミエルはそう言ってから本当に早々に終わらせるべく東北方面へと飛び立ち修復作業に取りかかった。
「では私も行ってきます。グレモリーはこの場で待機、城崎は今の今まで放置してるアメルラをここに連れてきてあげてください。悪運が強いのか、さっきの戦闘では彼がいる場所は一切被害がないようなので無事なはずです」
「了解だ。それが終わった後にやることはあるか?」
「そうですね…では食事の準備でもしておいてください」
「あいよ」
特に不満をいうことなくアメルラの元へと駆けて行った城崎の後ろ姿を見送ってから、私は南西方面へと白翼を羽ばたかせた。
あと一、二個です たぶん
それで中編は終了
残るは後編ですね ほんとなげぇな
次回の投稿は8/7(日)です お楽しみに